4月10日(金)
日本にいない間に出た新刊本でも買いあさるつもりで外出。
しかし、たった一週間の不在では、ほとんど目新しい本は出ていないのであった。ほっとしたようながっかりしたような。ホラーアンソロジー『絆』が文庫落ち改題された
『ゆがんだ闇』、森博嗣
『今はもうない』、栗本薫
『ガルムの報酬』購入。
1月4日以来行っていなかったBOOKSファントムを久しぶりに訪れてみる。衝撃の「さようならミステリー」以来初めてである。本当に、あんなにたくさんあったミステリーがすっかりなくなってしまっていて、かわりにコミックコーナーが移動してきている。わかってはいたが実際に目にするとショックは大きい。幅を利かせているのは、スタトレグッズ、格闘技もの、マンガ、SF、そしてアイドル写真集とH系雑誌や文庫。マーケティングの結果、こうせざるをえなかったのだろうが、私にとってはつまらない書店になってしまったなあ。SFやマンガにしても、ここでしか手に入らないというような本はないし、少なくとも私は今後わざわざここまで本を買いに来ることはないだろう。
ハワイ以来洋書づいてしまい、今日は渋谷タワー・レコードで『重力の影』のジョン・クレイマーの2作目
"Einstein's Bridge"、チャールズ・シェフィールド
"Tomorrow and Tomorrow"、エリザベス・ハンド
"Glimmering"を買ってしまう。読めるのか、本当に(特にハードSF。日本語ですらよくわからんテクニカルタームが英語でわかるのか)。
ふう、これでやっと日記が現実に追いついた。
4月9日(木)
今日は特にすることもなし。
朝、妻が会社に出かける(会社が忙しいらしくて早くも今日から出勤なのだ)のを見送り、ハワイ旅行日記を書くなどして終日だらだらとすごす。
前の病院は3月いっぱいでやめてしまい、次の病院に勤めるのは来週からなので、私は現在無職だ。そう、今の私は
失業者なのである。妻が仕事をしている間、家でだらだらしていると、まるで
ヒモになったような気分である。こういう生活も悪くない(いや、もちろん私が働かなきゃ生活していけないのだが)。
なーんにもせずだらだらすごしたので、以前のことを書いてお茶を濁す。
柏崎で仕事をしていたときのことである。柏崎日報というローカル紙を見ていると、こういう見出しの記事が載っていた。
「農業従事者、研さんと交流」
へえ、柏崎に研ナオコが来たのか、と私は思ったのだが、記事を読んでみると研ナオコなどどこにも出てこない。県内の若手農業従事者が柏崎に集まって研修会を行った、というのである。研ナオコはどうしたのだ、と疑問を感じて見出しを見返してはたと気づいた。「研さん」は
「研鑚」のことだったのだ。紛らわしい見出しをつけるな!
漢字の制限もある程度は仕方ないと思うのだが、「研さん」とか「ら致」では、熟語の意味すらわからなくなってしまうではないか。そもそも普通の人にとって、書ける漢字の集合をAとして、読める漢字の集合をBとすれば、A⊂Bの関係が成り立つわけだから、「漢字は読み書きできなければならない」(A=B)という思想に基づく常用漢字とか学校での漢字教育ってのは論理的に正しくない。「研鑚」や「拉致」だって新聞でどんどん使うべきだと思うがなあ。どっちも日常的に読める必要がある単語なんだから。そらで書ける必要は全然ないと思うけど。
4月8日(水)
成田に着いたのが8日の午後5時。家に着いたのが7時ごろ。私の4月8日は、日付変更線の彼方に消えてしまった。というわけで、今日の日記はほとんど書くことがない。
しかし、日本に帰ってみれば、明るくて公園も多いホノルルに比べ、なんと東京が薄汚れてみすぼらしく見えることか。ホノルル空港の入国審査官はにこにこと愛想よく、"enjoy"などと声をかけてくれたのだが、成田のお役人はむすっとして挨拶すらしない。もちろん、観光が主産業であるような都市とそうでない東京とを単純に比べられないのはわかっているのだけど。
帰ってみたら郷ひろみが離婚していてびっくり。日本のニュースなんかはハワイの日本の番組専門チャンネルで見ていたので、全然取り残されてはいなかったが、これには驚いた。賞賛されるべきは幻冬舎の販売戦略。宣伝など打たなくても各テレビ局新聞社が勝手に宣伝してくれてベストセラーは約束されたも同然。やるな、見城さん。
4月7日(火)
今日で旅行も最終日。いや、来る前は、ハワイなんぞというちゃらちゃらした場所は私にゃ似合わんと思っていたが、来てみたら印象は一転。ハワイはとてもいいところである。私のようにショッピングもマリンスポーツもしない人間にも充分楽しめる。気候といい生活の便利さといい、私のようにだらけきった性格の人間にはぴったりの土地である。スタトレもやってるしSFの充実した本屋もあるし(結局それかい)。ハワイに何度も来る人間がいるなんて、正気の沙汰ではないと思っていたのだが、今ならうなずける。私もそのうちまた来たいものである。
そのほかハワイで感心したのは、伝統的な地名がほぼそのまま残っていること。ヌウアヌ(Nuuanu)とかケアラケクア(Kealakekua)とかいう地名は、アメリカ人には(日本人にも)かなり発音しにくいと思うのだが、ハワイではそのまま残っている。もちろん、パール・シティとかプリンスヴィルみたいに英語の地名もあるのだけれど、それは少数派。ほとんどがハワイ伝統の地名である。これはとてもうれしい。本土にはニュー・ヨークとかニュー・ハンプシャーとか無神経な地名をつけて、ネイティヴな地名を破壊していった同じアメリカ人のすることとは思えない他文化への配慮である。反省などとは無縁のように思える(偏見120%)アメリカ人も、少しは学習したということだろうか。
午後1時半にホノルル空港を発って、8時間程度のフライト。機内では
『セヴン・イヤーズ・イン・チベット』を観る。わがまま野郎の登山家がチベットで7年間すごし、若き日のダライ・ラマと交流して真人間に更正する話。世に成長物語は山ほどあるが、ダライ・ラマまで持ち出すとは驚いた。ダライ・ラマ本人と交流せにゃ直らんほどの全世界規模のわがままというのもすごいな。絵に描いたような自己中心男が改心する物語と、チベットの宗教と政治の物語とがあんまりかみ合っていないのが難点。
4月6日(月)
今日はハワイ島へ行こうかどうしようかと迷っていたが、また5時半起きはあまりにも疲れるのでやめておく。
午前中、ホテルでテレビを見ていると、おお、またスタートレックをやっているではないか。今度は「ディープスペース9」である。"Sanctuary"というエピソードで、私は初めて見る話。ウォーフが出てこないので前半のエピソードだろうなあと思っていたら、日本に帰って調べてみると案の定第2シーズンの話で、すでに日本でも放映済。つまらん。どうせなら最新エピソードを見たかった、と思ったのだが、本放送は夜の8時とか9時あたりからやっていて、さすがのオタクな我々も、わざわざホノルルまで来てそんな時間にテレビにかじりついているようなことはせず街に繰り出しており、結局見ることはできなかった。ちょっと残念である。
そのほか「Xファイル」や「ハイランダー」もやってたみたいだし、エリア51だのロズウェルだのがどうとかというUFO番組もやってたし、私にとっては、ハワイの方が、日本なんかよりよっぽど見たい番組がたくさんあるなあ。驚いたのは、みのもんたの人生相談みたいな番組で、
「サイキック・リーディングに電話で相談しよう」という番組を延々やっていたこと。すごいぜ、アメリカ。こんな番組毎日やってたら、トンデモさんがたくさん育っても不思議はないよなあ。
午後からはウォードセンターというショッピングモールに行く。余談だが、この"Ward Center"を「ワードセンター」と表記しているガイドブックがあるのは解せない。そういう人は、"Star Wars"を「スターワーズ」というのだろうか。"warm-up"は「ワームアップ」か。"warning"を「ワーニング」と歌っていた歌手もいたけど、あれは恥ずかしかった。……しかし、よく考えてみれば、"warp"は「ワープ」と表記する我々SF者も充分恥ずかしいのであった。
さてウォードセンターには「ボーダーズ」というハワイ最大の書店があるのであった。きのうと同じように、妻が買い物している間、私はボーダーズで楽しいひとときを過ごす。SFの棚はきのうのホノルル・ブック・ショップに比べてかなり充実している。ここで買ったのは、アレン・スティールのこれまた歴史改変宇宙開発もの
"Tranquillity Alternative"(1996)、おもしろいと思うんだけどどういうわけか最近訳されないマイク・レズニック
"Widowmaker"(1996)。ウィドウメーカーの異名を取る宇宙の殺し屋兼賞金稼ぎの物語。おいおい、レズニック、またそのパターンかいって感じも致しますが(笑)。これは三部作になるそうで、続編の"Widowmaker Reborn"も出てたけどこっちは買わず(SFスキャナーで堺三保さんが紹介してますね)。話題の"Kirinyaga"もハードカバーで出てたけど重いので買わず。でも、すでにSFマガジンに大半が訳されてるはずだし、邦訳を出してくれるよね、ね、早川書房さん。できれば"Purgatory"と"Inferno"も出してほしいなあ(無理だろうけど)。
それから、ティム・パワーズ同様最近とんと邦訳の出ないスチームパンク一派のひとり、ジェイムズ・P・ブレイロックの
"All the Bells on Earth"(1995)。"The Last Coin"と"The Paper Grail"もあったけど、迷いに迷ったあげく買わず。しかし、今思えば買っておけばよかったなあ。
溝口さんに高く売れたかも(笑)。
あとはアンソロジーをいくつか買おうと思い、デイヴィッド・G・ハートウェル編
"Year's Best SF 2"とデイヴィッド・ガーネット編
"New Worlds"を購入。でも、"Year's Best"は失敗だったかも。なんかこれって、SFマガジンの掲載作品選定のネタ本になってるような気がするから、早晩大半が訳されてしまうかも。すでにスターリングの「自転車修理人」とバクスターの「コロンビヤード」は訳されてしまってるしなあ。
SFの棚の脇には張り紙がある。なんでも、ホノルルにはSFリーダーズグループがあって読書会をやっているようである。で、毎月の課題本が書いてあって、その下の棚にはその本の現物が並べられているのだ。なかには全然聞いたこともない本もあるけど、大半は『異星の客』とか『エンダーのゲーム』、『ニューロマンサー』などの有名どころで、なんだかほほえましくなってくる。4月の課題本は、と見ると"The Best of Japanese Science Fiction"! カバー写真の絵はどう見てもたがみよしひさである。そんな本が出ているのか、と探してみたがどこにも見つからなかった。課題図書なので売りきれてしまったのだろうか。
しかし、こっちの本屋のSFの棚の作家ラインナップは、日本とはだいぶ違いますね。日本ではほとんど忘れられた作家のベン・ボーヴァが新作をいくつも発表して広い面積を占めているし、E・R・バロウズのターザン・シリーズも現役で手に入る。日本では『ハリダンの紋章』だけが訳された(あんまり面白くなかった)ジャック・マクデヴィッドが"Moonfall"(タイトル通り月が落ちてくるというディザスターものらしい!)という新作をハードカバーを出しているし、聞いたこともないような作家がけっこう幅をとっていたりする。
ほかにも、パワーズの"The Last Call"とか"Earthquake Weather"とか、ソウヤーの"Starplex"(ソウヤーはこれと"Terminal Experiment"しかなし。アフサンの続編があったら買おうと思ったのだけど)とか、なかなか興味を惹かれる本も多かったのだけれど、後ろ髪を引かれる思いで本屋をあとにする。
「文化を知るには料理と音楽から」というのが私の持論。というわけでハワイ音楽のCDも1枚くらい買っとこうと思い、視聴コーナーで聞くことができたイズラエル・カマカウィウォオレの"Facing Future"というアルバムを買う。確か池澤夏樹の『ハワイイ紀行』でも取り上げられていたアルバムである。ジャケットは彼の後ろ姿なのだが、これがまるで小錦。300キロはあるんじゃないかというようなおそろしい太り方である。しかし歌声はとても繊細で、特にこのアルバムのオープニングとエンディングを飾る"Hawai'i78"が名曲。"Cry for the Gods, Cry for the people, Cry for the lands that is taken away, then you will yet find Hawai'i"(私の聴き取りなので間違ってるかも)と繰り返し歌い、ハワイの文化が今はもう失われていることを嘆く。しかし昔を懐かしむだけじゃなくて、彼が歌っているのは、アルバムタイトル通り、前向きの希望なのですね。ジャケットにはこんな言葉が書いてある。"Remember the past but do not dwell there, Face the future where all our hopes stand"(過去を思い起こせ、しかしそこに安住してはならない。未来を見つめよ、そこに我々の希望のすべてがある)。
イズラエル・カマカウィウォオレがハワイでは非常に有名なアーティストで、昨年6月に38歳の若さで亡くなっていたことを知ったのは、日本に戻ってきてからのこと。
夜はまたもタイ料理店「ケオス」。ここもうまいけど、やっぱりテーブルにナンプラーはない。
ホテル近くに戻ってきたらちょうど9時前だったので、IMAXシアターで最終の上映を見ることに。新宿のIMAXシアターには一度も行ったことがないのに、なぜまたホノルルでIMAXを? という疑問も感じないでもないが、まあ、いいではないか。番組は"Whales"というもので、いかにもアメリカらしい「鯨は頭がよくて神秘的だよねぇ」と言わんばかりの内容で少し閉口する。でも、ナレーションがパトリック・ステュワート(ピカード艦長)だったのはちょっと儲けもの。
4月5日(日)
妻がショッピングをしたい、おみやげも買わなくちゃというので、今日は有名なアラモアナ・ショッピング・センターに行ってお買い物。買い物に付き合うのは苦手な私は、ショッピング・センター内にホノルル・ブック・ショップという本屋を発見、妻が買い物している間、そこで洋書を物色することにする。
もちろん目指すはSFの棚。さすがはご当地作家、マウイ島在住の
リンダ・ナガタのサイン本がずらりと並んでいたので、
"The Bohr Maker"(1995)、"Tech-Heaven"(1995)、"Deception Well"(1997)の既刊3冊を全部買ってしまう。サイン本に弱い私である。あとで、どんな作家かすら知らないのにこれはさすがに買いすぎたか、と後悔したが後の祭りである。スティーヴン・バクスターの歴史改変宇宙開発小説
"Voyage"(1996)も買ったが、これは邦訳が出てしまうかなあ。それから、私は大好きなのに最近めっきり邦訳が出なくなってしまったティム・パワーズの
"Expiration Date"(1996)を買う。これは、幽霊や半幽霊、ゴーストハンター、ゴーストジャンキー(?)などが入り乱れる大災厄後のロサンジェルスで、トーマス・エジソンの最後の息を吸った少年が追われる物語。なんだかさっぱりわからないが、解釈の間違いでなければ、確かに裏表紙にはそう書いてある。
ほかにもほしい本は山ほどあったのだが、あまり荷物が多くなりすぎても困るので、涙を飲んで5冊だけ購入。しかし、私の洋書読書歴は非常に乏しくて、大学時代にボブ・ショウの"Orbitsville"をほぼ半分まで読んで挫折したのが最長記録。あとは最初の数ページというのが関の山である。現在は、伊藤典夫師匠のもとで研鑚を積んでいるとはいえ、本当に"Expiration Date"や"Voyage"のように分厚い本が読めるのだろうか。不安である。でも海外SFがなかなか邦訳出版されない今、面白いSFを読もうとするなら原書を読むしかないわけで、読めるようにならなきゃならんだろうな。
夜はヒルトン・ハワイアン・ヴィレッジで毎日公演している「マジック・オブ・ポリネシア」を見に行く。ポリネシアン・ダンスとマジックが一体となったショーで、マジシャンは日系三世のジョン・ヒロカワ。このへんのごった煮的なところが、ハワイらしいところかも。ショー自体は人間消失や空中浮遊など、オーソドックスながら大掛かりなステージマジックで、洗練されていて楽しい。しかし、このマジシャン、年中無休で毎日2回公演というのは辛くないか?
ヒルトン・ハワイアン・ヴィレッジには日本とも中国ともつかない妙な建物の並ぶマーケットがあって、いろいろなみやげ物を売っている。ショーが終わりマーケットをぶらぶらと歩いていたら、おもしろいものを見つけた。おそらく日本の箱根細工に影響を受けたのだろう、組み木でできたからくり箱である。箱根細工と違うのは、卵型のすっきりした形をしているところ。箱は二種類あって、ひとつは箱を縦にして蓋の真ん中の丸い部分を時計回りに回すと蓋が開くというもの。これは誰にでもすぐ開けられそうでそんなにおもしろくない。
もうひとつの開け方がおもしろい。これは日本の箱根細工にはない発想である。箱を水平に置き、それを
勢いよく回すのである。そしてゆっくりと一方の端を持ち上げると、ストッパーがはずれて箱が開く。これはいったいどういう仕組みになっているのだろうか? 遠心力を使っていることくらいは見当がつくのだが、中がどういう構造になっているかまでははっきりとはわからない。これを買ってうれしそうにしている私を見て、妻はあきれていたけど、私は高い買い物だとは思わないなあ。45ドルもしたけど。
ホテルに帰り、夜中にテレビを見ていたら、始まったのは日本では未放映の「スタートレック:ヴォイジャー」。ちょうど"Scorpion I/II"という重要なエピソードである。ジェインウェイ艦長率いるUSSヴォイジャーは機械生命体ボーグの宙域に侵入。しかし、ボーグたちは映画『ファースト・コンタクト』でボーグ・クイーンを倒された影響で混乱しており、生体宇宙船に乗る8-4-7-2という昆虫型エイリアン(オールCG!)に苦しめられていた。ジェインウェイ艦長はボーグと同盟を結び、8-4-7-2に対抗することを提案。ヒアリングにあまり自信がないので、細かいストーリーはわからないが、結末では8-4-7-2の正体が明かされ、7of9という女性型ボーグがヴォイジャーの乗組員に加わることになる。
噂には聞いていたが、全編に緊迫感の漂う名エピソードである。いやあ、偶然とはいえ、これが見られるなんて、ハワイに来てよかった。しかし、「ヴォイジャー」早く日本でも放送しないかなあ。
4月4日(土)
今日は旅行会社のツアーに参加してカウアイ島へ。私はハワイ島でキラウエア火山が見たかったのだが、同居人――いや、式を挙げたわけだから、これからは
妻と呼ぶことにするか(なんかちょっと違和感あるけどけど)――妻がどうしてもシダの洞窟へ行きたい、と主張するので、カウアイ島に行くことになった。恐ろしいことに、集合時刻は朝5時55分。ハワイにバカンスに来た人間の起きる時間じゃないぞ、そりゃ。ほとんど寝ながら集合場所に向かうと、すでに新婚さんやら家族連れやら日本人がいっぱい集まっている。胸には黄色いシールを貼らされて、ガイドさんの後ろをついて歩く。典型的日本人団体旅行の世界である。けっこう恥ずかしいぞ、これは。
バスでホノルル空港に向かい、そこから飛行機でカウアイ島のリフエ空港へ。島の点在するハワイ諸島では飛行機はほとんどバスがわりで、ほとんど10分に1本くらいの割合で、他島行きの飛行機が発着している。30分ほどで着いたカウアイ島は、人口約4万人、ガーデン・アイランドの異名を持つ自然豊かな島である。古くは『ブルー・ハワイ』、最近では『アウトブレイク』や『ジュラシック・パーク』の撮影が行われたのもこの島。それだけ手つかずの自然が残っているのだ。
まずは島の東側にあるシダの洞窟へ。このあたりへは車道は通じていないようで、洞窟に行くにはワイルア川を船で上るしかない。両岸には木々が鬱蒼と生い茂っていて、ほとんどジャングルのよう。洞窟フリークの妻と私は期待していたのだが(我々はすでに、秋芳洞、竜泉洞、あぶくま洞、景清洞、大正洞、安家洞、入水洞など日本各地の洞窟を制覇しているのである)、シダの洞窟へ着いてみれば、穴は
入り口から2メートルもないくらい。これが洞窟か。なめているのか、我々洞窟探検隊を。実は、洞窟そのものよりも、このあたりに生えているシダが珍しいものだということらしい。あくまでメインはシダだったのね。なら「洞窟のシダ」とでも言えばいいのに。
洞窟を出たあたりで曇り空から雨がぱらつき始めた。このあたりは雨が多くて、島の中央にそびえるワイアレアレ山は、世界一降水量が多い場所だそうである。この日も一日中雲がかかっていて、何度見てもまったく山頂は見えなかった。
次に、バスは島の南を回り込んで西側へ。ハワイのグランド・キャニオンとして知られているワイメア・キャニオンに向かう。ワイルアだのワイメアだのワイアレアレだのとややこしいが、「ワイ」というのはハワイ語で水のことで、地名によく使われる言葉だ。ワイルアは「二つの水」、ワイメアは「赤みを帯びた水」、ワイアレアレは「あふれる水」という意味。ちなみにワイキキは「噴き出す水」、我々が挙式したカワイアハオは「ハオという女首長の水」という意味。
ワイメア・キャニオンはまさに絶景。深さ1キロ、長さ10数キロの大峡谷で、展望台から見下ろすと、遥か下まで赤茶けた絶壁が連なっている。今ではからからに乾燥しているけど、かつてはワイアレアレからの雨水がここに大量に流れ込み、この谷を浸蝕したんだろうなあ。
島の東側はジャングルで雨が多いのに西側はうってかわって乾燥しているわけは、SF者としての基礎教養で理解できる。湿った風が東から吹いてきて高山にぶつかり、山を駆け上るときに温度が下がって雲が発生し、そこに大雨を降らせるのだ。で、西側ではからからの風が山から吹き降ろしてくるわけだ。群馬の空っ風と同じ原理ですね。狭い島だというのに、ハワイの風土はとてもダイナミックだ。
海沿いの平野部には、サトウキビやトウモロコシの農園が広がっている。この島では、かつてはサトウキビの生産が盛んだったが、現在はほとんどの企業が撤退し、大富豪ロビンソン家の独占状態。この一家はカウアイ島のほぼ5分の1を所有しているという。ちなみに隣りに浮かぶニイハウ島は完全にロビンソン家の所有物で、何割か以上ハワイ人の血が混じっていないと住むことを許可されず、島で通用する言葉はハワイ語のみ、観光客もほんの一部にしか入ることができないとか。住民は日曜日には必ず教会へ行かなければならないってのがちょっと矛盾しているような気もするが、いまどきこんな場所があるのかと驚くような謎の島である。封建時代の領主さまみたいなものなんでしょうかね、住民にとっては。
こういうことをていねいに話してくれたのは、バスの中でガイド役を務めてくれた日本人のおばあさん。とにかくこの島のことならなんでも知っているみたいで、バスに乗っている間中、窓の外に見える教会やお店のことまで、いろいろと話してくれる。すべての観光ポイントを回り、ひとしきり話し終えたあとの帰りのバスの中では、自分のことについて話してくれた。山口県の出身で、幼いころに日本からハワイに移り住み、それからずっとこの島で暮らしている方。今年で76歳で、アルバイトでときどきガイドをやっていること。彼女の生い立ちの物語が終わったとき、バスの中に拍手が沸いた。「みんな寝てるかと思ったのに聞いててくれたね」と、おばあさんはちょっと驚いたような口調で言った。ハワイのちょっといい話である。
なんでおばあさんの生い立ちをもっと詳しく書かないかというと、別にプライバシーを尊重しているわけではなく、私は疲れて寝ていたのでよく覚えていないからだ(笑)。拍手はしたけど。
ごめんね、聞いてなくて。
ホノルルに戻り、夕食はタイ料理の店「シンハー」へ。辛さはそれほどでもなく、マイルドでとてもうまい。料理によっては日本で食べるよりもおいしいくらい。しかし、どこか日本で食べるタイ料理とは違うのは、たぶんナンプラー(魚醤)をあまり使っていないからなのだろう。ココナッツで味付けした料理が多くて、どうも味が単調に感じられる(ひとつひとつの料理はとてもおいしいのだけど)。日本のタイ料理店ならテーブルの上にスパイスとして必ずナンプラーがあるのだが、ここではペースト状の唐辛子。やはりアメリカ人にはあの臭みは受け入れられないのかなあ。
4月3日(金)
さていよいよ結婚式当日となった。しかし、私と同居人には緊張感のかけらすらない。夕べもぐっすりとよく眠れたくらいである。だってなあ、半年も前から一緒に住んでるわけだし、友人たちにももう結婚したって言ってあるし、今日の式だってやむをえず行う面倒な儀式くらいにしか思ってないのである。
昼近くになってようやく起き、近くのホテルでビュッフェ形式のブランチ。料理の並んだテーブルの片隅に、ドロドロした紫色のちょっとグロテスクな食べ物を発見。タロ芋を練って作った、ポイと呼ばれるハワイ人の主食である。エスニック料理好きの私は早速食べてみたが、全然味がなくてそううまいものではない。まるで離乳食である。日本のご飯と同じように、これだけ食べるのではなくおかずと交互に食べるものだそうなのだが、それにしても同じテーブルに並ぶ外来の料理に比べていかにも見劣りがする。このポイ、ハワイでもあまり食べられなくなっているそうだが、それも仕方あるまい。
衣装に着替えて、3時ごろリムジンでホテルを出発。教会ではすでに日本人の牧師さんが待っている。式の前に牧師さんの説教。ま、キリスト教式の結婚式を挙げるんだから当然。牧師さんは鳥取県出身で、なんと家は神社だったそうな。しかし、神道に疑問を感じて、慶応大学の経済学部に進学(と、さりげなく自慢する牧師)、それでも宗教的なものへの関心は強かったらしく、牧師になってハワイへ来て20年。説教の言葉は力強くて、神の無謬性への深い確信に満ち溢れている。まったく宗教的でない環境で育ってきた私にとっては、その確信が不可思議なものに思えてしまう。
敬虔なキリスト教徒であることはわかるんだけど、
神道は先祖という神でないものを崇拝することであって、神に対する大きな罪であるといきなり断言してしまうのはどうか。神社好きの同居人など何か言いたそうに顔をぴくぴくさせていたぞ。もっとほかの宗教への寛容さが必要なんじゃないかな。神戸の事件も神を思う気持ちがあれば起きなかったなどと言ってもいたなあ。牧師さんの真摯な思いには頭が下がるし、信じるものがある人間は勁いってのも認めるけど、この牧師さんは世の中を単純に捉えすぎているきらいがあるような気がする。
もちろん、機嫌を損ねられたりしたら困るので、余計なことは言わずに黙ってましたが。
そのあとは型どおりの式と、それから写真撮影とかいろいろあったわけだ。さすがに式の最中は緊張して、ちょっと声が上ずったり、同居人はドレスの裾を踏んづけて転びそうになったりしましたが、まあ滞りなく式は終了。歌手の方がほとんどア・カペラで歌ったハワイアン・ウェディング・ソングがとっても美しくて感動的で、なかなかいい式だったと思う。以前は結婚式なんて無意味なことしなくてもいいと思っていたが、式を挙げるということは気持ちの上でのけじめにもなるし、決して無駄なことではないと考え直すようになりました。その上海外ってのは現実的なしがらみや思惑を離れた空間であって、ハレの儀式を行うには理想的な場所だと思うのだが、どうでしょう>今後結婚する人。
しかし、他宗教に対し排斥的なあの牧師さんは、教会の中でハワイの歌が歌われることには異論はなかったのかな?
4月2日(木)
今日は結婚式の準備の日。同居人はすでに日本で選んであるドレス(日本にもこちらにも同じ衣装が揃えてあるのだ)を試着。ハワイでは半袖の割合スポーティな(スポーティなウェディングドレスってのも妙な表現だが)ドレスを選ぶ人が多いのだが、それだと色白で細身の同居人にはどうも似合わない。彼女が選んだのは長袖の、エレガントな印象のドレス。私はというと、適当な衣装を選んで試着。真っ白な燕尾服に白のベスト。全身白一色である。同居人は金のベストがいいと主張していたが、それだけは却下。同居人は「少年隊みたいでかっこいい」というが、私にはただの売れない芸人にしか見えんぞ。
同居人はそのあとメイクのリハーサルとエステだそうなので、やることがない私はワイキキの通りをぶらぶらとしてすごす。ワイキキは、どこもかしこもブランドものの店ばかりで、私のような人種にはまったく面白くも何ともない街である。ブランド店以外にあるものといえば、ABCストアというコンビニエンスストアぐらい。この店の出店戦略は、日本の常識からするとほとんど狂気の沙汰で、道を10歩歩けばABCストアに当たるほどの異常な店数。いったい全部で何店あるんだか。しかも品揃えはどの店も同じ。これでも儲かってしまうのがワイキキなのだなあ。しかし、これほど歩き回っても本屋もCDショップも一軒も見当たらないとは、なんという街なのだ、ここは。本屋がありさえすれば1時間や2時間くらい簡単につぶせるのだが。
映画館では『タイタニック』と『ナイスガイ』、それになぜか『グリース』を上映中。裏手にはIMAXシアターもあったが、映画を見るほどの時間もない。結局サーティワンでアイスを食べて約束の時間に戻ってみれば、同居人は「もうひとつエステをやるからあと1時間くらいかかる」という。おい。そういうことは最初に言え。
結局店の人の薦めに応じて、α波を誘発するとかいう妙なリラックスマシンに入って1時間過ごす。体に微妙な振動をかけられたり、耳元に風を吹きつけられたり、かすかにヒーリング・ミュージックっていうんですか、ああいう毒にも薬にもならんような音楽が流れて来たりと、
不快極まりない。窓をあけて波の音を聴きながらホテルのベッドで寝ていた方がよっぽどリラックスできたような気がするぞ。この機械の使用料が1時間60ドル。高い。日本ならともかく、リラックスできる場所がいくらでもあるハワイでは、こんな商売、絶対に儲からないだろうなあ。
4月1日(水)
さてさて今日からハワイ旅行。実を言うと、私はハワイへ行くのは初めてである。それどころか、海外旅行自体初めてだったりするのだ。一方、同居人の方は、ヨーロッパやらニューヨークやらと海外渡航経験豊富(ニューヨークへは
「少年隊と一緒に行く」ツアーで行ったそうな)。成田離婚にならなきゃいいが、とちょっと心配しないでもない。
しかし、ハワイである。それも、ハワイで結婚式である。実は私は恥ずかしくて恥ずかしくて仕方ないのである。私のキャラクターに合わないこと甚だしい。私は海水浴にもマリンスポーツにもショッピングにもとんと興味がない人間である。およそアウトドアな活動には無縁な男なのである。そんな人間がハワイに行って何が面白いというのか。何もすることがなく退屈なだけだろうと思い、トランクには『タイム・マシン』と『タイム・シップ』、それに『グランド・ミステリー』と本を詰め込む。これだけあれば手持ち無沙汰にならずにすごせるだろう。
夜9時ごろに成田を発って、4月1日午前9時ごろホノルルに到着。日本より19時間の遅れである。眠いし、暑い。空港でもワイキキでも歩いているのは日本人ばかり。通りにはブランド品の店が建ち並び、話には聞いていたが、どこへ行っても日本語が通じるし、日本語の説明も書いてある。うどん屋やラーメン屋もあるし、日本にもあるチェーン店「カレーハウスCoCo一番屋」まであったぞ。こんなところで1週間もすごすというのか。やれやれである。
ホテルに荷物を置き、一応観光でもするか、と無料のトロリーに乗ってワイキキ水族館へ。
こんなに小さい水族館がホノルルの名所ですか。動物園の方がまだ楽しめた、と後悔する。
水族館からまたトロリーに乗ってイオラニ宮殿とカメハメハ大王像を見に行く。それから明後日式を挙げるカワイアハオ教会の下見。オアフ島で最初に建てられた教会とのことで、決して女性好みの清潔感のあるタイプの教会ではないが、時計塔がそびえる古めかしい造りはなかなかいい感じ。教会全体を覆う茶色っぽい煉瓦は珊瑚礁から切り出されたものだというのが、ハワイらしいところ。
教会を見学している途中、突然天気雨が降り出し、またふいにやんだかと思うと、空に大きな虹がかかった。外側の副虹までくっきりと見える、二重の虹である。さすがはレインボー・アイランド。日本ではなかなかここまでの虹にはお目にかかれない。緑は多いし風は気持ちがいいし、白い鳩や、名前のよくわからない雀に似た鳥はほとんど人を恐れずに近づいてくる。
ハワイってのもこれはこれで、なかなかいいところかもしれない。