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1月31日()

 同居人が買ってきた『バイオハザード2』をプレイしてすごす一日。一日でクレア編は終了。謎解きで悩む部分も少なくストーリーも一本道で、なんだか前作よりも薄い感じ。裏編に進めば違うのかもしれないけど。
 今回の舞台は警察署なのだけれども、前作の洋館(字幕でも「洋館事件」と出ていたが、アメリカが舞台の作品で「洋館」はないだろうと思うのだが)と同じく、やたらとあちこちに仕掛けがある。得体の知れない屋敷ならともかく、警察署だぞ。なんで宝石をはめると開く扉だのなんだのと怪しい仕掛けがあるのか。このへんの整合性が今一つ。

 今週は、中学生や高校生が学校で刃物を使うという事件が相次いだ。こういう事件があると、必ずといっていいほど精神科医のコメントが求められるものだ。私が精神科医ということで、もしかしたらこの日記に私の見解を期待している人もいるのかもしれないが、残念ながらその期待には答えられない。
 今の私は、こういう事件を読み解けるだけの言葉を持っていない。それは私が精神科医として未熟だからでもあるし、むなしいだけの言葉を垂れ流したくないからでもある。「今の子供たちはストレスに対する耐性が弱くなっている」とか適当な理論を当てはめるのは簡単だが、それで何がわかるというのだろう。精神科医が得々と語る理論を聞いて、なるほどね、と納得してしまうようでは意味がないのだ。それでは、衝撃的な現実を覆い隠すフィルターでしかないではないか。酒鬼薔薇事件の場合もそうだったが、今のマスコミで伝えられる精神医学の理論ってのは、ほとんどの場合、事件という現実から人々を遠ざける道具にしかなっていないと思うのだ。
 現実のフィルターではなくて、現実について深く考える助けになるような言葉を見つけたいと思っているのだけれど、私にはまだそれは見つけられない。

 『陀吉尼の紡ぐ糸』の感想を書きました。
1月27日(火)〜1月30日(金)

 大阪から無事帰還しました。

 大阪に行ったのは小学生のとき以来だから、ほとんど初めて。やー、みんな関西弁しゃべってる。ほんとに「めっちゃ○○」っていうんだ〜、と幼稚な感動をしていた私である。ちなみに私がいちばん面食らったのは、大阪ではエスカレーターに乗るとき、急ぐ人のために左側をあけておくということ。東京では逆なので、私はついつい右をあけてしまって後ろの人に迷惑がられてしまった。

 精神保健指定医の研修会は、3日間みっちりと9時から5時まで講義を受けるというもの。法制度だの社会復帰施設だのの説明がえんえんと続き、退屈極まりない。あとは、8例のケースレポートを書いて提出すればいいんだけど、このケースレポートで落ちる人も多いので、特に法律用語には気を遣って書かねばならない。でも、指定医になるということは患者の人権を制限するという強大な権力を手にすることであるわけで、まあこれくらいの苦労は仕方ない。
 大阪にいる間に読んだ本は、まずは栗本薫『覇王の道』。イシュトとマルコの「真夜中の弥次さん喜多さん」とでもいうべき巻だけど、やたらと冗長で退屈。藤木稟『陀吉尼の紡ぐ糸』と鈴木光司『ループ』については、そのうち感想ページに書きます。太田忠司編のホラーショートショート集『悪夢が嗤う瞬間』は井上雅彦編の異形コレクションに比べて全体にレベルが低いが、強いてあげれば津原泰水が文体で読ませる。

 さてなかなか時間がとれなくて大変だったが、空いた時間を利用してしっかり大阪古本屋巡りをさせてもらった。まずは噂には聞いていた梅田古書倶楽部。ミステリ、SFの絶版古本がどっさりあるんだけど、噂どおりむちゃくちゃ高い。欲しい本を書棚から出しては値札を見てため息をつくばかり。それでも、せっかく来たのだからと大坪砂男全集全2巻18000円でも買ってしまおうかと思ったのだが、すんでのところで理性を取り戻し、バロウズ『恐怖王ターザン』『野獣王ターザン』、セント・クレア『どこからなりとも月にひとつの卵』、ディッシュ『歌の翼に』のみ購入(値段は秘密。あとから思えば全然理性を取り戻してなかったとだけ言っておきましょう)。
 あとは天牛書店、古書さろん天地、日本橋ブックセンターなど数軒を回ったけど、ほとんど収穫なし。ハネス・ボク『金色の階段の彼方』、ゼラズニィ『燃えつきた橋』、ロングイヤー『わが友なる敵』あたりを150円で買ったくらいのもの。そうそう、朝松健『元禄百足盗』もようやくゲット。
 大阪の大きな古本屋はだいたい回ったと思うのだけれど、今一つ掘り出し物がないのはどうしたわけなんだろうなあ。古いSFとかミステリが充実している店といえば、やっぱり梅田古書倶楽部しかないんでしょうか?
 新刊は、ディック『ライズ民間警察機構』(創元SF文庫)、へイニング編『ディナーで殺人を』(創元推理文庫)購入。

 東京に戻ってみると、石ノ森章太郎が死んでしまっている! まだ60歳の若さなのに。これで「サイボーグ009」の完結編は永遠に読めなくなってしまった。実は、私は「石ノ森」になってからの作品はほとんど読んでいない。私が好きだったのは、あくまで「石森章太郎」なのである。特に「サイボーグ009」と「まんが研究会」は何度も読み返したものだ。そういえば、去年石ノ森マンガの集大成的な本が出ていたが、死期を悟っていたのだろうか。合掌。
1月26日(月)

 中山雲水とかいう人の『すべての不幸の原因は名前厄だった!』(うろおぼえ)という本を立ち読みする。名前の画数で運勢を判断しているのだけど、判定法は画数が10の倍数だと不運という単純なもの。外人の場合も強引にカタカナの画数で判定するという豪快さだ。ダイアナ妃の事故死もこの名前厄のせいらしくて、同乗者アルファイド氏の父親であるムハメド・アルファイド氏の責任なのだそうだ。その根拠はというと、ムハメドは10画(笑)。それから、同乗者の中で唯一助かったリースジョーンズ氏の責任も重いらしい。リースジョーンズは20画。なぜ生き残った人ばかり?
 ジョン・デンバーもジョン・F・ケネディも名前厄のせいで命を落としたらしい。もうおわかりでしょう。ジョンは10画(笑)。じゃあ、ジョン・トラボルタもジョン・クロウリーも、ジョンはみんな不幸なのか。ディーン・クーンツもロバート・ブロックも不幸だな。マイケルとマイクルとか、2種類の表記がある場合はどうなるんだろう。
 日本人の場合はさらに複雑で、名字名前の総画数、名字の画数、名前の画数、内画(名字の下の字と名前の上の字の画数の和)、外画(名字の上と名前の下の画数の和)の五つがある。このうちどれかひとつでも10の倍数があれば不幸だから名前を変えろ、という。これだと、漢字の画数のバラツキが一定だと仮定すると、誰でも2分の1の確率で不幸ということになってしまうぞ。

 まあ、これくらいは笑って読めるから罪がないのだけど、尾上進勇『親も知らない子供の正体』(講談社)という本の場合は笑ってはいられない。タイトルでわかる通り、酒鬼薔薇事件に触発されて書かれた本なのだが、この本の巻末に「わが子がわかる50のチェックリスト」という表が載っている。このリストが、思わず著者の正気を疑ってしまうほどひどい。
 点数が高いほどよくて、マイナスはかなり問題あり、ということなのだけれど、1 明るさという項目だと、「明るくよくしゃべる 3点」「明るいがあまりしゃべらない 2点」「暗いところがありしゃべらない 1点」「親から見てつかみどころがない子供である -2点」。
 7 生活スタイルは、「勉強もスポーツもゲームもほどほどにする 2点」「ゲームばかりしている 1点」「パソコン・ビデオにのめりこんでいる(オタク的である) -2点」。マイナス2点か、私は。
 24 趣味の友達「いない 2点」「いる 1点」「しばしば集まっている -2点」というのを見たときには、目を疑った。いけないのか、趣味の友達がいては。
 27 地域のクラブ「積極参加し高校のスポーツ推薦をねらっている 3点」「仲間に誘われて参加している 1点」。けっ。
 47 芸能界「関心がない 3点」「憧れのスターがいる 2点」「芸能人になりたがっている 1点」。
 書きうつしているだけで腹が立ってきた。著者は教育雑誌の編集長、学習塾経営の経験がある教育評論家だそうだが、この人の教育観はどうしようもなく歪んでいるとしか思えない。ちゃんと読んでから、「本読み千年王国」で見せしめにするぞ。
 ジョン・ディクスン・カー『ヴァンパイアの塔』、町沢静夫『壊れた14歳』、トニーたけざき『岸和田博士の科学的愛情 10巻』購入。

 措置入院のところでちょっと触れた、精神保健指定医の資格を取るための研修会を受けるので、明日から大阪へ行かねばならない。大阪といえばなんといっても梅田古書倶楽部(笑)。古本者の必需品「全国古本屋地図」を片手に、500系のぞみに乗って大阪へ行ってきます(何しに行くんだか)。
 次回の更新は金曜日の夜の予定。
1月25日()

 今日は映画を観に新宿へ。その前に紀伊国屋書店でSFマガジンを買う。ふだんは買わないのだけど、密室特集である上、カーのラジオドラマまで載っているのでミステリマガジンも購入。SFマガジンは1100円、ミステリマガジンは1200円だったのにはびっくり。特別号のあとは値上げの好機ということなんだろうけど、それにしてもこりゃ高い。どっちもいつもより少しは厚いようだけど……。毎号この値段になったら困るなあ。
 SFマガジン3月号はヒューゴー/ネビュラ賞特集だけど、小説が2作しか載っていないのはちょっと物足りない。500号特集のあおりをくって97年回顧と重なってしまったせいだろうか。裏表紙はいつものごとく「理想の弾道を手に入れる。オートクレーブシャフトの力」ってやつ(笑)。マガジン読者層とゴルフ層って、あんまり重なってないように思うのだが、宣伝効果があるのかな、これ。

 さて新宿で最初に観たのは、今ではハリウッドに渡ってしまったツイ・ハーク監督が95年に香港で撮った『ブレード 刀』。最初の方、ちょっと視点が定まってなくてわかりにくいところもあるけれど、剣戟シーンのカッコよさはさすがにツイ・ハーク。最初はただの角刈りの兄ちゃんにしか見えなかった主演のウィン・ツァオが、アクションシーンになると見違えるほどカッコよくなるのだ。アクションのキレと迫力に関しては、香港映画はハリウッドよりもはるかに上なのだけど、こういう映画はもう作られないんだろうな、香港では。ひとつだけ不満があるとすれば、男性キャラは全員カッコよく描かれているのに、ヒロインがただの馬鹿女なところか。単館上映なのがもったいない傑作だというのに、公開2日目にして席はがらがらで悲しいぞ、私は。これだけいい映画なんだから、配給会社がもっとちゃんと宣伝をすれば客も入るのに。と思ったら、配給は「K2エンタテインメント」という聞いたこともないような会社だった。うーん、宣伝にあんまり金がかけられなかったんでしょうか?
 2本目は今さらの『MIB』。可もなく不可もなし、きっちりルーチンに沿ったハリウッド映画。地球に住んでいる1500種のエイリアンとか、硝子玉の中の銀河とか、おもしろくなりそうなネタはいくつもあるのに、ツボをわざとはずしたかのごとく、まるっきり凡庸なストーリーに仕立ててしまっているのは、観ていてもどかしいくらい。
 調子に乗って3本目。ミラ・ソルヴィーノ目当てで観に行った『ミミック』も2日目にしてはけっこう空いている。期待してなかったわりにはなかなかの出来。『レリック』にタイトルもストーリーもよく似ているけど、『レリック』の256倍はおもしろい。流行りのバイオホラー映画であることは確かなのだけれど、この映画は怪物よりもむしろ、妖しくも暗いニューヨークの地下世界が主役といっていいと思う。なにしろ、映画のほとんどが圧迫感のある地下の暗黒の中で展開するのだ。ギジェルモ・デル・トーロという監督はこの作品がハリウッド・デビューらしいのだが、闇の描写がとてもうまい。この監督は今後も要チェック。

 今日は歌舞伎町の「インドネシアラヤ」で食事。銀座の同じ店でも食べたことがあるが、新宿の方がはるかにうまい。
1月24日()

 ウェブ版の朝日新聞を読んでいたら、例のオルタカルチャー事件についての記事が載っている。小谷真理さん(39)が、翻訳家(なぜか名前は載っていない)とメディアワークス、主婦の友社に3300万円の損害賠償を求める訴えを起こしたとのこと。もめていることは聞いていたけど、ここまでこじれてたとはなあ。「レトリックの範囲」と某翻訳家は言っているそうだけど、こうなるとレトリックをめぐる争いになるのかなあ。そうなると、殺人的レトリックの遣い手である巽・小谷組にはかなう者はないかも(笑)。
 冗談はさておき、こういう事件でまた日本SFのイメージが下がるかと思うと残念。いや、そもそも今よりもイメージの下がりようはないのかもしれない。別にSFのイメージが悪い、というわけではない。いいとか悪いとか以前に、何のイメージも持っていない、というのがいちばん近いのだろう。普通の人にとっては。

 その下には阪神大震災のボランティアがホームページを作ったという記事が載っている。アドレスが掲載されているのだけれど、リンクが張られていない上、どういうわけかアドレスがすべて全角英字(笑)。何を考えているんだか。これではウェブに新聞記事を載せる意味が全然ないぞ。ボランティアのページはhttp://www.dodirect.com/kobe/hiko-ki/

 ついでにもうひとつ朝日新聞の記事から。「ポケモン」や「たまごっち」が子供たちを現実の自然に向けるのに一役買っている、という調査結果が大阪でまとめられたという。「ポケモンのおかげで青虫が怖くなくなった」「たまごっちのおかげで植物栽培への関心が高まった」などの声が紹介されていて、それなりになるほど、と思わせる。
 ゲームが現実のとらえ方に影響を及ぼすのは間違いのないことで、たまごっちの影響で生き物を育てたくなるってのも、格ゲーやって他人に技を使いたくなるってのもつまりは同じことだ。そして大人は前者だけを「よいこと」ととらえるというだけの話。
 問題は、記事を書いた記者がこれをはっきり「珍説」と紹介していること。たまごっちなんかにいい影響があるわけがない、という偏見があからさまである。2000人もの小学生から得た調査結果を「珍説」扱いはないだろう。調査をまとめた研究者に失礼だと思うのだが>朝日新聞。

 今日は私の誕生日。20代最後の誕生日である。数年前の私は Don't trust anyone over thirty などと古い歌を口ずさんだりして年上の人間を馬鹿にしていた嫌な若者だったものだが、そんなことを言っていられるのもあと1年だ。では、30代になったらどうするかといえば、もちろん Don't trust anyone over forty と口ずさむのである。
 夜は神保町にあるロシア料理店「バラライカ」で食事。何度も前を通ったことはあったが一度も入ったことがなかった店である。中は古めかしいロシアの民家のような落ち着いた雰囲気。料理もおいしいし、バラライカの生演奏はあるし、大満足。高いけど。
1月23日(金)

 精神科医ってのは、案外危険な商売である。
 患者さんに殴られるようなことはよくあることだし、刺されたという話もたまに耳にする。極端な例を挙げれば、駅前で患者にピストルで撃たれたという医者もいたくらいだ(あれは精神科医ではなかったが)。もしものときのために、私は外来で診察するときにはいつでも脱出路を確認しておく。まあ、入り口とは別のドアの鍵を開けておくといった程度だけれど。ちなみに、実際に使ったことは一度もない。
 昔は、患者さんに自宅の電話番号を教えて「困ったらここに電話しなさい」などと告げる医者もいたという(今もいるかも)が、私なら絶対にそんなことはしないなあ。冷たいようだが、自宅での時間まで、患者さんにわずらわされたくはない。
 「昔の医者の方が人間味があってよかった」と思う人もいるかもしれないが、自宅を教えないというのは、当然の自衛措置だと思う。患者はどんな妄想を抱くかわからないし、自宅には私だけでなく、私の同居人もいるのだ。SFファンなら、筒井康隆の家に押しかけてきた中年女性の話を知らない者はないだろう。水撒きをするくらいならいいが、もっと暴力的な患者だっていっぱいいる。
 なんだかぶっそうな話になってしまった(そうでなくても、最近堅い話題が多くなってきていて、なんとかせにゃと思っているというのに)。こんなことを考えてしまったのは、先日、ある告知をしたからだ。
 今まで何度も入院している精神分裂病の患者さんがまた調子を崩して入院してきたのだが、以前の入院と違うところがひとつだけあった。新婚だったのである。私は結婚したばかりの奥さんに病名を告げたが、患者さんが隠していたのだろう、奥さんは結婚相手がそんな病気で入院歴があることを知らなかった。奥さんはかなりショックを受けた様子で帰っていった。
 これでもし離婚にでもなったら、私は患者さんにかなり恨まれることになるのだろう。もしかしたら刺されるかも、とすら思い、前に書いたようなことをいろいろと考えてしまったのである。
 精神科医を続けていくかぎり、私は好むと好まざるとにかかわらず、こんなふうにいくつもの恨みを買っていくことになるのだ。うーん、卒業前に精神科を選んだときには、こんなことなーんにも考えちゃいなかったな。

 しかしきのうに引き続き、むちゃくちゃペシミスティックな日記ですね。こんなんで読者はついてきてくれるんだろうか。
 本日の買い物は、北野安騎夫『グランド・ゼロ』(トクマノベルス)、藤木稟『陀吉尼の紡ぐ糸』(トクマノベルス)、大槻ケンヂ『くるぐる使い』(角川文庫)、皆川博子『たまご猫』(ハヤカワ文庫JA)、栗本薫『覇王の道』(ハヤカワ文庫JA)、そして待望の鈴木光司『ループ』(角川書店)!
 『幻惑密室』読了。『グランド・ゼロ』も即日読了。どっちもトホホだったので、口直しに『陀吉尼の紡ぐ糸』を読み始める。盲目の美青年探偵と正義感あふれる新聞記者、というやおい心を誘う組み合わせがあざとい(笑)。
1月22日(木)

 今日は昼から山間部の老健施設へ。毎週のように雪の話で食傷ぎみかもしれないが、今日もまた雪の話題である。関東で生まれ育った私にとっては豪雪はきわめて新鮮な体験なのである。
 病院を出たときにはぱらぱらと雨が降っている程度なので甘く見ていたら、山に登っていくにつれ雨は雪に変わり、だんだんと視界は真っ白に。道の脇には1.5メートルはありそうな雪の壁ができているし、除雪が追いつかないため、アスファルトの路面はまったく見えず、ただただ純白の雪原をシュプールのような轍ばかりが走っているというありさまである。危険なことこの上ない。施設の周囲の集落の様子は、「日本むかし話」に登場する雪の村の風景そのもので、今にも傘地蔵が俵でも運んできそうである。日本にはいまだにこんなところもあるのか、と改めて吃驚。
 ところが仕事を終えて病院に戻ってみると、雪の降った気配はなく、空には晴れ間すら見えている。車でわずか30分の距離なのにこれほど違うとは。山奥の集落の人口は年々減ってきているというが、それも当然というべきだろう。集落の風景に「日本むかし話」のイメージを重ね、ノスタルジーのようなものを感じてしまう(そんなところに住んだこともないくせに)のは確かなのだが、私たちには「この集落がこのままであってほしい」などと勝手なことを願う権利はない。
 あと20年もしないうちに、集落の人口はゼロになるに違いない。そしてそこには老健施設だけが残るのだ。
1月21日(水)

 月刊「脳の科学」(星和書店)創刊。といっても、すでに20年の歴史を持つ雑誌「神経精神薬理」が改題しただけだから、厳密には創刊とはいえない。でも、「神経精神薬理」と「脳の科学」ではイメージにえらい違いがあることは確かで、「神経精神薬理」のままだったら、私も永久に手に取らなかったかもしれない(笑)。お堅い専門誌としては珍しく、時流に乗ったタイミングのいい改題で、素人さんでも手に取りやすい(内容はその限りにあらず)ひとにやさしいタイトルに生まれ変わったわけだけど、値段の方は税込み2940円と全然やさしくない。私も、たまたま医局の図書室に入っていたから読めたわけで、自腹で買う気は毛唐ない。
 今月号の特集は「摂食障害と肥満」。私は体型上(笑)、どうしても肥満の論文の方に目が行ってしまうのだが、なかなか興味深い内容だったので紹介しよう。まずは1994年に肥満遺伝子なるものが発見されたという話。この遺伝子の産物はレプチンと呼ばれていて、脂肪細胞に特異的に発現している。脂肪が増えるとレプチンが血中に大量に分泌され、中枢神経系のレプチン受容体と結びついて、摂食を抑制したりエネルギー消費を増加させたりする。ただ、人間の肥満者のほとんどはレプチン異常とは関係なく、肥満を治す薬にはなりそうにないらしい。残念。
 もう少し可能性がありそうなのが、褐色脂肪とβ3アドレナリン受容体の研究。哺乳類の脂肪は白色脂肪と褐色脂肪に分けられる。白色脂肪がエネルギーを貯蔵する役割を持っているのに対し、褐色脂肪の方は脂肪を分解して熱として放出している。褐色脂肪がたくさんあれば脂肪がどんどん熱に変わってくれる! のだが、残念なことにこの褐色脂肪は成人のヒトにはほとんど存在しない。さてβ3アドレナリン受容体というのは、脂肪細胞上にあって発熱を誘導している受容体である。マウスにβ3受容体と結びつく薬を投与したところ、熱産生の増加、体脂肪減少といった効果があった上、内臓脂肪に多数の褐色脂肪が出現したという。つまり、β3作動薬には褐色脂肪を増殖・分化させる作用もあったのだ。
 ということは、人間に効くβ3作動薬が開発されれば、飲むだけで褐色脂肪が増殖し、体重が減少する薬ができるかもしれない!
 その日が来ることを信じて、私はうまいものでも食って寝るとするか。 

過去の日記

98年1月中旬 北京原人、アンモナイト、そして織田信長の巻
98年1月上旬 さようならミステリー、星新一、そして日本醫事新報の巻
97年12月下旬 イエス、精神分裂病、そして忘年会の巻
97年12月中旬 拷問、ポケモン、そして早瀬優香子の巻
97年12月上旬 『タイタニック』、ノリピー、そしてナイフで刺された男の巻

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