あるゴロツキの嘆
島田清次郎
――これは、後年しやうのない無頼漢として世間の人から嫌はれたある男が、しみ/゛\自分に話してくれた身の上話の一部である。――
襖一重のとなりの部屋からは声がきこえた。
『姐さん、さう落ぶれたからといつて見下げたものでもあるまいがな。俺だつて一盛りは自動車でえゝ、ぶゝうつと、大通りをぶつとほしたこともあらあな、あゝ、一頃全盛の米屋町の吉久たあ俺のこつちやなかつたかい。』
『旦那、あれ、いけません。ほんとにお酒さへ呑めばさうなんだから、あれ、ほんとに、お止しなさいつてば、なるほど、それぢや、おかみさんの逃げたのも無理がないことね。』
『何、何をいつてやがるんだい、俺の嬶が逃げた?――手前達に何にが分るものかい。俺が嬶にひまを出したんだ。忌々しい、小野村の畜生奴!』
『それ、その小野村さんとか云ふ人にとられたんでせう。旦那、商魂をすゑてちやうだいな、貧すれあ鈍するつてことはほんとかもしれないのね。』
『何が手前、――あはつはつ、まあ一杯飲むがいゝ!』
『おほゝゝゝ。人は善い人なんだけれどね。』
『何だ。人は善い人だたあ誰の前で言ふこつた、俺はかう見えたつて人が悪いんだ、うん、この淫売女郎がみびくり(注1)やがつて、まあ、いゝや、一杯飲め。』
俺とお菊さんとは寂しく微笑した。となり部屋から聞える会話は、二人の心をしつぽりと濃い哀愁に包まずにはおかなかつた。店から幾つもの押入のやうな廊下を隔てた部屋ではあつたが、又恁うした家特有の座敷牢のやうに閉ぢ込められた部屋ではあつたが、部屋の中に沈澱してゐる重苦しさは俺をして強ひられた沈黙に圧しつけてしまつた。
『何かのご縁ですわ。ほんとに今夜、妾は一寸外へ出たくなつてあの辺をぶらついて居たんですのに。――貴方も随分おやつれなさつたことね。それでも、男の方は同じ苦労をなさつても苦労甲斐があるけれど、女はつまらないわ。』
部屋一杯にみなぎる濁つた官能的な空気に、俺と女の吐く陰鬱な吐息が混つて、黒い重いうねりが部屋の中を旋回してゐるやうだつた。女の言葉が深い広い背景をねり込めて俺の心に注ぎ入る。俺の意識の表面には、女が会話の度のある同じい暗示が積みかさなつて、やがて明瞭になりかゝつてゐた。
『一体、お菊さんは、今、何をしてゐるの。』
俺は食べ荒した牛鍋を隅に押しやつて、かう改つて尋ねた。忘れてゐた脂肪の臭気がむく/\と立ちのぼつた。
『妾? 妾は苦労をしてゐるのだわ。』
女の暗い眼縁が、又笑つた、その笑は繊細なふるへをおびて、未だか、未だか、未だわからないのか、と俺の心をゆすぶつた。
『貴方が四谷のお邸を断り無しに飛び出しなすつたでせう。あれから一月経たぬうちに妾は、彼処をお暇になつたのよ。何故つて?――貴方も随分没暁漢なのね。妾は彼処の旦那のお妾だつたのよ。』
『ほう、それは知らなかつた。――』
『それから後は知れてゐるぢやないの。あの時分、何時も貴方に話してゐたやうに、親も無し、家も無い妾ぢやないの。仕方が無いから、妾、桂庵へ馳せつけたと云ふわけさ。』
『そして?』
『そしてですつて、………おほゝゝゝ、分らないの、此処はね、米屋町の近所の小料理でしよ?』
『え。』
それでは、いんばいであつたのか、俺の意識の薄暗い部分へ、鮮やかにこの言葉があらはれた。矢つ張りさうだつたのか。さう思つてみ上げる女の顔は、ずんと青白く変つてゐた。焼き爛らすやうな熾烈な焔がそのうるんだ瞳の奥に炎えてゐて、時々、ちろ/\とこぼれ出た。女の優しい素質が少しも傷つけられないで、生れながら柔直な心霊は昔のやうにのび/\と育つてゐるのを更に強く俺は感じた。
『此の女があの悲しい職業をしてゐるのか?』
そして、俺は今、その女の悲しい労働によつて得た金で一夜の暖かい糧を得てゐるのだな。――俺の心は女への感謝と慚愧と唯言ひやうもない熱い思ひに炎えあがつた。今のさき迄、ほんの少しではあつたが、俺にこびり付いて、時々大きな力になりかゝつた女に対する一種の恋情は、一種の情欲は、雷に打たれたやうに此の刹那、消滅して、更に大きい、更に強い、女の肉心をかい抱いて心底からいつしよに、泣きたいやうな愛が滾々と俺の胸にわいてきた。
『女よ、ようもこの俺を忘れないで、ようも此の俺を。――』さう思はずにゐられなかつた。
今日も今日とて、――洪大な突つかい棒を地球の両側にさし挟むでがつしりと、その運動を止めたのではないか、と思はれる程によどんだ八月が都の空にあつた。都の四方からむくり上る煤煙は陰鬱な、不透明な気体となつて、大空に充満してゐた。まるで酔んだくれが安つぽい小女郎と手をつかみ合つて、暖かいしめつぽい夜の町をよろめいて行くやうで、――そのとき、大空の酔んだくれはぐつと立止まつて、すうつと下へ降りてゐた。下界には赤や青や紫の長旗と、でんぐり返った楽隊の雑音とにしがみつかれて、乳色の活動写真館があつた。酔んだくれに似た一味の気流は、鋭い三角形の尖塔にさはり、陰鬱が、其処ら一面の家々や電車路にまきちらかされるのであつた。
(いやに、蒸し暑いぢやねいか。)
(俺等、何んとなく気が滅入つてしやうがねいな。)
町行く人々は、かう言つて空を仰いだ。むくり/\と湧きたち近づく雲の群は、人々の上へ陰鬱な気体と変じて降りて来た。
(とう/\雨になるやうだな。)
さうした間を電車のみは、平常のやうに、人々の嘆きや悲痛や喜悦をのせて、轟音たてゝ走つてゐた。
『あゝゝ。』
俺は其時、行路樹の幹に片手をもたせて、暗く迫つてゐる空を仰いで溜息したのであつた。行路樹の白ちやけた樹蔭を透して、俺は活動写真館の前に立つて、やせた顔の底から瞳ばかり異様に輝やかしてゐる手引女を見ながら、そんな女を見つめてゐる自分自身を見出したのだつた。何んと云ふ惨めな女だらう。――と呟く前に、俺は何と云ふ惨めな自分であらうと叫ばなければならなかつた。
『いらつしやいまし。』
手引女は、ゆるんだ顔にさつと生き/\した哀れつぽいちやあむを一はけして、俺と同年輩位の若い男を重いカーテンの後に案内していつた。刃物のきらめくやうに、写真が蒼白く闇に光つて見えた。そして、器物の破れるやうな笑声がカーテンの背後から響いてゐた。
『みんな笑つてゐるのだな。』
俺は心で恁ううなづいて、又、とぼ/\歩き出した。自分もいつか、苦笑を顔に浮べてゐた。
『俺は今、何処へ行かうとしゐるのか。』
俺は、街路が四つ角に成つた時、今更、自分に反問して、其儘立止つてしまつた。人々や電車や自動車が傍目もふらず球のやうにころがつて行くけれど、いつたいみんな、何を目標にあんな急ぐのだらう。そして、今の俺に何の関係があるのだらう。大地は、俺が踏んでゐると云ふ丈であり、大空は俺の上にあると云ふ丈ではないか、電車や俥や多くの人々が往いては還る其の間に、俺と何の交渉があるのだらう。何もない唯俺は、この都大路につゝ立つてとぼしい孤独の念に悩むでゐるだけではないか、俺は刻々に降つて来る陰鬱な雲塊を仰いだ。雲塊の微かなふるへは俺の胸に忍びやかな泪の心持を抱かせた。
『あぶねいやい、気を付けやがれ!』
強力のある堅い肉体が、その夢心地の俺を街の片隅に押しやつていつた。眩惑した俥にとびのかされた俺は自分が本屋の軒によろけこんでゐるのを知つた。店頭に竝べられた、新刊雑誌の色彩が俺にある親しさを隆起さした。店前の小僧の詮索するやうな瞳の嫌な不安さを忍んで、俺は一冊の雑誌を手にとつてみた。
『やー』
と俺は驚愕して、其の雑誌を下に投げすてゝ、一さんに電車道を駆け出さずにはゐられなかつた。嫉妬と歓喜と絶望との入りまじつた火のやうな感情が俺の肉心を包むでしまつたのだ。自分を忘れた一瞬時が俺にあつたわけだ。その一瞬時を与へたものは、ある婦人雑誌の口絵にのつてゐる、秀麗な一人の若い女の絵姿であつた。それは××男爵夫人としてあつた。
『到頭、とう/\、彼女はいつてしまつたのだ。』
俺は幾度も叫んだ。淋しくもあり、また口惜しくもあつた。愛する女を奪はれた憤懣が俺の心をぐり/\さらつていつた。××男? あゝ、汝の名に呪あれ。さう云ひながら俺は自分の現在を反省した。此の広大な都のうちに、自分と同じい悩みを持ち、自分と同じ希求にやつれ、自分と同じ放浪をしてゐる人達は、一体どれ程居ることだらう。愛する女を奪はれて、その叛き去つた女のすがたを表現したいためにのみ生きてゐる哀れな人間は、殊によつたらゐないかもしれない。ゐたとしてもきつと、その人達は、自分などが及びも付かない程優越な才能と惨苦な努力と幸福な境遇に置かれてゐるに違ひない。――あゝ、だめだ、だめだ、俺はしつかと自分の懐の紙包をにぎりしめた。
『俺の書いたものなんか、いつたい何になるのだ、――女の美しさを幻にさへ描けないうちに、女は××男爵夫人で幸福にくらしてゐるのだ。』いつか、俺は、大気の冷めない鉄の欄干に凭れて、油ぎつた河面から暗鬱な霧にぼかされて両岸に連なつてゐる工場の建物を見てゐた。疲労れ切つた労働者の様な木立がすゝけくさつた青黒い色を見せ、生温い空気の微動が、両岸の霧に河水をゆらめかし、赤いよぼ/\の灯が、霧の奥深くにじんで見えてゐた。俺は、全身の力が抜け落ちて、もどかしい空腹がはびこり出したのを感じてゐた。背後を電車が通る度に、其の轟音は俺の腹の底に迄つきとほつた。そして、しみ/゛\、温かい寝床と、温かい飯とを得たいと俺は考へた。併し其の考へは不思議な予想で、安易にかたづけられてしまつた。『如何にかなるだらう。』――現に俺は死にもしないで恁うしてゐる。空腹じいには空腹じいが、死ぬ気づかひもあるまい。大いなるものゝみ心のまゝにあらしめたまへ。……唯心には如何にかすまされない口惜しい焦燥と責苦がのこつてゐた。俺は、再び懐の原稿をつかむで、暖かいよどんだ河面を眺めた。緑青の浮んだやうな神秘な色調は俺の心をそゝり立てた。
『放つちまへ!』
空虚ながらんとした心に叫びは反響した。俺は懐から紙包を出して、河中に落した。ぼさりと鈍い音がして、紙包はぐる/\廻つてゐたが、引きずり込まれるやうに水の中に見えなくなつた。
『なんのこつた。』
其処には俺の無意識に予期した何の刺戟も、何の興奮も見出されなかつた。俺は、茫然と暮れて行く空を見上げ、何事もない河面を見下し、心は依然として空虚のまゝで歩き出した。硬はばつた無感覚な表皮が俺の意識や感情を蔽うてゐるのだが、その皮のうちをむづ/\うごめく何かを俺は感じた時、熱い涙が瞳にあふれたのだつた。あゝ、縹渺と極まり知れない寂寞のみが、俺の身肉の周囲にまつはりついてゐるのだな! さう俺は思つて大通りの夜店のカンテラの匂ひを嗅ぎながら今にも、あふれさうな悲痛をかみしめてゐた。
『あら、倉田さんぢやなくつて?』
俺はカンテラの青い匂ひに浮むだ女の顔を見まもつた。
『あなたは、お菊さん?』
その女がお菊さんだつたのだ。俺が春の時分、暫時、四谷の或る邸に寄食してゐた時、愛らしい小間使であつた女であつた。
『あれからどうしていらつしやるの?』
『どうしてゐたつていゝぢやないか。』
二人は、立止つて、改まつてお互の姿を見比べた。髪が乱れ、下ぶくれであつた頬がやゝこけて凄艶い美しさが、顔一面に透きとほつてゐる。俺はその動く瞳を追ひ乍ら、女が其後、如何したのだらうと思つた。
『さうね、どうしてゐたつていゝわねえ。』
女は俺の答をくり返した。俺は女の苦しいうめきのやうな熱い心をほのかに感じることが出来た。
『はゝ、何うしてゐたつていゝさ!』
女に手を握られて、何気なく言つた自分の言葉に、気が付いた時、その言葉が意味する悲しみが新しく涙をさそひ双の眼からは涙が止度もなく流れ出た。ねばつこい熱い感触が俺の頬にまつはりついた。
『倉田さん、何を泣いていらつしやるの。』
声には深い響律があつた。おや、と思つて見上げた俺の眼に、涙を透して、女の眼縁の暗い色がぞつとしみ込んだのだ。何かしら陰惨な女の生活の蔭が射したのだ。俺は女を抱きしめて、此の苦しさ、やるせなさを涙の尽きる迄泣き度かつた。
『何が苦しいと仰しやるの。お互にそんなことは言ひつこなしだわよ。』
下界に圧し迫つてゐた空は、とほに高く青くさえ渡つて、下界と大空の間を夜気がさえ/゛\と流れてゐた。夜気を透して、青玉のやうな星がきら/\と輝き、神秘に微笑してゐた。紅らんだ都の上層を暖く、人いきれが漂ひ、カンテラの油煙が青く立ちのぼる。俺と女の切ない吐息も、夜の闇を淡く、明るい空に消えていつてゐた。
『今夜は、よくもお逢ひ出来ましたのね、御一緒に歩きませうよ、ね。』
『僕、あ、腹が空いて歩けないのだよ。』
『何を言つていらつしやるの、あなたは。――何処かで御馳走しますわ。それとも、妾の御馳走はおいやかしら?』
其処はもう水天宮の近くであつた。不思議な人生の奇蹟の予感が俺の胸に芽をふき出した。どうにかなるだらう。俺は女の白い指先に接吻した。接吻してゐる間も、大河へ投げ捨てた自分の労作や、捨てゝ行つた女のことなどが堅く附著(注2)し、其の上を堪へ難い空腹の疼痛がづき/\とはね廻つてゐた。そして女の誘惑力に引きずられ乍らも、ほつと息づいて、
『今夜もどうにかなつたな。』
と沁々思はずにはゐられなかつたのである。
女はさながら処女のやうに瞳を躍らせて、語りつゞけた。
『妾、毎晩、この辺をぶらついてゐるのよ。こんなお多福にでも、大概四五人はお客があるのだわ。妾、貴方を始めて見た時、正直のところ、自分がこんなことをしてゐるのを忘れてしまつてゐたのよ。そして、貴方に「お菊さん」と云はれて、初めて、あらつ、わたしは淫売だつたと思ひましたけれどね。――』
女は俺にもたれかゝつた。俺は女の瞳に塵程の淫乱をも認めることが出来なかつた。となりの部屋からは又も、高声がきこえた。
『おい、酒を持つて来い! 金は心配するない。ちやんと胴巻の中に持つてゐるんだ。何につ? あんまり飲むと、又歩けなくなるつて。何処の世界に酒屋で酒を飲ませねいとこがあるんだ。歩けなくなつたつていゝぢやねいか、え、俺の盛りの時あ、手前だつて、えゝ気持で抱かれて寝たこともあるぢやねいか。』
『何をこの人はそんなにどなるんですよ。お酒が呑み度かつたら、前々からの払ひでも、すましてからにするがいゝわよ。』
『な、何んだ、借だつて、恩知らず奴、手前達が恁うやつて行けるやうになつたのも、もとはといへば一体誰のおかげなんだ。』
『だから、何時いらしてもわるい顔もせずに呑ましてゐるぢやありませんか。ね、親方、今日は是でおかへり下さいな。』
『何言つてゐるんだい。さあ、お峯、今夜は俺、手前と一寸でもいゝから遊ばなきやあ承知出来ねい。』
『何ですよ、此の人は。あんまり馬鹿にしてお呉れな。昔は昔、今は今、そんなことあ当世に通用しないのよ。』
『倉田さん!』
『お菊さん。』
俺がそつと女の唇に接吻して、そのじわ/\した感触に官能をもつれさしてゐるうちに、女の熱い涙が俺の頬に冷めたくつたはつた。そして、女はふるへ声でいつた。
『妾、――妾、忘れてゐたのだわ!』
『何を、どうしたの?』
『此の部屋はね、妾、昨夜、お客を引いて来た部屋だつたのだわ!』
女の身肉に何かの刺戟がつたはつた。女は急に眼を輝やかし、そして、小さく囁やいた。
『妾、未だ病気にかゝつたことはないのよ、大丈夫よ。』
俺は握つてゐた腕をはなして、女を見つめた。狂ほしく輝いた瞳の奥は、白痴のやうに空虚で、唯何ともしれぬ小さな火のやうなものがわな/\戦慄してゐる許りだつた。
『お菊さん、しつかりしなくちやいけませんよ。』
さう言ひ乍らも、俺は泣かうにも泣かれぬ悲愁におしつぶされた。女よ、俺は何んなに感謝してゐることだらう。悲しい尊い、労働の幾分によつて、漂泊のこの俺は一夜の食にありついた――暫時も一つ家根に寝食したことのあるこの俺を忘れないでゐて呉れて、ようもこの俺を呼びとめて呉れた。如何なることか分らない人生ではあるが、生れたが故に、如何にしても生きて行かねばならぬ――。俺は女が俺を忘れないでゐて呉れた、唯夫れ丈でも限り知れない、豊潤な喜悦を味ふのだつた。
(これ以上何もいらない、たゞ、堅く手を握りあつてお互にお互の健康を祝福し、お互にお互の幸福を祈念することでさへ十分なのだ。それに女よ、そなたは俺に未だ何を与へようとするのだらう。寂しい女よ。
『倉田さん、妾を、許して下さいな。』
女は寂しく言つた。俺も寂しかつた。俺は女の全身を投げ出した大きな愛のうちに、自分の寂寞とした孤独の心を浸しつゝ、しつかと女を双手に抱きしめたのであつた。
『お菊さん、有り難う――しかし、僕はこれ以上の勿体ないことは出来ない。お菊さん、是でいゝぢやないか、みんな寂しい。みんな切ない。みんなが赤裸々になつたら、みんなお互に抱きついて泣き出すより外に仕方がないでしよ。――』
俺は力を入れて女を抱きしめた。女はぼとり/\大粒な涙を流しつゝ、わな/\と身体を慄はせてゐた。其処には計り知れない、もつと深刻なもつと強烈な悲痛と欲求がもえてゐた。
『貴方、お嫌? ――大丈夫よ、貴方。』
女の虐げられ、踏みにじられた魂の、やつと蘇生つたあへぎは、彼女の官能をゆるがしたに相違なかつた。女は俺の女に対する愛と、女が俺に対する愛を自覚した時、唯一つの最後の捧物を、最後の愛の表象を、自らの未だ嘗てけがされなかつた――彼女は決して、唯の一度も是迄彼女の操をけがされなかつたのだ! ――操に見出したのであらう。どうして此の尊い捧物を俺が受取るに値ひしようぞ! 俺は唯、共に人生の哀愁に泣くことならば。……
此の時、器物の破れる音響が渦巻いて来た。やがて襖をへだて、雑然とした足音が近づいて来た。
『やい、お峰。昔の義理だ遊ばせろ!』
『何を、此の人は、えゝ、のんだくれ奴!』
『のんだくれだ、うん、のんだくれだ、のんだくれだ。』
襖が突然に開けられて、二つの肉塊が転げ込んだ。俺は膚を脱いだ五十ばかりの男と、お峰と呼ぶらしい三十近い荒んだ女とを見た。
『やあ。』
と男は部屋に俺らの居るのに驚いて、暫時俺を見つめてゐたが、急に悄然として、小声で
『へい、どうも、酔つてましてな。』
と言ひ乍ら、俺の薄ぎたない風采をじろ/\観察した。そして、俺の微笑に安心して、其処にべつたり坐り込んだ。俺はお菊をかばふやうに坐りなほした。鼻の大きい、口の大きい、眉毛の濃い、たくましい顔の造作が、一面に酒で赤められ、物言ふ度に様々にゆがむのだつた。
『俺等は是でも、ほんの此間までは、米屋町の吉久てあゝ、一時は鳴らしたもんですぜ。今こそ、こんな淫売宿なんかでぐづつてゐるけれどな、あ、新橋で俺等、あゝ、一流の芸妓を赤裸にむいて、まいた金をひろはしたこともあるんですぜ。』
彼は俺がぢつと彼を見つめつゝ、やがて眼に泪が浮んで来たのを見て、始めて此の部屋の陰鬱な色調に気付いて、急にそゝくさとあわて出した。
『若い時あ、遊びなせい。遊べ/\、遊ばなけあうそだ!』
そして彼は、出て行つた。
『お菊さん、今夜は有り難う。僕あもう帰りますよ。帰るつたつて家もないやうなものだけれど。――』
『さう。』
彼女ももう止めはしなかつた。淋しいあきらめが冷めたくこの二人の心に降りてゐた。
『ぢや、さやうなら。』
『――。』
最後の握手のぬくもりの未だ冷めぬうちに女の小さな後姿は夜の闇に吸はれて見えなかつた。俺は人通りの絶えた電車路を、複雑な心持で歩んで行つた。濃い深い闇には、停留場の血色の灯が夜気にうるんで、くるり/\とまたゝくのが俺の心に映つた。早寝の大店は既に大戸を閉めきつて、時折飾窓の電光が街路に白く闇を切り裂いてゐた。若い厚化粧の女がすれちがひざまに、生々しい肉臭を残して行くのに、俺は今、別れたお菊を思つた。
『おうい、おうーい。』
と闇の底から何物かゞ俺を呼んでゐるやうでもあり、
『おうーい。』と俺の心の中でその何物かに答へてゐるやうでもあつた。
俺は何に訴へるともなく、
『是からだ! 是からだ!』
と叫んだ。全身に強い力がみなぎつて来た。
『お菊よ、俺をようも愛して呉れた。俺はきつとそのお前のその愛にそむかない!』
俺は、大河に投げすてた、自分の創作を考へ、又、××男爵夫人になつたそむいた女のことを思ひ、益々自分の全身にはち切れる様な偉大なるものゝ生まれるのを思つた。
火のやうに赤く燃え上つた魂は、暗黒の闇を突破して、一直線に飛んで行くのだつた。夜気がまつはり付いて、赤い炎はやるせ無さにしつぽりぬれてゐた。
『おうーい。』
俺は大手を拓いて、夜の大町を駆けてゐた。
色彩と光輝の昼の世界が森閑と眠りにおちいつて、唯一色の闇があつた。暗黒がすべての物象からわき出でて、死のやうな冷やかさが光つてゐた。
『おう疲れた。』
やうやくに活動を緩めて骨髄迄沁み来る大都会の冷気と暗黒。眠りぼけた人々の寝息が沈静な夜に波打ち、霊の世界が微かに展開し、安易と平安のみがそこに充ちてゐた。
併し、何と云ふことであらう………大街に遠くもない大都会の裏通りは、湿気と陰惨な泥臭い空気に包まれて、昼も夜も平安のない、安息のない小さな世界が其処にあるではなかつたか。安らかな眠りの代りに、其の世界には絶え間ない苦しい生活争闘や、卑劣な感情のいがみ合ひや、嫌々乍らの生命を蝕ばむ労働とがあつた。かつて太陽が此の世界の人間に荘厳な光輝を照らさなかつたやうに、月光も此の世界に射したことがなかつた。平和と安息は此の世界の上層を冷やかに行きすぎてゐた。
赤暗い五燭の電灯を上からぶらさげて、三つの黒い影がゆらめいてゐた。三つの影は黙つて労働した。時々手をはなれるブリキの細工物の音が沈静をやぶつてゐた。俺はその世界の前に佇立してゐた。其処は俺の棲家であつた。三つの黒い影――それは一人の女と二人の男から成る貧しい姉弟達であつた。――その仕事場であり、寝床である狭い六畳の世界から、階段を上つた天井のない物置きのやうな二階には俺の寝床が骸骨のやうに俺を待つてゐるのだつた。
『今夜はどうもおそくなりました。えらいおせいが出ますね。』
『おかへりなさい。』
三つの中の一つが答へた。ブリキの白い腹がきらりと光つた。
『よく身体がつゞくことだ。』
俺は、階下の人間の寝てゐる様子も、遊んでゐるのも二箇月許り二階に生活してゐながら、見たことがなかつた。彼等は正しく、暗黒と陰湿の中に、黙然と労働す可く生れた人々のやうであつた。
俺は自分の部屋に上つた。南京虫が蝕むだあとへ白いセメントを充めてある煤けた梁が中央を走つて、屋根のトタン葺きの曲折が陰気な電灯の光にぎら/\光つてゐた。周囲の壁は古新聞が張りつめられ、今朝、抜け出たまゝに取りつ放しの寝床は壁際にゆがんで、じと/\した臭気が生じてゐた。その臭気のうちに枕やペンや洋墨や原稿用紙が漂つて、すべての物象には嫌な陰影がつきまとつてゐた。
『あゝゝゝ――まあ寝ようや。』
ただ、何となく、心の底から今日も恁うして終つたのかと云ふ感じが、しかし、ぼんやりとした、今日一日に起つた種々な事件に対する興奮は、未だ全く消滅し切らないで、焦燥が俺の頭をはね廻つた。寝床の上に寝転むで、天井の梁の白い穴などを数へてゐると、階下から、
『倉田さん。』と呼ぶ声がした。
『ハガキが先刻、来てゐましたよ。』
俺はハガキを受取つた。それは俺の世話になつたことのある同郷の三島と云ふ知人で、若い時分から苦労して今では或る官省の可成の地位にゐた。
『遠慮しないで来たが宜い。其の内に何処かよい処を見つけて上げるから。』と親切に云ふのを、さうして居られない気になつて行かないでゐたのであつた。そして此処へ宿を定めてから、頼んで遣るのが彼の好意に対する報酬のやうな心持で、何かの世話を依頼して置いた――今、俺が其の日、其の日の刺戟の強い生活に没頭して、すべての過去が遠い昔のやうな気がしてゐた所へ、突然其の返事が来たのであつた。
――先日御依頼の条心当りを尋ね候へ共未だに無之候処、今度麻布区役所の役人にて新しく家を持つ人有之貴殿留守居としては如何に候や勉強は心の儘に候べく、若し心好み候はゞ即刻区役所へ罷出方宜しかる可く。………
『あゝゝ、如何にか成るやうだ。明日でも行つて見よう。』
四谷の邸を逃げ出てから以来、半年の余りも経つたけれども、未だに餓死もせず盗賊もせず、如何にか生きてゐる自分を俺は、不思議な驚異を以つて今更のやうに眺めないわけにはゆかなかつた。大都会の裏から裏をあてのない放浪に毎日を送つてゐても矢張り死ぬ迄は生きて行く自分であるかと思ふと、俺は自分が可愛ゆかつた。自分の現在なしつゝある仕事は決して無意味ではない。――少なくとも自分一個にとつうて無意味でない限り生きる権利のある仕事である。
飽迄、真剣であれ! そして殺したい女を呪つてやれ! 一時は人々に迷惑をかけようとも! 俺は恁う常に叫ぶのである。
浮草のやうな自由な放浪の心安さや――他人の知らない苦悩や、愉悦を味はひ返しつゝ、俺は大都会の片隅のこの醜悪な屋根裏にでも自分の自由に或る一室があることを唯々恵まれたる奇蹟であると考へた。
『何う云ふ人だらう。兎に角行つて見よう。』
やがて俺は深い眠りに落ちた。落ち際にお菊の顔や、××男夫人の顔などが頭を堅く悩ましたが、其れはもうろうと昔の出来事のやうであつた。寧ろ俺は種々に区役所の役人であると云ふX氏の風采を想像して見た。
『成可く、自由な、暇のある所だと宜いがなあ。――』
横著(注3)な考へをのせて俺がねいつたのは、黎明が既に地上間近く迫る頃であつた。
いつたい俺は何時迄も的の無い、明日の糧さへ判然と予期出来ない生活を続け得るものだとは考へてゐなかつた。如何にか成るだらう、現に又、如何にか其日々々を送迎しては居るものゝ、絶えず俺はほんの食ふ事のみに強迫され動揺され、歓んで見たり泣いて見たりしてゐる自分の姿を見た。日々、惨めな懊悩で狭い天地が煙つてゐる生活状態を繰り返してゐるのでは、到底真にあの美しい秀麗な女の姿を表現出来なかつた。
俺は自分が食はれなくなつて、死んでもよかつた。――願くば真に『是があの美しい××男夫人の少女時代のおもかげだ。』と、はれ渡つた蒼空のやうな心持で、言ひ得る丈のものを書きたかつた。『俺は今の生活が嫌ぢやない。――が俺は自分の仕事を愛する故に、しばらくX氏の家へ行く事にしよう。何も自分にとつてやましいことはない筈だ。』
俺は自分に恁う独言つて、何処からともなく心の面に浮んで来る暗愁と不安をすつぽり蔽うてしまつた。卑怯ぢやないかい、妥協ぢやないかい、――何の卑怯であらう。何の妥協であらう。やがて縹渺と極まり無い空想が俺の頭を占有した。俺は一切を其の時忘却してしまつた。広漠とした瑞々しい平原があつた。真夏の強い太陽の光彩はきら/\と平原の青い草に反映した。大空は鮮やかな紫紺に明るみ、遥かの地平線の果てには、うつら/\と陽炎が紫や赤や青に、夢幻の境にゆらめいてゐた。其の平原の一すぢ道を歩いて行く俺であつた。俺は蒼空を仰ぎ、とろ/\と溶け爛れさうな太陽の光りに泪ぐみ、はたと自分の胸をたゝいたのであつた。陽炎の燃える、地平の彼方には、幸福と愛に充ちた真の生活が待つてゐるやうにも思へたのだ。
『あゝゝ。』
さうしなくてはならないと心で決め乍らも、心の底には水垢のやうに重苦しい倦怠と、居れる丈恁うして居たいと云ふやうな苦しい心持が沈んでゐた。障子代りに茶色になつた茣蓙をあてゝある狭い窓の隙間から戸外を覗くと、向方の長屋の赤さびた亜鉛屋根の上にちら/\さまよつてゐる日光は可成りに赤く、強烈であつた。もう昼頃かも知れない、――俺は区役所は昼過ぎに済むことを思ひ出した。そして、蒲団をはねのけて起き上つた。むつとした肉臭が蒲団の中からじく/\とにじみ出た。それが漸々濃く生臭くなつて行くのを俺は感じた。
窓に引つかけてある茣蓙を取り去ると、陽光は陰鬱に部屋の中へ折れこんだ。天井の黒い梁、破れた畳、ぼろ/\の粗壁、部屋一杯に乱れた肪臭い寝床、原稿用紙、向方の長屋のくね/\の板屋根からさつと反射した陽線は、窓際で急によじれて、泡のやうになつてそれらの表面にまつはりついてゐた。凝乎と見てゐるとその泡沫は消えたりあらはれたり、斜に画いた光の流を待つてゐた。
『えゝしやうがない。』
階下へ俺が下りた。其処には又、異つた世界があるのだ。あゝ、人間は実に生きて行く。何んなにしてゞも生きて行くものだ。
『おせいが出ますね。』
俺は恁う言はずには居られなかつた。昨夜の寝やうが晩かつたにしろ、今迄寝込んで居た自分が気はづかしくなつた。表の二尺許りの土間から暖い陰影のやうな明るみが、溝の臭気とともに、此の部屋に射してゐた。ぼうつとした無感覚の暗愁と緊張のうちに、三人の人々が対ひ合つて、自分達の精力をぼとり/\と無気味にしぼり出してゐた。その精力の滴りでブリキの玩具が一つ/\作られて行くのだ。――
『昨夜はどちらへ?』
眼のどんより濁つた、頬骨が左右ににゆつと突つ張つた、そして其の骨に黄色い皮許りがへばり付いてゐるやうな顔――束ねた申訳のやうな髪が僅かに女だと云ふことを容認させた、――の持主が俺に聞いた。五十許りでもあらうか、………この女を姉に二人の男は兄弟であるときいてゐた。
『方々へ彷徨ついてゐましたよ。まさか盗人も出来ないし、乞食もする気にも成らないし、――大金でも落ちてゐないかと方々見て歩いたのですがね。』
『全くでさ。』
きらりとブリキが光つて、三人のうちで一番末弟らしい細面のそばかすのある男が相槌を打つて、寂しく微笑つた。此んな男にでも笑へるのかしら? と俺は思ひ乍ら、去り難い柔和な気分に浸されてゐた。新しい何物かを発見しさうな好奇心も生じた。
『倉田さんなんぞ、未だお若いんだから是からですよ。――しかしなあ、浮々と暮すうちに人間は年を老りますからね。』
『――』
俺は階段を背に立つてゐたのを、此時、蹲踞むだ。三人が互に互の眼を見入りながら、敏捷に手を動かして、くりくりと二三度最後に右手を廻しては、両方の足裏にはさんだブリキを投げ出すと、もう平つたい玩具の器物に成つてゐた。彼等の昼夜を分たない労働の中には、労働以外の何かゞ面白さうに暖かい空気に躍動してゐるやうだつた。其れにしては、彼等は恁んなに働き乍ら、如何して恁うも貧乏なのであらうか。
『稼ぐに追つく貧乏なしなんて言ひますけれど、あんな事あ他所のこつですね。如何して仲々、人間一代たてるのは生優しいこつちやありませんや。』
先刻から黙つてゐた、兄の方が突然呟やくやうに言ひ出した。額に深い溝のやうに刻み込まれた四筋の皺が波のやうに揺れた。未だ五十にもなる年でもなからうに、真鍮縁の老眼鏡をかけてゐて、鈍いガラスの中から、うるんだ大きい眼がしばたゝいてゐた。
『かせぐんですな。かせげるだけ稼いで、夫で食へなけあ、如何も夫れあ仕方がないけれど、――俺共あ生れ落ちるから此年迄三人一緒に稼ぎ続けですがね。上手に未だ蚊にさゝれたやうな病もしませんでしたよ。』
俺は男の言葉を味ひ返しつゝ、姉弟三人が生れて以来常に一緒に生活して来たなどとは真実であらうかと考へた。暗い人生の底をひらつと閃めかされたやうなものだつた。其処には俺の知らない、秘密や、罪悪や、憤怒や、復讐にほこつた多くの奇怪な事件が長々とこの三人の今の生活につながつてゐるに違ひない。
『貴方のお国はどちらです。』
『国かね、――国は貴方、貴方と同じ国でさあ。』
『同じ国と云ひますと?』
『貴方、備前備中、彼の辺でせうがね。』
『へえ、夫れあ、不思議ですね。併しどうして分りますかね。もうすつかり江戸つ子になつた筈なんだがね。』
『それあ、貴方、俺共の生れ故郷のことですからなあ。』
三人は一寸仕事の手を止めて、お互にお互の眼を見合して、しばらく茫然と何事かに思ひ耽つたらしかつた。俺は姉の女の眼にぼつとふくらむだ泪を見た。嘗つて幸福と光栄に輝やいたであらう生活の回想が、今、彼等に甦つたかも知れない。それとも………
『あはゝゝゝ何しろ貴方は是から出る身だから、しつかりおやりなされ。』
薄い明るい輝やきは、瞬時に又消滅して、暗鬱な空気の中は暗い顔をした三人がもとの如くあるのみだつた。奇妙な寂寥が深く沈むだ。三人の顔には言ひかはしたやうに後悔めいた色があらはれた。俺は、何となく息苦しく成つた此の間の魂の交渉に、そうつと逃げ路を考へた。考へると迄もなく、俺は区役所へX氏を訪ねる可く階下へ下りたのであつた。
直ぐ俺は、恁う成る! 其時、其時の好奇心に引きずられて行く自分、俺はさう考へると自分に対する際限のない嫌悪を感じた。三人と少時でも吾を忘れて話し込んだと云ふことが、最も醜劣な弱い自分をまざ/\と俺に見せることであつた。若し、此処に三人が居なかつたら、恐らく俺は俺の頭を階段の過度にぶつゝけたであらう。
『あゝ、忘れてゐた。――処がね、今度、うまく口が見つかつたらしいですよ。――僕あ、是から出かけなくちや。』
半分独言つて、俺は土間に下りて、じめ/\と湿つた地面を裸足で下駄をさがした。うつむいて探してゐる中に、縁下から生温いいきれが俺の感覚に黄色い死魚の目のやうな戦慄を与へた。俺は一刻も此処にゐたくないと思つた。
『行つて参ります。』
『行つていらつしやい。』
姉の眼が寂しくあつた。又沈黙と陰黒が三人の心を閉ぢ込めてゐる。俺は戸を開けて外へ出た。青い大空が遠くの方に仰がれた。眩惑するやうな清新な強烈な光線が慄へてゐた。俺はほつと吐息した。向方の土方の家の女房らしいのが狭い路一杯に拡ごつて、共同水道の傍で洗濯をしてゐた。色のさめた赤い湯巻につゝまれた曲線の強いふともゝ下には、石鹸の浮んだ水が流れてゐた。
俺は何となく物足りない予覚に襲はれて、確かめるやうに自分の家の前迄立戻つた。戸の隙間からは三人の年老いた姉弟の沈黙の労働が暗い空気の中に動いて見えた。
重い失望を感じて俺は、又すた/\と歩き出した。何を彼等に要求したのか、俺は再び此処へは来ないやうな暗い予覚が胸に迫つてゐた。――
正午の太陽は街を焦がしてゐた。よどんだ空気が微動いで、白い砂塵が街路を渦巻いた。人々は霊に迄沁み入る強烈な陽光に、白痴のやうに心を爛れさせたまゝ、砂塵に追ひ立てられ歩むでゐた。
『夏だなあ!』
俺は自分の肉体と心霊の衰弱に気付き乍ら、白と紅の入り混つた大街路を歩んで行つた。そして、今まであつたすべての事を忘れ、――自分が今どこへ行くのか、何しに行くのかと云ふ事まで忘れて、妙に昂奮した心の底で『飯を食はないで電車に乗らうか、飯を食つて歩いて行かうか。』と煙草銭にも足りない自分の懐の金の始末を考へてゐた。腹も空いてゐなければ、足も労れは為ないのではあつたけれど。――
背後から、威嚇するやうに、電車が旋風を起して追つて来た。傍から見上げると、から空きにすいた車内に十六あまりの桃割れの美しい娘がひとり坐つてゐた。俺はむら/\と乗りたくなつて勢よく飛びのつた。
『到頭、俺は一文なしか。』
さう思つて、俺は熱い空気が凄い速力で流れてゐる車内に這入つた。
『乗換へは?』
『麻布区役所迄やつてお呉れ!』
俺はゆがんだ車掌の顔のかげから、少女の血色のいゝ弾力のあるゆたかな頬と黒い驚異に輝やいた二つの瞳とを見出して、につと微笑むだのであつた。
『俺にもかう言ふ優しく美しい妹でもあつて、俺を愛してゐたら、今時分此んな東京へなんか来て彷徨ついてはゐまいに………』
奥深い水色の空に、くつきりと聳えた中国山脈の峯々、夕暮が平野を抱擁する頃、緑金のやうな峯の山峡に、薄紫の陰影がけぶつて、赤い夕陽が反映するのだ。
『汝等仰まつせい。』
一日の労働の苦しみを、平原を流るゝ河水に洗ひ落した農民達は、皆一様に、硬はばつた掌を合はして感謝と祈願の礼拝を輝く山にくり返す。藁葺き屋根の家々からは、彼等を待つ夕餉の煙が白く流れて、涯てしもない平原の上に消えて行く。
『俺は故郷の自然には親しみを持つてゐたが、知つてゐる人間には一人として、親し味を持つてゐなかつたからな。二十五の今日迄、彼等の誰が彼を真実に愛して呉れたらう。ゐなかつたではないか。去年の春、上京してから後、其処には俺に好意と同情を持つ幾人かの人々がゐた。淡い人間的交誼、俺はそれによつて今迄社会の暖かい庭を游いで来た。――これからも俺はこの暗黒を游いで行くのだらう。
『俺は要するに弱者なのかな………』
電車はこの弱者を乗せて走つていつた。娘さんは既に俺の知らないうちに降りてしまつて、その空席へ強烈な光線が横ざまに硝子戸からぶつかつては弾ね返された。弾ね返つた閃光の中に、町家や樹木や人間が次から次と映つていつた。
『あゝもし/\、貴方、これは切符ぢやありませんよ。』
俺が車掌台から下りて二歩許り歩き出した時、車掌が後から呼びとめた。
『え?』と俺は、今出した筈の袂の中を探つて見た。捲き込むだ切符が俺の指先にさはつた。
『あゝ間違つてゐました。』
俺は、何を自分が先刻渡したか、などは考へないで車掌に切符を出した。車掌は人の好い笑顔で、小さな名刺様のものを俺に呉れた。
『これは?』
『今、貴方がお出しになつたのでせう。』
『へえ。』
電車の去つた後で、俺はその紙片を見た。それは名刺であつた。小さな字で『河内や菊江』と記されて、傍には『蛎殻町――目――番地』と書いてあつた。今迄、空想や回想で茫乎してゐた俺の頭が一時に、透徹した。俺は万事を了解することが出来た。』
『彼の女が、俺の知らぬ間に、俺の袂へ入れてくれたのか。』俺は驚異に打ち慄へた。
俺は潜むでゐた女に対する愛が、俺の心に既に根強く大きくなつてゐるのを今更深く感じた。一方、弄んでやりたいやうな悪魔的な衝動も起りかけてゐた。
町角の新しい洋館の、花崗岩の階段に、日は赫つと照つてゐた。俺はその階段に足をかけて、今、自分の運命が決せられるのだと思つた。この建物の中にゐる安月給取が自分の上に、少時でも裁く力を持つのだと思ふと嫌であつた。
『どう云ふ人か、――まあいゝや。』
俺は構内へ這入つた。
『Xさんはどちらでせうか。』
黒い札に十二番と書いてある。金網の中から頭のはげた老いぼれが、
『向方の二十七番ですよ。』と教へて呉れた。俺は漆喰の廊下を歩むで行つた。金網の中では乾からびた魚のやうな人間が沈鬱に黙然と坐つてゐた。血が通つてゐるのかしらと俺は思つた。果して、若しXと云ふ人があゝ云ふ型の人間だつたらとても末長く一緒に生活は出来ない。――
『あのXさんは。――』
『Xは僕だが。』
『三島さんから承はつて参りましたが。』
『あゝあなたかね、倉田君は。』
俺は、切なさうに椅子にもたれて筆の軸で耳をほじくつてゐた二十八九の青年――然り、彼は俺には、同じ青年に見えた! ――が飛び上つて、金網の際へよつて来たのを見た。艶のない廃頽した色調が細面のたるんだ頬に表はれ薄い髭が動いた。若々しいに似ず何処となく人生は(注4)疲れたやうな所があつた。
『え、僕が倉田です。』
二人は直ちに親しくなつた。俺はほつと息づいた。
『僕はね。』
と彼は小声で語り出した。旋風機の廻る音響につれて、微かな空気の流動が頬に触れた。外では太陽がいら/\しく焦げつけてゐるが、高い欄間のすきからうかゞはれた。
『実は、今迄僕は非常に放逸な生活をしてゐたのだ。直ぐ近く迄、○町の附近に下宿してゐたがね――そんな話はいまにゆつくり話しするとしてね、どうも身体が病気になる、頭は白痴になる、金は欲しくなる。――ね、是でも僕あ君私立の××大学丈は出たんだよ。だから今度家を一軒持つたのだ。家と云つたつて棟割長屋だけれどもね、――君共同生活だ! 何僕が区役所へ出てる間の留守番さへして貰へばいゝのさ。飯は僕が君に金を上げるから二人分弁当をとればいゝからね、勿論、鍋でも釜でも一切僕ん所にあるにはあるよ。君、来て呉れたまへな。』
俺は彼の一重目の暗い眼のうるみを忘れ得まい。俺は生来『あゝしろ』『かうしなくちやいけない』と云ふ言葉より他に聞いたことのない人間であつた。夫によつて受ける苦痛に堪へ難くて的のない孤独の放浪をつゞけてゐる自分であつた。俺は歓喜に咽んだいぢらしい自分を見た。
『早まつてはいけないよ。』
魂がさゝやいた。俺は疲れたやうな彼の眼をもう一度見かへしたが、其処には単純な好意と哀愁の外何物もなかつた。
『え、宜うござんす。』
『来て呉れる? 喜しい。――家は直ぐ其処なんだ。ぢやしばらく待ち給へ、僕は今課長に云つて仕舞つて来るから。』
俺と彼は電車路をRの方へ歩んだ。路に出て太陽に曝されると、彼が背広を著(注5)て歩む姿はひどく影のうすいものであつた。腰骨が醜く角ばつて、足が少しびつこを引いてゐるのだ。
『足を如何したんです?』
『何あに、あまり、遊蕩んだ罰なんですよ。』
彼は寂しく微笑して、洋服の袖をまくつて見せた。強烈な陽光に、青ざめて肉の落ちた腕には赤黒い斑点がむくれ上つてゐた。
『足の方へも毒が廻りやがつてね。』
ほうつと深い息を彼は吐いた。光沢のない額には脂汁が滲み出てゐた。俺は黙つて彼の後について行つた。
『やあ、Y君、有り難う。』
陽光が白く溢れてゐる電車路から乾物屋の角を曲ると、ぱつと周囲が赤くなつた。小半町も行つて煮〆やの角を左に折れると、片側は軒の低い長屋続きで、片側は長々と黒塀で、薄暗い路上へ黒塀内の樹木が陰気な青い吐息を投げつけてゐた。
『待つてゐたぜ!』
黒塀が尽きると、其処には白い土蔵が強い圧迫を以て立つて、土蔵の際に又一棟長屋があつた。俺とXとは一寸顔を見合つた。――お互にお互の心を読むやうに。
『朝つから今迄かゝつて、やつと君、道具などを取りかたづけた所なんだ。――真実に君、大抵なこつちやなかつたよ。』
俺はXの後について家の中へ這入つた。土間を上ると直ぐに暗い三畳があつた。夜具蒲団を四五枚部屋の中央へ積み重ねた上へ、頭髪を分けた二十六七の脊の高い男のYが、赤裸になつて腰かけたまゝ、白い顔にうづ/\と血の動きを見せ乍らどなつて居た。肋骨が一枚々々はつきりと透つて見えた。
『いや、如何もあり難う。――実は留守居して貰ふために此の人に来て貰ふことにしたんだ。――倉田君つてんだ。』
『へえ、――倉田君? さう。如何だ、穢ないのに驚いたでせう。』
次の部屋は八畳で、縁側につゞいて樹木一本ない赤土の庭があつた。低い申訳のやうな境の板塀越しに、裏合せの長屋の様子が手に取るやうに見えた。とりみだした女が赤児に乳をふくませて、寝そべつてゐるのが、黒い女の頭髪と黄色い赤児の頭とが瓢箪の模様画のやうに浮んでゐた。
『これあ傑作だ!』
と俺は指さした。他の二人も苦笑した。
『それよりか此の方が傑作ぢやないかね。』と、
部屋の片隅に、何となく部屋の気分に相応しなく置かれてある総桐の新しい箪笥をXは指して、抽出を開けて『そうら。』と振り廻した。どの抽出も皆空虚であつた。
『へえ、空虚なのかね、君には似合はないものを持つてゐると思つたが――何んだか馬鹿に軽かつたよ。』
それからXは俺を、台所へつれに行つた。土間と壁一重へだてゝ、同じ街路に向つて三尺四方程の板敷、――重い戸を開けると漸々傾むいた薄日が黄色く板敷によどんでゐた。バケツの中に茶碗や汁碗や箸などを入れたのや、赤い土釜の中に飯がべと/\と半分ばかり入つてゐるのや、などが雑然とよどんだ陽の中に見えた。俺は暗い気になつた。それらの光景は決して俺の今迄の生活にとつては嫌悪を抱く程なものではなかつたのではあるけれど。――
『此処に炭と薪があるし。』
と彼は、板敷をめくつて、其下にある炭俵や鉋屑を示したり、釘穴で痘痕のやうに成つてゐる柱から水道の鍵を取つて、
『水道は直ぐこの角の差配の前にあるんだ、共同水道も面白いものだ。』
と云つたりした。彼はすべて細心に優しく何処となく廃頽した気持で俺に対した。そして始終腰の辺をさすつては顔をしかめた。
『おい、此の夜具を如何しようかなあ。』
彼は茶の間から、仰向けに寝ころんでゐるYに問うた。茶の間には、小形な長火鉢と茶棚があつて、鉄瓶からはしゆん/\と白い湯気が昇つてゐた。
『何しろ、押入れのない家だからねえ。』
その男は身じろぎもせずに、言ひ出した。
『大体屋賃と相談しなくちやね。一箇月五円五十銭ぢや、不平も言へないぜ。――俺の居る部屋が六畳一室で五円取りやがるからなあ。』
『だつて仕様がないぢやないか。――えゝ、勝手にしやがれ、恁うやつて置くさ、ね君、どうだい。』
彼は無意味に俺の肩をとんとたゝいた。
三人は長々と部屋一杯に寝そべつた。平安な静寂が夕暮近い空気の中に漂ひ、その中を直ぐ間近の都会の雑音が微かに響いて来た。そして、赤ん坊の泣く声、――俺等は、ぴつたりとより添ふやうな気で『あ――あ。』とあつくりした溜息をついた。
『倉田君は備中の生れださうですね。』
Yがむくりと身をねぢて、俺の顔をまじ/\と眺めた。
『えゝ。』
『年は。』
『二十五ですよ、ほれた女に捨てられてから、東京へ逃げて来てグラついてゐるんですよ。』
『吾々と同類項だね、はゝゝ。そして今は何うしようと云ふんです。』
『さあ――。』
俺は答へられなかつた。顔が紅らむやうに血が躍つた。『おや、血が躍る。』俺は自分の中に未だ純な何物かの潜在を認めてかすかな嬉しさを感じてゐた。
『未来の石川五右衛門だらうよ。ね、倉田君。』
Xは伸び上つて俺を見た。
『はゝゝゝ、どうして?』俺はどぎまぎした。
『三島さんにすつかり聞いたのですよ。はゝゝゝ。僕も総理大臣になられなけあ大盗賊になるなんて言つたさうですからなあ。』
『はゝゝ、世界有数の大教育家である筈の俺が小学校の先生だからな。』
『石川五右衛門にはなりたくもないが、せめて、まあいゝ嫁さんでもほしいものだね。』
『君が嫁さんを取れあ、その時は、何んだな、当分俺と共有だらうな。』
『馬鹿な――厭だあな、神聖なるカヽアの共有は、ね、倉田君。なんぼなんでも、ね。』
俺は侮辱されたやうな気になつたが、彼の眼のどろんと濁つた現象を見ては怒れなかつた。
『嫁さんと云へば、高井の奴、近頃ちつとも顔を出さないぢやないか、あの偉大なる色女と共同生活とかをやり初めてからはなあ。』
『共同生活? ――あの男も、もう駄目だね。そのうちに子が生れるわ、著物が尿つ臭くなるわ、――立つ瀬がなくなるぢやないかね。』
『倉田君。』
Xが真面目な顔で俺を呼んだ。
『今に君にも紹介するがね、矢張り君と同じやうに何か書かうとして、若い時分から苦労してゐる男だがね。高井つてね。――さうだ、幾歳だつたらうな。』
『さあ、俺とは二つ上だから、――来年は三十一かね。』
『そんな年になつても未だどうともならずにゐるんだよ。』
『はゝゝ、Y君の説法かね。先生を商売にしてゐるとどうしてもさうなるんだなあ。』
『さう許りぢやないよ。――僕が故郷の信州を親父の金を二十両盗んで逃げ出して来たのが、ちやうど十八の秋だつたが、其の時あ親父が追つかけて来て、僕が如何してもきかないもんだから、早稲田に入れて呉れたが、もう三十に近づいてるに小学校のぼろ教員をしてゐるのだからなあ。』
『よしてくれその話は。もう、何度同じ話を聴いたか知れない――今に見ろ、今に! 俺等は是からだよ。』
『何ぼ是からでもこの身体ぢやね。』
『あ――あ、もう真実によしてくれ。よさないと泣き出すぜ!』
炎熱は太陽と共に遠のいてゆき、そのあとの唯一色の水色の空には白い雲片が表はれた。夕陽がうつとりとした殷朱を雲に映した。三人は一様にその美しい雲の色を見た。もう四辺は全く夕暮の空気に浸されてゐた。空を工場の汽笛が何かの象徴のやうにかなしくつらぬいてゐた。俺は寧ろ甘い哀愁を楽しみつゝ、恁うした男の中に自分がゐるのだと思ふと何故かうれしかつた。
『さあ、腹が空つて来たね。』
『あ、今朝から僕あ、働き通しだつた。今夜は奢らなくちや。づるいや。』
『――親子丼でも取らうかな、倉田君、君すまないが、すぐその広路へ行つて親どん三つ云つて来て呉れませんかな。』
今朝から俺も湯一滴飲まないのであつた。食はず、飲まずの日が四谷の邸を出てからの俺には常にあつたので俺は空腹と云ふことには一日位堪へ得る丈の鈍感を養ひ得てゐたその時、親子丼ときいて、俺は急に腹がげつそりと抜けた様な気持がした。町へ出ると、夕陽は既に蔭つて、路上は黒く湿つてゐた。黒塀の勝手口では色の黒い八百屋が大きな西瓜を手に持つて、女中共を笑はしてゐた。歩き/\、腹を凹まして、そつと手でさすつて見ると、腹の皮が、ぺつたりと大きな空穴をこさへて、肋骨の奥へへばりついてゐるのにぎよつとした。
『俺の腹の中には何一つ無いのだな。』
俺は恁うして歩いてゐる自分が妙にをかしくなつた。わ――い、馬鹿野郎の誇大妄想狂と嘲笑したくなつた。そして、鰻屋の前で幾度も鼻をひこつかせたのであつた。
其夜、俺は寂然とした心持で、独り床に就いた。
『花嫁に為せる為にこさへた夜具だけど、――まあいゝや、君著て寝たまへ、どうせ来たつて処女ぢやないんだから。』
八時頃、XとYが家を出しなに云つて行つた其の夜具の中で俺は寝た。赤色の勝つた花模様の更紗の掛蒲団に新しい蚊帳の青い目がちら/\映つてゐた。俺は今年の夏になつて、蚊帳の中で寝るのが初めてゞあつた。蚊帳がゆれる度に掛蒲団に蔭がゆれた。静寂がひつたりと其境界にあつた。
そして、あのお菊のことが幻となつてあらはれて来た。俺はその幻に接吻しながら、何んとも云へぬたまらない嘆き、ゴロツキ特有のわびしい嘆きを(その感じは言葉に言ひ表はしがたい一種のわびしい、しかし、人が、その感じを奪はうとするならば、命にかけても争はずにはゐられないほど、なじみ深い、さり難い、深い/\一存在であつた。この感じを深く知れば知るほど、もう漂泊――ゴロツキの生活は俺には止められなくなつてしまつたのである。)感じてゐた。
(注1)「みくびり」の誤植と思われる。
(注2)「付着」の誤植か。
(注3)「横着」の誤植か。
(注4)「人生に」の誤植か。
(注5)「着」の誤植か。
底本:「大望」(新潮社)大正9年10月刊