▼ 入院中の島田清次郎訪問記

　えーと、飽きもせずまたいろいろと調べました。私としては、島田清次郎の生涯の中でも、特に保養院に入院した後について興味があって、「早発性痴呆」という診断は本当に妥当だったのかどうか考えてみたいと思っているので、入院後の彼について書かれた文献を探してみた。

　まずは「東京」という雑誌の大正13年(1924)12月号に掲載されていた、「自称天才の末路　精神病院に泣く島清君」という文章から、保養院訪問記の部分を。刊行年月から考えて、入院してまだ数ヶ月以内の頃の様子と考えられる。書き手は丘緑という人物である。

　島清君は巣鴨の保養院の公費患者である。つまり入院料の支払能力のないものが東京府の支弁に依て養療する患者である。彼は真正の狂人であつて病名は感情顛倒、忘覚で、喜怒哀楽の変化が限りなく、記憶が脱出したのである。私は島清君がほんとうの狂人であるかどうか、態々見舞がてら見に行つたが、果して彼は今は疑ひもなく狂者である。「島田にお逢ひになりますか」と係の医員から尋ねられたので「いや、狂人に逢つたからとて記憶もあるまいから仕方がないが、硝子越しに見て行きませう」と言ふと、その医者は直ぐ島清君の病室に案内して呉れた。

　玄関側の応接間を出て島清君の病室に行かうとして広い廊下を中途まで歩いて来ると、案内の医者は急に立ち止つて、大きな泣声のする方を指して「アレが島清ですよ」と言つた。

　島清君の病室は薄ぎたない六畳敷程の室で、他に一人の患者が同室してゐた。不思議なことに彼は病院も破れるやうな大声を出して切に泣いてゐた。「頭が痛い!!」「訳が分らない!!」と悲しい声を出して泣いてゐた。怖々ながら硝子越しに覗いて見ると。彼は両手を頭の両脇に当てゝ室内を駆け廻りながら泣いてゐた。医者が「今に直して上げるから泣くんぢやない」と赤ん坊をだますやうにして彼の頭をなでながら慰めてやると少しは泣き止んだ。間もなく医者が室を出ると又しても大声で泣き出した。この悲惨なる光景を医者と共に廊下で見てゐると、それまで部屋の隅つこの方に黙座してゐた同室患者が、静かな影のやうな声で「何んだ、天下の島清ぢやないか、意気地がない、泣くな、泣くな」とたしなめてゐたのは、如何にもこれこそほんたうに同病相憐れむともいふのかと、微笑を止め得なかつた。

　島清君は大抵の日は、蒲団をかぶつて終日無言のまゝ寝てゐるさうである。余程機嫌のいゝ日には医者を相手にして雑談をしたり、或る時には原稿を書くから原稿紙を呉れと言ふが、少しも書かないらしい。以前知り合ひだつた文壇の知名の士などにも電話をかけることもあるが、いづれも旅行中だとか、何とかかとかと断はられるさうである。舟木芳江嬢の話が出ると、「いづれ結婚するつもりだ」と言ふので、病院の人達からは「あんな女はきれいにあきらめてしまへ」とか、「あんな女のことを考へてゐると病気が直らないぞ」とか言はれてゐるらしい。

　彼は不思議にも風呂に入ることを嫌つてゐる。垢じみた体で部屋の中に寝転んでゐるので、時折風呂に入れるがその際には数名の看護人が泣き叫ぶ島清君を裸にして入れるさうである。

　郷里の母親からは時折手紙が来るさうである。母親の直筆かどうかは知らないがその手紙はかなり情理をつくしたもので、頭のいゝものでなくては到底書けないやうな名文ださうである。

　続いて、橋爪健『多喜二虐殺』（昭和37年　新潮社）に収められた「狂い咲き島清」から。著者が島田清次郎を見舞ったのは、大正14年頃のことのようだ。著者は詩人で入院前の島田清次郎ともわずかながら親交のあった人物。

　暑いので鉄格子のある窓はみな開け放たれ、十畳ぐらいのうすよごれた畳の部屋には四五人の患者がねころんだり坐ったりしていた。カギで扉をあけると、プーンと獣の檻のような臭いがした。中に入った案内人が、壁に面した机に頬杖ついてぼんやりしている棒縞ゆかたの男のところへ行って何か話しかけると、その男はチラッとこちらをふり向いた。まさしく島田清次郎だった。

　彼は気のなさそうに立ち上って、廊下で待っている私たちの方へやってきた。一年前よりだいぶ頬がこけて、公費患者用の色あせたおしきせのせいか、よけいしょんぼりと見えた。ただ眼の奥の異様な光は以前にまして凄みをおび、そのまなざしはそっぽを向いていた。

「やあ、しばらく……その後ぐあいはどう？」

　そう云ってしまって、私はしまったと思った。狂人に、ぐあいはどうだと聞くのからして無意味だし、場合によっては刺戟になる。はたして彼はなにも云わずにじっと私の顔をにらみつけていたが、突然ニヤッと笑った。特長のあるいやに白い小粒の歯と紫がかった歯ぐきが見え、それが氷りついたようにしばらく動かなかった。

「生田長江、どうしている」

　だしぬけに彼が云った。抑揚のない空虚な声音だった。

「この正月に訪ねたきりだがね、病気は相変らずだけど、元気はとてもよかったよ」

「そうか……よろしく云ってくれ。島田はまた傑作を書くからってね」

「うむ、期待してるよ。また〈地上〉のようなのを書いてくれたまえ」と、私は精いっぱいのお世辞を云った。

「うん、書く……書く……書く……」

　くり返して呻くように云ったかと思うと、彼は矢庭にクルリとふりむいて、そのままスタスタと部屋の中へ入ってしまった。ぐったりと肩がおちたその後ろすがたを、私はいっとき息をつめて見送っていた。

　その他、佐藤春夫が保養院の島田清次郎を訪ね「更生記」という小説に書いているそうだが、これは未見。そのうち読んでみるつもり。

　さてこのふたつの文章から、島田清次郎は統合失調症だったといえるだろうか。わからない、というのが正直なところである。最初の訪問記では「疑ひもなく狂者」と断定されているが、明らかに島田清次郎に対する悪意と先入観がある文章なので、今ひとつ信頼性を欠く。2番目の訪問記を読むとある程度の疎通はとれており、病的なところと正常なところが混在しているようにみえるが、これは訪問から30年以上あとに書かれた文章であり、これまた信頼性には疑問が残る。

　次回は、入院中の島田清次郎が書いた作品や手紙を紹介してみたい。

▼ ヤクザ再び

　去年の5月に書いたアイアンホース社の自転車ヤクザシリーズ。その後「トリビアの泉」で紹介されるなど有名になったのだけれど、久しぶりにアイアンホース社のサイトを訪ねてみたら、ラインナップがリニューアルされていた。

　組長の上に、組長タイプRが登場。さらに若頭がなくなり、総本部長という新たなグレードが！　えー、若頭よかったのになあ。

▼ 岡田尊司『脳内汚染』（文藝春秋）

　コメント欄で催促があったので、島清話はここらでちょっと一休みして、『脳内汚染』の感想でも書いてみましょうか。

　その前にまずひとつお断りを。読者の方々は、私がこの本をトンデモ本として激しく叩くのを期待してるかもしれないのだけれど、実のところあんまり叩くつもりはない。もちろん鹿島茂氏のように手放しで絶賛するつもりにはなれないのだけど、これは思ったよりはまともに論じるべき本だという印象である。

　確かに感情的すぎる文体には辟易してしまうし、一方的な決めつけも多いのは気にかかる。詳細のよくわからない「寝屋川調査」とやらの信頼性にも疑問が残る。また、「少年犯罪の急増」について書いた箇所には統計のトリックがみられる（「少年犯罪の急増」のウソについてはこちらなどを参照）。「……可能性がある」「もしこれが本当だとしたら……」式の言い方も目につく。さらに著者はそれほどゲームに詳しくないらしく、特にゲームについて書かれた部分にはあまりにもバカバカしい記述も少なくない。こうした多くの欠点があるにも関わらず、細かいところには目をつぶって大きなストーリーを追えば、納得のいく点も多いし、これはなかなか反論は難しい本なのである。

　この本で語られているのは、ひとつは「映像メディアが人間の心理特性を変化させている」ということであり、もうひとつは「アルコールや麻薬のような物質だけではなく、映像メディアのような情報にも依存性がある」ということ。私としては、どっちもその通りだな、と思うし、「依存性があるから、幼いうちからの摂取には充分な注意が必要」という主張にも賛成する。

　ただ、ゲームを麻薬と同一視するような主張には賛成できないし、映像メディアによる人間心理の変容を「汚染」と見なして糾弾する著者に対して、私はそれは単なる「変化」であってそれ自体では善でも悪でもないと思うのだけど。

　確かに問題点も多い本なのでしょうがないかもしれないのだけど、ゲームを槍玉に挙げた部分の問題点だけをあげつらって、全体の主張までをもトンデモ扱いするのは間違いだと私は思うのですね。

　と、これだけではつまらないので、ここらへんで当サイトらしい考察を加えてみたい。数日前から当サイトで何度か話題にしている金子準二は、大正から昭和初期に活躍した警視庁勤務の精神科医にして「科学ペンクラブ」の発起人の一人になった文筆家。そして『脳内汚染』の岡田尊司は医療少年院勤務の精神科医にして、別名義で横溝正史賞を受賞した文筆家。けっこう共通点があるのだ。さてこの二人の文章を比較してみよう。

　まず、金子準二の『犯罪者の心理』（昭和5年　武侠社）という本に収録された「不良少年の心理」という文章から。この文章の中で、金子は不良少年の増加には「活動写真」が影響していると述べている。

　この多数の少年者に、活動写真映画の影響する所は何であらうか。勿論映画に対しては、相当の検閲制度が設けられて居るが、現在のフイルムは、大抵犯罪か、争闘か、恋愛か、淫猥か、浮浪か、流血の惨禍かを取扱つたもので、少年をして無選択に屡々活動写真を観覧せしめるのは、少くとも児童に、反社会的出来事が、頻々としてあるとの観念を賦与するのに、充分である。従つて児童の道徳感を低下せしめる危険が、現在の大抵の活動フイルムには伏在して居る訳であるから、活動写真の見物は、ある意味に於て、少年の反社会性の胚芽を培養すると見做さねばならぬのである。

　続いて、平成の岡田尊司は、未成年者による事件の背景にはテレビやゲームがあると主張する。

　暴力的な映像に過剰にさらされることによるもう一つの影響は、世界や人間というものを、過度に悲観的に、醜く、危険で、希望のないものとみなす傾向を植え付けてしまうということである。暴力場面にさらされることは、単に暴力を学習させ、攻撃的で反社会的な行動を増加させるだけでなく、自分自身が被害者になる恐怖を増大させ、さらには、対人観や世界観まで変えてしまう。

　以下、金子、岡田の順に並べてみる。

　また活動写真と不良少年問題との連繋に於いて、是非考慮せねばならぬ一事がある。勿論現代大衆の娯楽として、相当の引力を持つには、群集心理をどれ程巧みに利用出来るかゞ、主要の一条件である。活動写真も、この条件に適合して居る所があるので、流行するに至つたに相違ないがこゝに既に不良行為の危険は伏在するのである。

　ゲーム開発者は、今にもやられそうな状況を、できるだけリアルに体験させるシチュエーションを作ることで、体にはアドレナリンを、脳内にはドーパミンを溢れさせる。そのために、日夜知恵を絞っているのだ。

まだ不良少年問題と活動写真とに、結縁があると見做さねばならぬ所がある。それは、屡々不良少年の告白する活動写真が見物したいので『金銭を盗み出した』『物品を持ち出して売却した』『授業料を費消した』『物品を窃盗して、屑屋に売渡した』等の所言を根拠としても判断できる次第であるが……。

ゲームソフトを買うために、盗みや恐喝を行う子どももいる。宿題や習い事もさぼるようになる。

更に大正十五年（一九二六年）の東京府の活動常設館入場者、二千五百四十九萬千九百三十一人の昼夜の配分が、昼は千百三十六萬七千九百五十五人であるに、夜は千四百十二萬三千九百七十六人であるを、一覧しても判る如く、元来、充分の睡眠が肝要である、少年の夜を侵害して、強烈の刺戟を与ふる危険が、現代の活動写真の興行には、あるのである。従つて、現代の文化が「フイルム文化」であると云ふのが、事実であると、不良少年は、その活動写真映写の条件である「暗黒の所産」である「暗黒児」であると、見做さねばならぬ。

　ところが、ゲーム依存症やネット依存症に陥っていると、夜になると、また目が冴えてきて、ゲームやインターネットを際限なくやってしまうという悪循環から逃れられない。　学校や仕事に遅刻したり、休みが増えたりすることも、当然起こりやすくなってくる。勉強にしろ仕事にしろ、本来の能力が発揮できなくなっていく。成績や能率の低下、ぼんやりした表情や集中力を欠いた態度は、評価の低下を招き、よけい学校や仕事がおもしろくなくなる。本人も次第に自信を失い、ついには、不登校や失職という事態にも至ってしまう。

　嘗つて十四歳未満の不良少年二百人に就いて調査した結果、その七五％が、一週二回以上活動写真に行つて居るのは、活動写真が不良少年の禍因として、どれ程価値を持つかは別としても、ともかく、不良少年問題が、現代文明の色彩が濃厚の、社会問題であることを説明するのである。

　ゲーム、ネット、マンガともに、費やす時間が長い子では反社会的スコアが高くなる傾向がみられ、ことにゲームやネットを三時間以上する子では、その傾向が顕著であることがわかる。

　歴史は繰り返す。いつでも新しいメディアは、若者に悪影響を与えるといわれて目の敵にされているのだ。精神科医の考えることなんて、75年たってもあんまり変わらないってことですかね。

▼ フランス人の方法

　参考・日本人の方法

▼ 入院中の作品

　『天才と狂人の間』を読んでからというものの、島田清次郎の創作活動は精神病院入院で終わり、その後は狂気に支配されて何一つまともな文章を残していないと思い込んでいたのだけれど、実はそうではないということを知ったのはごく最近のことだ。

　まずは、野口眞一郎さんに教えられた「犯罪公論」という雑誌から。「犯罪公論」といえば、一般には城田シュレーダーの伝奇小説が載っていたことで知られている（←どんな一般だそれは）が、「全肉体美ミス・ニッポンコンテスト」として水着美人のグラビアが載ってたりアール・ヌーボー風の洒落た口絵イラストが載ってたりと、バラエティに富んだ雑誌である。

　この雑誌の昭和7年2月号では「癲狂院探訪・狂者訪問記」と題した特集が組まれており、精神病者の絵画の紹介や、蘆原将軍訪問記に混じって、岸洋介「島田清次郎の手紙」という文章が掲載されている。この文章では島田清次郎が入院中に書いた手紙の内容が紹介されており、口絵には葉書の現物写真が掲載されている（ということはつまり、病院側は彼の手紙を投函しなかったのだろう）。

　全部で6通の手紙が紹介されているが、そのうち昭和二年に書かれた田中義一首相宛のものは以下のような内容。

拝啓去る大正十三年七月下旬池袋を俥上三冊の自著原稿包みを携へ通行中の余を巣鴨署の巡査が暴力をふるつて拘引し留置場に不法監禁し（此の巡査は奇怪にも大正十四年九月頃この狂病院にいたるやうなり）警視庁より来れると詐称する狂病院の医員の診察を強制し余が立去らんとするや狂病院は数名掛りで不法監禁し今日迄満二ヶ年数ヶ日の間暴力催眠力、強制的薬品によつて殺人状態を継続してゐます、而して僅少の食料代等を警視庁経由公費支弁であるといふので右費用を返済して退院すべく昨年十二月従来関係のある出版会社○○○○氏が社員を派遣しても催眠暴力をもつて用務をつくさしめず母親が引取りに来ても他の狂を会はせて余に会はせず親籍のものも全然会はせず、さきに詐称せる警視庁技師○○○○氏の本人が来ても診察をなさずに退院を許可せず、何とか退院後訴訟を起す考へで自重してゐる次第ですが余は狂人に非ず此のまゝ幽閉されてゐることは身命に危険です去る五月六日の交渉では警視庁医務課の許可あれば幽閉を解くと云ふのみ何とか直ちに退院許可幽閉解除願ひ上げます、院長は○○○○と称し○○警視庁技師、医員数名、及二三十名の鬼畜の如き看護人と称するもの、一日も早く退院して自費で身心の衰弱を恢復療養しなくては危険です危急の場合御願ひいたします、手続を当局者が執る様御願いします。

　こういう手紙というのは、私にとっては非常になじみ深いものである。今でも入院している統合失調症患者が総理大臣とか警察庁長官宛てにこうした手紙を書くことは珍しくないのだ。この手紙だけを見ると、書き手はまさに被害的な妄想に支配された統合失調症患者のように見える。

　しかし、入院中の島田清次郎が残したのは手紙だけではない。日本病跡学雑誌第33号（1987年5月）に掲載された川田行雄「島田清次郎の病跡（その3）―「保養院」時代について―」という論文によれば、入院中に雑誌に投稿した詩もあるし、長篇小説も含む20数篇もの小説も書いていたのだという（それらの小説は小林輝治の手により「北陸大学紀要」で翻刻されているという）。

　まずは、入院中に雑誌「悪い仲間」とその後身である「文芸ビルデング」という雑誌に投稿され掲載された島田清次郎の詩を5篇紹介しよう。これらの詩を発見した神谷忠孝は、保養院入院中、死の1〜2年前に書かれたものと推定している。最後の「明るいペシミストの唄」は島田清次郎のいちばん有名な詩だろう。確か『栄光なき天才たち』にも引用されていたように思う。

「私に就いて」

私は何処に行くか

瓦斯が不足です

風船の尾に私の名を書いた短冊をむすび

私を昇天さしていたゞきませう

私の生活は空の中に

私の栄誉は炸裂すること

私は私の名と共に

この世に何も残したくはない。

「まちあぐみては」

陽がおちる

今日も亦誰れも来ない

希みを失つた夕靄が

重い足取りでしのびより

私の上におほひかぶさる

長い夜が復讐と脱走の計画に胸をおどらせ

夢が追はれるみじめな自分をおびやかす

はかない想ひで明日を待ち

待ちあぐみては僅かに眠る私である。

「私は置き忘れて来た」

銀座の裏に赤い花を置き忘れて来た

緑のトランクはわたしの歓びを入れたまゝ

ステヱシヨンに置いてある。

誰れにも告げないで夜空に放つた赤い風船は

今何処に流れてゐるだろうか

（あれが一番私を知つてゐたのに）

精神病院の鉄格子の窓から

私は片方の黒い靴下を棄てた

乳を出した狂女が向ひの窓でそれを見ていたが、

乳をもいでわたしに投げつけた。

どこかに置き忘れてゐた哄ひがくツくツと

この時、舞ひ上つた鳩を追ひかけて行つた。

「朝」

1

朝は水のない一輪挿

挿されたヨカナアンの首の蒼白さ

飛行機の飛べる風景と

脂の匂ひのする音波――

おおーイ

隣室の患者が救ひを求めてゐる。

2

自分は新聞を読んでゐる。

自分は世界を見てゐる。

自分は活字を睨んでゐる。

自分は茫漠とした灰色をみつめてゐる。

「明るいペシミストの唄」

わたしには信仰がない。

わたしは昨日昇天した風船である。

誰れがわたしの行方を知つてゐよう

私は故郷を持たないのだ

私は太陽に接近する。

失はれた人生への熱意――

失はれた生への標的――

でも太陽に接近する私の赤い風船は

なんと明るいペシミストではないか。

　あえて、特に感想は記さない。

　透明感と哀しみに満ちていて、傲慢で自己愛に満ちた初期の文章とはまったく違う魅力のある作品である。3回も登場する風船のモチーフがなんとも痛ましい。

　手紙は確かに統合失調症を思わせるものだったが、これを読むと、これが果して本当に統合失調症患者の作品なのだろうか？　とまた確信が揺らいできてしまうのである。

▼ 介護猿

　動画必見。かわいい！　頭いい！

　『モンキー・シャイン』のことは忘れろ。

▼ プライドと偏見

　原作読んでから観に行ったのだけど、だいたい原作のエピソードは押さえてましたね。しかも、牧師の任命権とか秘密結婚とか、現代では馴染みの少ない部分はさらりと流してわかりやすい物語になってました。それに、原作では今ひとつわかりにくかった階級の差を、家の豪華さの違いとして一目でわかる形で表現していたのは、さすが映画で、これは小説には真似のできないところ。でも、ベネット家がこんなに貧乏だとは思ってなかったな。領地があって働かずに食っていけてるんだから、もうちょっとは金持ちだと思ってたのだけど。ちまちました原作よりテンポよくわかりやすいので、原作を読む前に映画を観れば理解の助けになるんじゃないかな。

　ただ映画では、エリザベスの方の気持ちの変化だけが強調されていて、ダーシーの方もプライドを捨てて心を改めたという部分があまり表現されてなかったのが残念。

　原作だとラストでプロポーズを受けてから、お互いのどこがよかったのかとかいつから好きだったかとか、二人で反省会みたいなのをやる場面があるのだけれど、これはちょっと冗長に思えたので、映画ではこれをばっさりと省いていて正解。

　主役のキーラ・ナイトレイはかわいいけどやっぱり胸がない。ダーシー役はややワイルドすぎる気もするがだいたいイメージ通り。ビングリーはちょっと軽薄すぎる。キャサリン夫人はジュディ・デンチ。イギリスには威厳のある老婦人を演じられる役者はジュディ・デンチしかいないのか（★★★★）。

▼ 城田シュレーダーを読む

　さて島田清次郎について調べたついでに、昭和初期の雑誌「犯罪公論」に載っていた城田シュレーダーの小説4篇を読んできました。城田シュレーダーは、正体不明の謎の作家で、一説には城戸禮の別名義とも言われているが確証はないという。

　今読める作品としては、『外地探偵小説集　満洲篇』（せらび書房）に収録された「満洲秘事天然人参譚」と、『「探偵」傑作選』 （光文社文庫）に収録された「魔石」があるが、「犯罪公論」に掲載された4篇はいずれも復刻されていない。

　どれも、一見怪奇実話みたいなスタイルで書かれていて、医学ネタを使った怪奇SFが多い。また、どの作品にも日本人がほとんど登場しないのも特徴である。

　まず、「新類人猿」（昭和7年8月号）は、アフリカ、コンゴ河上流のジャングルが舞台。10年前に人間とチンパンジーとの間で激しい戦闘が行われたといわれる渓谷を調査していた王立地理学会の探検隊は、猿人並みの頭蓋容量を持つチンパンジーの白骨を発見する。やがて洪水で行く手をはばまれた探検隊はゴリラの子どもを鎖につないで飼育しはじめ、それとともに親ゴリラも探検隊のまわりに現われるようになる。しかしある日のこと、子ゴリラの前で現地人の惨殺死体が発見される。そして翌日、同じ場所で今度は父親ゴリラが後頭部をピストルで撃ち抜かれて死亡していた。事件の犯人は誰か。そして、事件の背後に見え隠れするライナケウ研究所の影。中央アフリカの湖に浮かぶ島に建設された研究所で、かつて行われていたおぞましい研究とはいったい何か。

　秘境、惨劇、謎の研究所と魅力的なモチーフが揃っていてなかなか読ませるのだけれど、特定の主人公がいない実話スタイルのため、真相の部分が伝聞として語られるだけなのが弱い。「猿人人工受胎は果して可能なりや？」という副題がついてるがこれは完全にネタバレ。

　続いて「不老長生薬奇譚　或る居留地の実話」（昭和8年7月号）。舞台は横浜の外国人居留地。発明家のグロムキイ老人が作り出した若返りの薬をめぐるグロテスクな怪異譚。特にエロスと狂気に満ちた後半の展開は凄まじいのだが、これも地の文で説明されるだけなのが残念。タナベ製薬という会社が実名が登場してその社長夫人と娘が誘拐されて悲惨な目に遭ったりするので、こんなの書いていいのかと思ったのだけれど、当時はまだ田辺製薬という会社はなかったようだ。

　「殉死室の生命」（昭和8年8月号）はごく短い作品だが、「蒙古ノインウラ古墳発掘史」「人類は果して冬眠し得るか？」と二つも副題がついている。舞台はモンゴル砂漠のノインウラ峡谷（実在するようだ）。生きたミイラを発見した探検隊をめぐる奇譚だが、枚数も短い上、他の作品にあったグロテスクなイメージも少なく物足りない出来。

　最後に、「猶太医学秘聞」（昭和8年9月号）には、金持ちで何やら陰謀を企んでいるというステレオタイプなユダヤ人が出てくる。舞台はある東洋の街の外国人居留地で、「不老長生薬奇譚」と同様、臓器移植手術による若返りを扱った物語。作者はよほどこのテーマがお気に入りだったらしい。手術中に生きた人間をつないで人工心肺代わりにするというアイディアは面白いが、臓器や生命の売買というテーマは、今となってはそれほど目新しくないのが惜しい。

　全体として、小説としての作りは今ひとつ弱いところがあるが、香山滋とか小栗虫太郎とかの怪奇幻想小説が好きな人なら楽しめること請け合い。これはもっと読んでみたいと思わされる作家である。

▼ Neill Blomkamp作品集

　一部で有名なCGアーティスト、Neill Blomkampの映像作品をまとめてみた。ロボットもの短編映画や、シトロエンがロボットに変形するCMなどなど、ロボットにこだわった映像作品ばかりを作っている才人。1979年南アフリカ生まれでカナダ在住。この人は、そのうち必ず長編映画の監督になるでしょう。

Citroen - Alive With Technology, Nike - Evolution, Nike - Crab, Tetra Vaal

　CM作品と短編の4作品が見られる。"Tetra Vaal"は、南アフリカを舞台に街の治安を守るロボットを描いた、リアル版ロボコップともいえる作品。これでBlomkampに注目した人も多いはず。

Alive in Joburg

　南アフリカに現われた異星人をめぐるドキュメンタリータッチの短編。"Tetra Vaal"に似た雰囲気。

Tempbot

　オフィスに配属されたロボットの恋物語。「すぐ隣にいるロボット」というテーマはこれまでと共通するが、長いわりにストーリーが弱い。

▼ 自宅を『スタートレック』の宇宙船に改装して破産

　イギリス在住のトニー・アレイン氏は、妻に逃げられてからというもの、自宅アパート（と記事には書いてあるが、日本で言えばマンションだろう）をスタトレの宇宙船ヴォイジャーのデザインに改装することに没頭し、ついには破産してしまったのだとか。eBayで200万ドルで売りに出したこともあるが、売れなかったそうだ。200万ドルというと……2億円超!?　そりゃ売れないだろう。

　さてその家はというと、トニー・アレイン氏本人のサイトで見ることができる。確かにこれはすごい。家というよりセットである。イギリスでスタトレの自主制作フィルムを撮る人は、ここに行けばよさそう。特に感動的なのはDATABANK 3にある写真で、ここでは改装前と改装後の写真を比較できる。まさに劇的ビフォーアフター。匠の技である。改装前より明らかに住みにくくなっている点は気にしてはいけない。

一方、こちらは、初代エンタープライズ号風のホームシアターを作ったゲイリー・レイン氏のサイト。最初のを見たあとだと、このくらいならまだかわいい方に思えてしまう。

▼ バレンタイン、ホワイト、ブラック、イエロー……

　2月14日といえばバレンタインデー。3月14日は日本生まれの「ホワイトデー」（私が子供のころにはホワイトデーなどなかった）。そしてホワイトデーの習慣はお隣韓国に輸出されてさらなる進化を遂げ、4月14日の「ブラックデー」を生み出したのだそうだ。

　Seoul Naviによれば、「ブラックデー」とは、バレンタインデーともホワイトデーとも無縁だった人が、黒いソースのかかったチャジャン麺（ジャージャーメンのことか）を食べて慰め合う日なのだという。この日は恋人のいない人は黒い服を着て、喫茶店では必ずブラックのコーヒーを飲まなければならない。嘘のようだが本当である。嫌な記念日ですな。

　さらにさらに、その次の5月14日は「ローズデー」といい、バレンタイン、ホワイトデーをともにすごした恋人が、相手をどう思っているか決定する日なのだそうだ。贈られるのが黄色いバラなら別離、白いバラなら友情、赤いバラなら愛情を意味しているのだという。そんなんはっきりさせなくてもいいのに。

　それなら6月14日や7月14日も何かあるのでは？　と思ったら、ありました（翻訳）。

　6月14日はKiss Day、7月14日はSilver Day、8月14日はMusic Day……もう勝手にしてくれという感じだ。

　ただし、Rose Day以降には異説（翻訳）もあるようだ。5月14日はRose DayであるとともにYellow Dayでもあり、「ブラックデーまで恋人と付き合うことができなかった人が黄色い服を着てカレーを食べると独身を免れるという日」なのだそうだ。こんな投げやりな記念日初めてみました。

　韓国の恋人たちは記念日だらけでたいへんそうです。

（追記）日本語で読める解説があった。ここによれば、さらに2月22日はカップルデー、11月11日はペペロデー（ポッキーそっくりのお菓子ペペロを送りあう日）。またつきあいはじめて100日目を記念日として祝い、ペアリングを買ったりするのが普通なのだとか。商業主義に絶望した！

▼ 刑法犯少年　昨年、平成で最悪（東京新聞）

　昨年一年間に刑法犯で摘発された少年（十四−十九歳）は十二万三千七百十五人で二年連続の減少となったが、このうち再犯者が三万五千五百九人で２８・７％に上り、平成に入って最も高率だったことが十六日、警察庁のまとめで分かった。　

　刑法犯少年は前年比８・３％減。殺人や強盗などの凶悪犯、ひったくりや自転車盗などの街頭犯罪の摘発人数なども軒並み減少した。

　なぜこの記事の内容で、この見出しになるのかさっぱりわかりません。

　統計のある七二年以降でみると、八四年にピークの３１・３％にまで達した再犯者率は、九七年に２１・２％にまで減少。しかし、その後は一度も下がることなく増加傾向が続いている。昨年も再犯者の実数自体は前年より減少しているが、全体の減少傾向の中で減少率が低いため割合は増える結果となった。

　特に凶悪犯（６１％）や、暴行、傷害といった粗暴犯（５２・６％）などで再犯率が高く、いずれも過去十年間で最も高率となっている。性犯罪では４０・１％、街頭犯罪で３５・３％となっている。

　途中で「再犯者率」が「再犯率」に変わっているのがよくわからないのだが、おそらく単に混同しているだけなのだろう。凶悪犯での再犯者率が高いということは、つまり「普通の子が突然キレて重大犯罪を起こす」という、大きく報道されやすいパターンばかりに惑わされることなく、いったん犯罪を起こした少年の更生に力を入れたほうが少年犯罪の抑止には効果的ということになる。

▼ 江戸川乱歩『探偵小説四十年』（光文社文庫）

　光文社文庫で出ている江戸川乱歩全集から『探偵小説四十年』（上下）を購入。言わずとしれた乱歩の自伝なのだけど、巻末に人名索引がついているのがありがたい。

　この索引をみれば、たとえば島田清次郎の名は1ヶ所（新聞記事の引用だが）、金子準二は2ヶ所に出てくることがわかる。金子準二は、新聞社が主催した鬼熊事件の座談会に乱歩、正史、甲賀三郎ら探偵作家たちとともに出席している。また、科学ペンクラブ会員であるとともに、探偵作家クラブ関係者でもあったらしい。

　そのほか、この本をぱらぱらとめくっていると、式場隆三郎や古畑種基、高田義一郎など、精神科医に限らず医学関係者が頻繁に登場していて、当時の探偵文壇と医学界の関係に興味が湧いてくる。そもそも小酒井不木や木々高太郎など、当時の探偵作家には医学者が多かったから、そうした関係からつながりができていたのかもしれない。

　それから、昭和24年9月の項の次の記述が気になった。

【九月】十日の「サン写真新聞」に藤沢市片瀬台山上の狂人の建てたコンクリートの建物を探偵作家十人ほどと、早大心理学教授戸川行男氏とで探検した記事と写真がいろいろのっている。八日か九日に出かけたのであろう。そのときの写真と記事は「宝石」昭和二十五年二月号にも掲載せられた。この怪屋は五苔苑（ごとうえん）と称し、コンクリート二階建てのまわりに堀とガラスの塀をめぐらした狂人の幻想的城郭である。塀というものは目かくしが目的なのに、ガラスで透き通っているのだから面白い。このように、すべて目的を無視した建築である。

　もうひとつの二笑亭が藤沢にもあったようだ。どんな建築なのか写真が見てみたいなあ。

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▼ ポール・アンダースン『地球帝国秘密諜報員』（ハヤカワ文庫SF）

　2006年の新刊とは思えないほど、おそろしく古めかしいタイトルだけど、中身も古くて書かれたのは1950年代。ざっと50年ばかり前のスペースオペラである。

　物語の舞台は、あからさまにローマ帝国をモデルにした、爛熟した文化を誇る地球帝国。しかし、ゲルマン民族を思わせる新興の異星文明も力を蓄えてきており、帝国の運命は風前の灯火。シリーズ・キャラクターのドミニック・フランドリーは、頽廃をこよなく愛する皮肉屋で、滅びの日が近いことを予感しつつも、少しでも地球帝国の延命を計るため、エージェントとしてベストを尽くすというキャラクター。

　ウッドハウスのジーヴスそっくりの万能執事チャイヴス（皮膚は緑色で尻尾がある）とか、テレパシー能力を持つスパイで、敵ながらともに実力を認め合う存在のアイキャレイクとか、キャラクターはなかなか魅力的。

　ストーリーも恐れていたほど古くさくはなかったし、木星のメタンの海の描写など、ヴィンテージSFとしての楽しみ方もできるけど、ただやっぱりポール・アンダースンなので、読み終わった後は何も残らない……。わざわざ新刊SFとして読むほどのものではなかったかも。

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▼ エクソシスト・ビギニング

　CATVでやってたので鑑賞。公開時に観てなかったので。

　感想としては「おもしろくない」以上のものはない。レニー・ハーリンはホラー映画の撮り方をわかってないのではないか。もっとも、私は『エクソシスト』シリーズを1作も観ていないので、メリン神父というキャラクターがよくわからなかったからかもしれないが。

　クレジットにケイレブ・カーの名前が出てきていたのだが、これはあの『エイリアニスト』の作者と同一人物なのだろうか。ぐぐってみても今ひとつわからない（★☆）。

▼ 芹沢一也『ホラーハウス社会』（講談社+α新書）

　これは好著。少年や精神障害者に対する社会のまなざしの変化をコンパクトに記述した本で、少年犯罪や精神障害者の犯罪の問題に興味のある人なら、ぜひ読むべき本である。『脳内汚染』とか読むヒマがあったらこっちを読んだ方がいい。なのだれど、こういう本が出てしまったことは、著者とほぼ同じ年齢で、しかも同じようなところに関心を持ってきた私としてはちょっと悔しい。

　「理性ある成人」という人間の定義からはずれるため、法的主体になりえない「少年」と「精神障害者」。彼らが犯罪を起した場合、「少年」には「教育」を、「精神障害者」には「治療」を、という具合に、近代社会ではこの二つのカテゴリーは、長らく保護の対象になってきたわけだけど、90年代半ば以降、この原則が大きく転換した、と著者はいう。

　まず「少年」については、少年犯罪は凶悪化も急増もしていない、という事実を踏まえた上で、変化したのは社会の側が犯罪を理解するために提示する「ストーリー」の方だ、というのである。同じような少年による凶悪犯罪は以前からあったのだが、かつては「社会の矛盾」のあらわれとされたものが、今では「理解不能な犯罪」として作品化されているのだと。

　精神障害者の犯罪についても、著者は日本の精神医療の歴史から説き起こしていく。矛盾に満ちた日本の精神医療史が手厳しく、しかし手際よくまとめられていて、こういうまとめ方はなかなか精神医学界内部の人間には難しい。

　全体を読んで感心するのは、資料の取捨選択のうまさ、それから複雑な歴史をコンパクトにストーリー化する手腕ですね。変化しているのは少年犯罪や精神異常者の犯罪ではなく、社会の側であるという論旨は実に明快。ただし、歴史を踏まえた第四章までの堅実な議論に比べ、「ホラーハウス社会」というキャッチコピーが唐突に登場する最後の第五章はやや飛躍が多いのが欠点。

ホラーハウス社会―法を犯した「少年」と「異常者」たち 芹沢 一也 講談社 2006-01 売り上げランキング : Amazonで詳しく見る by G-Tools

　ちなみに、この本の中で、「日本精神病院協会」と「精神衛生法」が現在につながる収容型の私立精神病院乱立を生んだ悪玉として登場するのだけど、この二つの成立に大きく関わった人物こそ、ここしばらく当日記で話題にしていた精神科医金子準二である。戦前は警視庁技官として、戦後は激増した私立精神病院全体の元締めとして、日本の歪んだ精神医療を作り上げた人物といっても過言ではない……とか、そういうところばっかりに関心が向いてしまうのが私の欠点であります。どうも私は資料に淫するきらいがあって、些事にばかり関心を持って大きなストーリーを描けないのが、私がいまだに一冊の本も出せない理由かな、と思いますね、こういう優れた本を読んでしまうと。

▼ ドラゴンスレイヤーCM

　ユナイテッド・エアラインのCM。アーサー王を思わせる主人公の竜退治がストップモーション・アニメで表現されていて、とても印象的。こちらはそのメイキング。ホントに紙細工のストップモーションで作られていることがわかる。

　監督のJamie Caliriは、『レモニー・スニケットの世にも不幸な物語』のエンドロールのアニメを作った人。なるほど、あれも素晴らしかったなあ。映画本編は今ひとつだったけど。

▼ こんなCDを買った

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　アイルランドを代表するバンド、ルナサの新作が出てたので購入。あいかわらずカッコいい演奏で素晴らしい。打楽器一切なしでこれだけリズム感あふれる演奏ができるというのがすごい。ケルト音楽というとエンヤを思い浮かべて「癒し系？」とか思ってる人は、いちど彼らの曲を聴いてみるといいと思います。

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　そのルナサにも在籍していたフルート奏者マイケル・マクゴールドリックのソロ・アルバム。超絶テクニックで演奏される変拍子のリズムが心地よい。ルナサよりもさらに先鋭的な、最先端のケルト音楽って感じですかね。

　マイケル・マクゴールドリックは、遊佐未森のアルバム『ECHO』にも参加してその超絶技巧を披露してます。

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　追悼ということで。自衛隊の音楽隊が演奏する伊福部マーチ。所詮自衛隊の余技かとたかをくくっていたら、これがかなりレベルの高い演奏でびっくり。力強い伊福部メロディに吹奏楽がよく似合ってます。

▼ oddbooks.co.uk

　イギリスの唐沢俊一か北原尚彦みたいな人のサイト。ほんとに変な本ばかりが紹介されている。

　たとえば、宇宙には大気があって、物体の間に働く力は気圧によるものだと主張する本とか。この本によれば、「宇宙のすべての回転体は風の円盤を持っている。回転体が爆発すると、風の円盤はブラックホールになる」のだそうだ。何言ってるんだかわかりません。

　重力は引力ではなく押す力であると主張する本、地球は回転していないと主張する本や、聖書の言葉を国際信号旗コードに翻訳した信号旗による福音書もある。

　驚いたのは、宮越賢治『世界の船長の顔』という日本の本まで紹介されていること。東京湾で水先案内人として働いていた著者は、記憶を頼りに船長の顔をスケッチするのが趣味だったそうで、描いた船長の顔は実に3000枚。そのスケッチの中から600枚を集めたのがこの本なのだそうだ。わざわざ本にするくらいなのだから達者な絵なのかと思ったら、これがなんというか、いかにも記憶スケッチといった薄ぼんやりとした絵である。確かに船長の顔なんだろうけど、いったいそれがどうしたというのか。なぜそれを本にしなければいけないのか。宮越さんの奇妙な情熱に、じわじわと何かがこみ上げてくるような本である。

　ちょっと検索してみたら、宮越賢治『世界の船長の顔』は、古本としてわりと流通している本みたいである。しかも数百人の船長の顔スケッチを収めた1971年版（中央公論事業出版）と、2900人のスケッチを収めた1981年版（成山堂書店）の2種類があるようだ。10年を経てわざわざ完全版として出し直した宮越さんのこの情熱はいったいどこから出てくるのか。

　それより、日本人すら知らないようなこんな珍本まで集めているイギリス人の情熱にも脱帽。

（追記）国会図書館で調べ物をしたついでに、宮越賢治『世界の船長の顔』を閲覧してきた。ほんとうに、単に延々と船長の顔のスケッチが並んでいるだけの本である。意味もなければオチもない。ぱらぱらとめくっていると、得も言われぬ気分がこみ上げてくる本だ。しかも、71年版は上の写真のとおり活字で簡単な解説が入っているのだけれど、81年版にはそれもない。1ページに9枚ずつ、200ページ以上にわたって淡々と顔が並んでいるのである。壮観だ。

　タイトルが同じなので81年版は71年版の増補版かと思っていたのだけれど、これがどうも違うようである。もちろんすべての顔を確認したわけではないのだが、71年版に出てくるスケッチは、どうやら81年版には含まれていないようなのである。81年版は71年版の続編なのだ。ほしい人は2冊揃えるべし。そんな人がいるかどうかは知らないが。

　ちなみに私はだいぶほしくなってきました。半年に1回くらいぼーっと眺めてにやにやしたい。

▼ 閃光雑記

　久しぶりに島田清次郎の話題であります。国会図書館へ行って、「主婦の友」と「脳」に掲載された、入院中の島田清次郎について書かれた文章をコピーしてきました（以前、野口眞一郎さんのコメントで教えられたもの）。詳細についてはまたそのうち書くとして（「主婦の友」は古い本なので電子複写不可、後日郵送ということになったので、現物が手元にないのである）、ぱらぱらとめくってみた昭和初期の雑誌「脳」は、これがなかなか面白い。

　精神衛生学会の機関誌ということで固い雑誌かと思ったら、当時の名高い精神科医たちが軽めのエッセイを寄せている雑誌なのである。しかも、「患者のプライバシー？　それ何？」といった勢いで、精神科患者の話がおもしろおかしく書かれている。いい時代だなあ。

　さて、話を島田清次郎に戻すと、国会図書館でもうひとつ閲覧したのは『帝王者（附・閃光雑記）』という本。島田清次郎の著作はほとんど全部手に入れたのだが、唯一未入手なのがこの本。ネットの古本屋でも初版アンカット美本15000円のものしか出ていない。私は単に読みたいだけなんだから、アンカットである必要なんかないのに。

　戯曲「帝王者」自体は『革命前後』でも読めるのでいいのだが、問題は「閃光雑記」の方。どんな作品なんだろう、と読んでみて驚いた。これはすばらしい。2、3行から10数行くらいまでの断章から成る雑記で、まさに「島田文体」のエッセンスとでもいうべき痺れる断章の数々。

　同じような断章集としては『早春』があるが、『早春』はまだデビュー前の20歳前後の時期の言葉を中心に集めたもので、強烈な自負と不安が入り交じったいかにも若者らしい心象風景を綴ったもの。「閃光雑記」は、その数年後、『地上』がベストセラーになった絶頂期に書かれたもので、『早春』の若者らしい不安感はすっかりどこかへ行ってしまい、ほとんど誇大妄想的といっていいほどの自負だけが膨れあがった文章になっている。『早春』の頃には、「私は自分のあまりと高く、他人をあまりとひくくみるくせがある」というように自分の欠点を自覚し、自分を叱咤する文章が目立つのだけれど、「閃光雑記」ではまったく自分を振り返ることはなくなってしまっている。自信に満ちているのだけれど、かえってそこがもろさを感じさせてしまう文章である。

　しかし、バカバカしいほどに力強い島田文は、なんだか壮大すぎる展開のマンガとかスペースオペラみたいで、独特の魅力があることも確かだ。「俺は島田清次郎だ」みたいに、『早春』の頃からすでに、島田文体には、力強いんだかバカバカしいんだか微妙なところがあったけど、「閃光雑記」にはそういう文章が目白押し。そこにしびれるあこがれる。

　というわけで、「閃光雑記」抜粋版を島清blogで公開。これからも追加していく予定。

　『早春』の文章と比較してみると、わずか数年間での島田清次郎の精神状態の変化が見てとれます。