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サイコドクターあばれぶらり旅
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2006-04-30 [Sun]

自傷行為 Gg[ubN}[N

 発売されてしばらくたつのですが、こころの科学127号に書評を1本書いています。対象本は、日記でも取り上げた『ホラーハウス社会』です。

 この号の特集は「自傷行為」。自傷といえば境界例、リストカットを思い浮かべる人も多いだろうけれど、実際には統合失調症や発達障害などでもみられるわけで、特集では幅広い角度から自傷を扱った論文が掲載されていて興味深い。

 私としては、自傷者に共感できない人が、なんとか理解しようとして、しかし過剰に肩入れもせずに冷静に書いた論文が面白いし、役に立つ。それに対して妙に自傷者に肩入れして「つらさを共有しよう」とか「自分の若いころを思い出して接しなさい」とか抽象的なことをいっている論文は全然ぴんとこない。そんなこと言われたってなあ。 私は自分の体に傷をつけるなんて痛そうなこと考えたこともないので、リストカットなどの自傷をする人には全然共感することができない。ほんとにわからないので「つらさを共有」なんてできませんよ。でもなんとか理解したいとは思ってるわけで、同じような立場で書かれた論文の方が役立つのだ。

 さて、特集に掲載された論文の中で、好事家としては見逃せないものが2本。小原圭司「自傷とサブカルチャー」は、刑務所などでみられる「玉入れ」(陰茎の皮下に異物を埋め込む)や、「指つめ」「根性焼き」などの歴史を論じた文章で、これがむちゃくちゃおもしろい。「指つめ」や「根性焼き」は、江戸時代の遊女や若衆が「心中立て」(客に対する真の愛情を示す)として行っていたのが最初らしい。さらに衆道では相手への愛情を示すために「貫肉」と呼ばれるアームカットが行われていたという。

 かの伊達政宗にも晩年に只野作十郎という衆道の相手がいたそうで、あるとき作十郎に横恋慕する相手がいる、という噂を耳にした政宗、酒の席で作十郎を激しく非難。驚いた作十郎は身の潔白と政宗への愛を証明するために刀で自分の腕を突き、血判誓詞をしたためて政宗に送ったという。これを見て自分の猜疑心を恥じた政宗は、自分も血判誓詞をしたためて作十郎に送り、変わらぬ契りを確認しあったのだそうだ。ほう、あの独眼竜がそんなことをしていたのか。

 その政宗の手紙には、こんなことが書かれているとか。――せめて私も指を切るとか腿か腕を突いてお礼を申し上げなければならないところですが、孫子もいる年(当時、政宗は51歳である)なので、行水などのときに小姓にみられると子供にも迷惑がかかるので我慢しています。若いときには酒の肴にでもするようにも腕を裂き、腿を突いたりしていて、腕や腿はその傷で隙間もないほどなのですが……。

 政宗、若い頃から盛んに自傷していたようである。というようにいろいろと意外なことが書かれている論文なので、裏モノ好きな人は必読。

 

 さらに、そのあとの石毛奈緒子「自傷の文化史」という論文もすごい。なにが凄いって、「少女漫画における手首自傷一覧」と「日本の歌謡曲に登場する手首自傷またはそれを暗示する曲名」がずらっとリストアップされているのだ。前者は「ポーの一族」「おにいさまへ…」「はみだしっ子」から、「とびら」「ライフ」「NANA」まで。後者は1975年のシグナル「20歳のめぐりあい」から2005年の銀杏BOYZ「日本発狂」「なんて悪意に満ちた平和なんだろう」まで。どちらのジャンルにも不案内なのでどれだけ網羅的なのかはよくわからないけれど、資料としてすばらしい。

 ただ、本題とは外れているとはいえ、怪奇・探偵小説における自傷の例は今ひとつ。ボアゴベ『片手美人』、ウールリッチ『爪』、小酒井不木『按摩』が挙げられているのだけれど、もうちょっとほかにあるだろ、という感じである。乱歩の「石榴」とか。私としては、顔面の自傷を扱った鬼気迫る傑作として赤江瀑「阿修羅花伝」を挙げておきたいところ(赤江瀑の本のほとんどが入手困難なのは実に寂しい)。

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 もうひとつ、自傷とサブカルチャー関連では、こんなニュースも。リストカットとゴス文化の関わりについては、なんとなく関係がありそうだ、とは言われてきたけれど、きちんと調査がなされたのは初めてでは。1258人の10代の若者を調査したところ、ゴスカルチャーに属していると答えたのは25人。10代全体では自傷経験があるのは7〜14%だが、ゴスに属する人53%が自傷経験あり、47%が自殺しようとしたことがあるそうだ。まあ、たった25人だけの調査結果で何か言おうというのは無理があるけど(ゴスの人が1258人中たった25人だったことの方がむしろ意外)、「ゴスのサブカルチャーに参入することが危険のサインなのではなく、むしろその逆。ゴスカルチャーに属すことによって、彼らは同年代の仲間から貴重な社会的サポートを獲得している」という結論は妥当なところ。

 多方面に拡がっているゴス文化についてはこのへんの本がお薦め。

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本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
_ sarah999 (2006-05-02 [Tue] 01:28)

江戸時代の色道指南書「色道大鏡」を見ると、「貫肉」はほとんど男性だけのものとされていたようで、あくまでも珍しい例として2例、男の脇指を取って太股の内側を刺した遊女がいたことと、男性の挑発に乗ってやはり男の脇指を抜いて自分の喉笛を突いた女性がいたことが載っています。そして「切指(指詰め)まではいいけど女性はゆめゆめ貫肉はしてはいけない。いましめのためにこれを記す」などと書かれています。現代、自傷が女性優位であることを考えるとずいぶん違うものですね。

_ サラン (2006-05-03 [Wed] 06:53)

>赤江瀑の本のほとんどが入手困難なのは実に寂しい<br><br>え〜、そうなんですか?流石にそれはさびしいなぁ。高校生の頃よく読んだのを今しみじみと思い返しています。映画の原作とかに向きそうなんだけれどなぁ。綺麗だと思うよ・・・って今思い出したのが、映画「オイディプスの刃」。まさかあれを見て作者が映像化を許可しなくなっているとか、そんな話は・・・ないよね・・・?

_ 厭世観 (2006-05-13 [Sat] 01:30)

つうか岡田尊師の経典本、大宅壮一ノンフィクション大賞にノミネートだぜ・・・・<br><br>立花隆や猪瀬直樹など著名な言論人が同書を肯定しており自体はゲイム脳以上に深刻の様相を呈してます。<br>http://daigamer.hp.infoseek.co.jp/#20060512<br>http://daigamer.hp.infoseek.co.jp/diary/diary200604.htm#20060425

_ 厭世観 (2006-05-14 [Sun] 00:24)

ご免ね。訂正します「文藝春秋」をよく読んだら立花隆は脳内汚染に関して批判的でした。「論証不充分、余計なデータばかりで五月蝿い」などコンパクトに批判。柳田邦男のコメントと混同しちゃったよ。ただ他の選考委員は同書に関しては肯定的でしたわ。

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