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サイトでは実にひさしぶりの読書感想。「大相撲殺人事件」とはまた大きく出たものだけれど、内容はこのオーソドックスなタイトルからは想像できないほどすさまじい。この一作の中で幕内力士の死者20名(うち大関2、横綱1)、十両力士の死者2名、死んではいないけれど意識不明の大関1、廃業した横綱1というありさま。幕内力士42人のうち半分近くが死んでます。こんな事態になったら相撲協会の存亡の危機なのでは、と思うのだけれど、なんか相撲そのものは平然と続いているようなのがなんとも不思議。
まあ、バカミスの部類に入ると思うのだけれど、そんなにむちゃくちゃなトリックが出てくるわけでもなし、最後まで読む前にだいたいトリックの想像がついてしまうのが物足りない。かといって相撲ファン向けかというとそうでもなく、おかしな描写もちらほら(別に学生相撲出身でもない外人力士がいきなり幕下付け出しデビューしていたり、相撲に詳しいはずの人物が、幕下力士を「○○関」と呼んでいたり)。うーん、これでは相撲好きにも本格ミステリ好きにも物足りないんじゃないか。、
探偵役を務めているアメリカ人力士幕ノ虎ことマーク・ハイダウェーの影があまりにも薄いのも難点。むしろ、ミステリマニアの幕下力士御前山の方がキャラが立ってます。
また、第一話のトリックには実在する医薬品が使われていて、その医薬品の商品名がそのまま登場しているのだけれど、この記述はいくらなんでも誤解を招きやすいのでどうかと思います。これじゃまるで×××××ー×がちょっとした衝撃で爆発する危険な薬品みたいじゃないですか。使っている人が不安を感じたらどうするんでしょう。もちろん、実際はこの小説みたいなことはありえません。
ゆうばりファンタで2月20日と22日に上映される、『ロボット・ストーリーズ』という映画がおもしろそうだ。監督は韓国系のグレッグ・パク。
ロボットと人間が織りなす4編のオムニバスドラマ。テクノロジーの変化の中、他者との繋がりを求める主人公達を描く。本物の人間の子供との養子縁組を前にして、ロボットの赤ちゃんの世話を義務付けられたカップルは…(『ロボット・ベイビー』)、交通事故で意識を失ったままの息子のために、彼のロボットコレクションを揃えようと奮闘する母親は…(『ロボット・フィクサー』)、オフィスで働くロボットにも愛が必要…?(『マシン・ラブ』)、自然な死かデジタルな不死かの選択を迫られる老彫刻家が下した決断とは…(『クレイ』)。
4話からなるオムニバス映画で、ロボットと人間の心を考察した作品……というと、なんとなく瀬名秀明『あしたのロボット』を思い出してしまうのだけれど、どんなもんなんでしょうか。監督はアカデミー短篇賞をとった伊比恵子の夫だそうな。タムリン・トミタなどアジア系の俳優が多く出演してます。一般公開されないかなあ……。
小森健太郎の『大相撲殺人事件』には、新入幕の力士の対戦相手が次々と殺され、14戦連続不戦勝となって千秋楽で横綱と優勝決定戦を争ってしまうという話が出てくる。似たようなバカなアイディアを考える人というのはいるもので、確か、川上健一の『ジャイアンツ優勝大作戦』(大陸書房)は、ジャイアンツが129試合連続で引き分け、最後の試合で1勝を挙げて優勝する話だった(当時は1年130試合だった)。引き分け再試合がなく、引き分けは勝率に含めないので、1勝しただけで勝率10割になってしまうのですね。
さっきの14連続不戦勝とか129試合連続引き分けとかもそうだけれど、誰もが思いつきそうなバカバカしいネタを、読ませる小説に仕立て上げるというのは、案外難しいもの。ディブディンの処女長篇であるこの小説もそうで、ホームズ・ファンなら誰もが一度はバカ話のネタにしたようなアイディアを長篇に仕立てております。あまりにもベタなネタなので意外性は皆無なのだけれど、ちゃんと原典との整合性をとっているのと、結末の幻想小説風の味がひと工夫か。しかし、ディブディンといえば渋めの英国ミステリ作家かと思ってたけれど、こんなイロモノ小説書いてたのか。意外。
しかしディブディンは、よくこのイロモノ小説を出発点としてシリアスなミステリ作家になれたものですね。菊池桃子が一生「『パンツの穴』でデビュー」と言われるように、この小説でデビューしたことは、一生逃れられない十字架なのではあるまいか。
一生逃れられない十字架といえば、「私だけの十字架」。私はかつて、『特捜最前線』が大好きな子供だった。ビル街に沈む太陽を見ると、思わず今でも「星のゆれる港を〜」と口ずさんで暗い気持ちになってしまうくらいだ。『太陽にほえろ!』には何の思い入れもないが、『特捜最前線』は大好きで、特に大滝秀治演じる老刑事(20年前からすでに大滝秀治はじじいだった)がお気に入りだった。私のじじい好みはそのころから始まったのかもしれない。
その『特捜最前線』のメインライターを務めていたのが長坂秀佳。二十面相=演じていた団次郎本人という驚愕の最終回で知られる『少年探偵団』や、『人造人間キカイダー』、『快傑ズバット』の脚本を書いていたのもこの方だし、ゲームノベルの傑作『弟切草』、『街』も長坂作品。どれも私の大好きな作品ばかりだ。
そして、その長坂秀佳の初の自伝エッセイがこの本(崩した字体で書かれたタイトルは、一瞬「街」かと思ったのだが、「術」なのだった)。『特捜最前線』の裏話もあるし、乱歩賞を受賞した話も書いてある。なんでも、「一年で乱歩賞とサントリーミステリー大賞と横溝正史賞の3つを獲る!」と豪語し、結局乱歩賞だけに焦点を絞って見事『浅草エノケン一座の嵐』で受賞したものの、選評がひどかったせいで全然売れなかったとか。実際『浅草エノケン一座の嵐』はおもしろくなかったけれど、確かにあの選評はあんまりだと思います。
映画版の『弟切草』は「愚劣極まりない映画」だったとか、ゲームノベル『彼岸花』では「10万1本目から」という印税契約をしていたため収入ゼロだったとか、実に赤裸々に描かれております(『街II』が出なかった事情については書いてないのだけれど)。
さらに、この自伝本自体も、2年前に書き上がっていながら、事情があって刊行が遅れに遅れたらしい。2年前に書かれた希望に満ちた最終章と、そこに書かれたすべての企画が失敗に終わった2年後の真の最終章の落差には泣けてきます……。それでも、数々の失敗や衝突を繰り返しながらも、常に新しいものにチャレンジし続けている姿にはなんともいえぬ感銘を受けます。