2006-03-19 [Sun]
▼ 短篇「あるゴロツキの嘆」を翻刻
島田清次郎の小説翻刻第2弾として、短篇「あるゴロツキの嘆」をアップロードしました。これも、大正9年に刊行された短篇集『大望』に収録されていて、以降一度も復刻されていない作品。前回の「二つの道」は、「僕は君達より生じて、君達を超越したもの」など、いかにも島田らしい大言壮語が微笑ましいものの、小説としては今ひとつ面白みに欠けるものだったけれど、こちらは文句なく面白い。「俺」の一人称形式で、汚れた都会の片隅であえぐように生きている男と女の出会いを感傷的に描いていて、どこかハードボイルド風の味わいもある作品である(別に犯罪が起きるわけではないが)。
遊郭で少年時代を過ごした作者だけあって、「二つの道」同様、売春婦の描写は実にリアリティがあるし、中盤に出てくる3人姉弟の不気味さも捨てがたい。愛する女との出会いで救いを得るのかと思いきや、後半では自分と同類の駄目人間たちに囲まれて安らぎを得てしまうという、救いがたい駄目っぷりもすばらしい。
最後の握手のぬくもりの未だ冷めぬうちに女の小さな後姿は夜の闇に吸はれて見えなかつた。俺は人通りの絶えた電車路を、複雑な心持で歩んで行つた。濃い深い闇には、停留場の血色の灯が夜気にうるんで、くるり/\とまたゝくのが俺の心に映つた。早寝の大店は既に大戸を閉めきつて、時折飾窓の電光が街路に白く闇を切り裂いてゐた。若い厚化粧の女がすれちがひざまに、生々しい肉臭を残して行くのに、俺は今、別れたお菊を思つた。
このへんの描写など、実に巧い。これを21歳で書いたというのは、やはり天才的。