2月10日(水)
ロバート・シルヴァーバーグ『禁じられた惑星』(創元SF文庫)。自己を極端に否定し、「わたし」という言葉が猥褻として禁じられている惑星ボーサン。地球から来た商人シュワイツは、うぶなサラ州の第二王子キノールに、自己否定の愚かしさを説き、自分と他人の意識が混じり合ってしまう麻薬を勧める。シュワイツと一緒に麻薬を飲んでトリップし、すっかり麻薬信奉者となってしまったキノール兄ちゃんは、この世界に麻薬のすばらしさを広めることこそ自分の使命と信じ、救世主になるのだと息巻き、政府から危険人物として追われる立場となるのであった。
1971年の作品。こういう時代だったのですね、この頃は。麻薬なんぞに思い入れのない私にはあんまりぴんとこなかったのだが。
日本では「わたし」という言葉をあまり使わなくても普通の会話はできるわけで(むしろ「わたし」を使う方が不自然)、ある程度このボーサンに似た社会だと思うのだけど、それなら麻薬を自由化すれば変革のときが来るかというと、とうていそうは思えないわけで。主人公よりもむしろ官憲側の主張の方に理を感じてしまったのは、私が大人になりすぎてしまったからだろうか。
それに、シルヴァーバーグはこの作品で麻薬による社会変革の可能性を示してみせようとしたのだろうけど、「他人の心の中に入れる」という、現実の麻薬にはない特性をもって麻薬を礼賛するというのは、たいへんずるいやり方のように思える。
歴史的価値は認めるが、今となってはそう楽しめる作品ではないように思った。
しかし人をさんざんけしかけといて、はいさよなら、という地球人シュワイツの無責任さはすばらしい(笑)。
今日の購入本。また出た栗本薫
『ゴーラの僭王』(ハヤカワ文庫JA)。ハルキ文庫では小松左京
『日本売ります』と矢野徹
『カムイの剣』。『カムイの剣』は「完全版」と銘打ってあるぞ。光瀬龍の『宇宙航路』は徳間文庫版を持ってるのでかわりに(?)久々の新作
『異本西遊記』(ハルキノベルス)を購入。ジョゼフ・キャノン
『ロス・アラモス 運命の閃光』はわずか1年足らずでの文庫化。親本買わなくてよかったよ。でもなんで? 講談社ノベルスでは東野圭吾
『私が彼を殺した』と乾くるみ
『塔の断章』。マキャモン
『少年時代』(文春文庫)、古龍
『陸小鳳伝奇』(小学館文庫)、上遠野浩平
『ブギーポップ・オーバードライブ 歪曲王』(電撃文庫)。ブギー、ピッチ早過ぎ。
大量に買ってしまったが、文庫と新書だけだからよしとするか(なにが「よし」なんだいったい)。
2月9日(火)
現在行っている
「黄色い救急車」伝説のアンケートで、連れて行かれる病院として多くの方(主に東京)が挙げていたのが、松沢病院の名前である。
都立松沢病院、といえば世田谷の京王八幡山駅のすぐ前に広大な敷地を誇っており、西東京の精神医療の中心として重要な役割を担っている病院なのだが、一般の人にとっては狂気の代名詞であり、さまざまな怪しげな噂の源泉でもあるようだ。
この松沢病院だが、実は明治時代には巣鴨にあり、「巣鴨病院」という名で呼ばれていた。小石川区巣鴨駕籠町、というから今の地下鉄千石駅のあたりだろう。その頃は当然ながら「巣鴨」が狂気の代名詞だったらしい。
明治12年の開設当初は巣鴨も閑静な土地だったらしいが、そのうち人家も増えあまりにも繁華になってしまったので、もっと静かな場所に移ろう、ということで大正八年に今の場所に移り、名前も「松沢病院」に変わったとのこと。「駒沢の原は多摩養池の流に添ふて清く、遥に西南に聳ゆる富嶽に相見みへ、流石に療としては絶好の地なり」と当時の記録にある。その頃は、下高井戸とか八幡山あたりは街外れのど田舎だったわけだ。
東京の住人にとって「松沢」が狂気の代名詞になってしまうのはこの頃から、ということになる。以上のネタ本は金子嗣郎の
『松沢病院外史』(日本評論社)。松沢病院を中心とした日本の精神医学史がコンパクトにまとめられた本であるが、残念ながら「黄色い救急車」に関する記述は見当たらなかった(笑)。
さて、松沢病院とは関係がないが、この本に精神医学史にまつわる驚愕の記述があったので紹介しよう。『脳病院風景』からの引用だと書いてあるから、孫引きになるけど、まあいいや。
大正14年6月、東京の戸山脳病院での話。
「慶応大学外科の前田教授が病院にきて、谷口院長立ち会いのもと、公費患者ABの両人を一体に密着させて手術をした。すなわちABの腰部にBの右腕を縛りつけ、Aの陰嚢を切開して肉体から脱離せずに睾丸に精糸のついたまま、Bの右腕を切開して、その中に睾丸を移植し、両人を密着させて、身動きもならぬように縛りつけ、十日間を経過させようとした。ところが相手が狂人なので、注文通りに、ジットおとなしくしているはずはない。3日目には縄を咬み切って離ればなれになり、Aは死亡した。Bも本年2月に死亡した」
これが当時世を驚かせた
睾丸有柄移植事件である。ここに引用したのは看護人から警察署への申し立てである。これはいったい何事なのか。何を考えてるんだ、前田教授。「右腕に睾丸を移植」って言われても、これだけではさっぱり意味のわからない手術である。それに看護人も「相手が狂人なので」じゃないだろ。普通の人だってこんなことされたらおとなしくなどしているはずがない。
前田教授の目的は、教授自身による次の釈明で明らかになる。
「Aは睾丸の内分泌が多いのが原因で精神病者となり、Bは睾丸の発育が不充分な患者なので、Aの睾丸をBに移植するのが、一挙両得の方法だと考えてこの手術をした。Aの睾丸を切り取ってBに移すのでは効果が少ないから、有柄移植を試み、両者を十日ばかり密着せしめてから、分離せしむるつもりであった。死の直接原因は手術のためではない。手術はすでに動物試験では成功しているのだから、医者としての治療範囲を出なかったことを断言する。ただ相手が、手術を承諾することのできない狂人であったことに対しては、徳義上責任を感ずる。しかし仮にこれが問題となるようなら、我々医学者は、新しい手術には一切手出しができず、従って日本医学の前途に暗影を投ずるものだと思う」
いっそみごとなまでの開き直りである。しかし「一挙両得」ってのも無茶な話だ。
結局この事件、院長が辞職しただけで、教授も院長も不起訴処分となったという。今では考えられないような時代の話である。
もちろん睾丸と狂気の関係は今では否定されている。
2月8日(月)
高知3日目の続き。
今日の日記なのにきのうあったことを書くなんてアリか、と思う人もいるかと思うが、アリである。この日記、もともと当日あったことなんてあまり書いてないんだし、そもそもこれを書いている今はすでに2月10日だ。
まあ、そんなわけなので高知3日目の続き。
99年1月3日の日記に書いたとおり、私と妻の洞窟探検隊としては、この旅でもっとも楽しみにしていたのが四国の誇る鍾乳洞「龍河洞」である。
龍河洞は、全長はそう長くはないのだが、観光洞として公開されている部分が約1キロと長い。しかもアップダウンが激しく、かがんで歩かなければならないほど狭いところがあったかと思えば天井が高いところもあるなど、洞内の風景も変化に富んでいるので実際よりかなり長く感じる。鍾乳石や石筍も美しく、まるでギーガーのエイリアンの胎内のようなグロテスクな美を満喫できる(そういや、グロテスクの語源は、洞窟を意味する「グロッタ」なのだった)。おもしろいのが、2000年前にここで生活していた人が置き忘れ、今では洞窟と一体化してしまった壷。なんとなく諸星大二郎の「生物都市」を思い出した。実験のため60年前に置いた壷もちょっとだけくっついたそうな。気の長い実験である。
全体としてはかなり水準の高い洞窟なのだが、ただ演出、説明過多なのが減点ポイント。
洞内の随所には説明員がいて、私たちが近づくとまるでテープレコーダーのように説明をしてまた黙り込む。歩いて行くと「すいません」といって私たちを追い抜いていくので何かと思えば、先のスポットでまたさっきの説明員が待ち構えているではないか。説明なんてうるさいだけだってば(まあ危険防止の意味もあるのかもしれないが)。しかも、わざと滝壷に青い照明をあてて神秘性を強調したり、赤だの黄色だの色とりどりのライトで照らされている部分があったりするのも興ざめ。鍾乳洞は自然のままで充分だ。
入り口脇にある龍河洞博物館は、この手の展示館としては珍しく充実していてそれなりに見ごたえあり。
点数は、規模★★★★、探検度★★★★、神秘度★★★★、総合★★★★(5点満点)。さすがに龍泉洞、秋芳洞と並ぶ名鍾乳洞。
空港に着いたのは飛行機に乗るにはちょうどいい時間。おいちゃんに心からお礼をいい、1万円を払う。このおいちゃん、竹林寺で私たちを待っている間にも、頼まれもしないのにほかの団体客のガイドを買って出たり写真を撮ってあげたりとこまごまと働いていた。本当に何の下心もなく親切な人だったようだ。親切に不慣れな私たちはちょっと面食らってしまったが、今思えばこのおいちゃんに出会えたことはこの旅での最大の幸運であった。おいちゃん、ありがとう。
さてこうして帰ってきたわけだが、むろん地方都市に来たからには古本屋巡りを忘れる私ではない。学会の合間をぬって井上書店、タンポポ書店など数店を回っている。中でも収穫が多かったのがアーケード街の端にあったスミレ書房。
ハヤカワ文庫JAから森下一仁
『コスモス・ホテル』、永井豪の表紙の平井和正
『超革命的中学生集団』、かんべむさし
『決戦・日本シリーズ』を購入、ヒロイック・ファンタジーから時代小説に移行する過渡期の宮本昌孝が書いた
『伊賀路に吼える鬼婆』(角川スニーカー文庫)は表紙と挿し絵が赤井孝美。ほかに横溝正史
『自選人形佐七捕物帳一 羽子板娘』(角川文庫)、それに、小松左京短篇集を何冊かまとめ買い。
『御先祖様万歳』(ハヤカワ文庫)、
『偉大なる存在』(ハヤカワ文庫)、
『青ひげと鬼』(角川文庫)、
『闇の中の子供』(新潮文庫)、
『春の軍隊』(新潮文庫)といったところ。海外ものは、O.A.クライン
『火星の黄金仮面』(創元推理文庫)、J.J.サヴェージ
『悪魔の昂まり』(富士見ロマン文庫)の2冊。
それほど古い本はないけど、これだけ買って1400円は安かった。東京だととんでもない値段つけてるところもあるからなあ。
そのほか、「黄色い救急車」の話が載っていないかと、現代伝説の研究家である常光徹の
『うわさと俗信』(高知新聞社)を新刊書店で購入。
最後に、検索エンジンで見つけたいざなぎ流のページ。学会で講演をした高知県立歴史民俗資料館主任学芸員の
梅野光興氏の文章。それから
安倍清明陰陽師ツアーのページには物部村ツアーのページがある。おどろおどろしいデザインのページだが、内容はまとも。むう、けっこう有名らしいな、いざなぎ流。小松和彦の本でも読んでみるか。
2月7日(日)
高知3日目。
今日も晴天。今回の旅行は最初から最後まで快晴で風もなく、とっても快適な天気である。
展望レストランで朝食を食べてエレベータで階下の部屋に向かったところ、下の階でユニフォームを着た西武の選手が乗ってきた。ちょうど練習に出発するところらしく、ほとんど各駅停車状態で各階に停まる。エレベータの中はぎゅうぎゅう詰めで、私と妻以外はすべて西武の選手である。しかしやはり誰が誰だかさっぱりわからないので、乗り合わせたのが練習が終わったあとでなくてよかったなあ、などと下らないことばかり考えている私であった。ふと、ある選手がぽつりと言った。
「なんで馬場死んじゃったんだろ」
なんでだ。
いったん部屋のある階で降りたあと、ミーハー根性で1階ロビーに降りてみると、ちょうど西武の選手がバスに乗りこんでいるところ。外にはおっかけの女の子や色紙を持った男の子がいっぱい。誰か知ってる選手はいないか、と見まわしてみると、おお、東尾監督が目の前を歩いていくではないか。松坂でもいないか、と思って探してみたのだけど、すでにバスに乗りこんだあとらしく、見つかりませんでした。
荷物をまとめてフロントでチェックアウトすると、きのうのおいちゃんがすでに迎えに来てくれている。改めておそるおそる聞いてみたが、ほんとに1万円で案内してくれるらしい。
「まずは高知城に連れてってあげる」(高知弁)とのことで、車はまず高知城へ。おいちゃん、頼みもしていないのに途中まで案内してくれ、天守閣をバックに写真まで撮ってくれる。もしかして、おいちゃん、ものすごくいい人? このおいちゃん、本人の話によれば絵を描くのが趣味で、去年は半年くらい高知新聞に挿し絵を書いていたこともあるという(そのときの新聞を見せてくれた。持ち歩いてるのか)。水彩画を描き、ジャズを聴き、昼間っから将棋を指す、個人タクシーの運転手。人生楽しんでるなあ。
城に登る途中で高知名物アイスクリンを売っていたので、買って食べてみる。東京のコンビニで売ってるカップのやつとは全然違っていて、チョコ、ソーダなどいろんな味があるし、シャーベットのようにやわらかくて美味な食べ物である。この寒空にはちょっと冷たすぎたけど。
天守閣に登ると落書帳があるので、何気なしにめくってみる。別に書き込むつもりはないのだが、私は観光地に行くと絵馬とか落書帳の人が何を書いているか見るのが好きなのだ。悪趣味ですか?
当然ながら「○○君とふたりで来ました」などというどうってことない書き込みが多いのだが、その中にこんなのがあった。
「天守閣に登って、天下を取った気分になりました。新人王を取るぞ!」
新人王? 変なこと書いてるなあ、と思って名前の欄を見ると、なんと
松坂大輔とあるではないか。職業欄は「プロ野球」(笑)。日付けはきのう、2月6日である。私は、見た瞬間、まず間違いなくニセモノなんじゃないかと思ったのだが、私以外のひとはそれほどひねくれてはいないようで、その下には「ここに松坂君が来ていたなんて感激です」などとメッセージが残されているし、私の後から来たOL3人組もキャーキャー騒ぎながら一緒に写真を撮ったりしていた。うーん、やっぱり私はニセモノじゃないかと思うんだがなあ。これは筆跡鑑定をするしかないか。
高知城を出た後は目の前の通りでやっている日曜市へ。本当になんでも売ってるなあ。でも、包丁などの刃物を剥き出しで売ってるのはちょっと怖いぞ。おいちゃんが、ぶんたんは買ったかとしきりに訊くので、仕方なくぶんたん購入。持って帰るには重いな、これ。
次に向かったのが五台山。展望台からは高知市内が一望できてなかなかの絶景。中腹にある竹林寺は、五重塔や本堂より、脇の方の林の中にある無数の地蔵が、いかにも四国らしくもおどろおどろしい風景である。
さてこのあとは龍河洞へ行きたいということだけは伝えて、そのほかのコースはおいちゃんにおまかせ。すると、洞窟へ行く途中にあるからとおいちゃんが連れて行ってくれたのが「はらたいらと世界のオルゴールの館」。なぜかここ、観光バスのコースにも入っているらしい。なぜに、はらたいら。なぜに、オルゴール。
どうやら、はらたいらは高知出身だからということらしいのだが、しかしなぜ彼をオルゴールと組み合わせる。入ってみると、恐れた通り館内にはアンティーク・オルゴールが展示してあり、壁にははらたいらのマンガ、というミスマッチここに窮まれり、という驚愕の光景が展開されているのであった。
なんでもマンガ家ではほかにやなせたかしが高知出身らしく、山あいの香北町には「アンパンマンミュージアム」なる博物館もあるそうな。それなら「西原理恵子とビスクドールの館」とか作ってもいいと思うんだがなあ。なぜ作らん。
「オルゴールの館」をそそくさとあとにすると、おいちゃんは今度は「龍馬歴史館」というところに連れて行ってくれた。坂本龍馬の生涯を再現した180体もの蝋人形が展示してあるという、蝋人形の館である。人形は肌の質感や毛穴までリアルでなかなか楽しめる。
しかしなぜ郷土の偉人の人形に広末涼子がない。いやそれよりもなぜ「広末涼子記念館」を作らん。広末涼子の蝋人形180体!とかいったら絶対行くのに(まだ言ってるよ)。
さて次が本日のメインエベント龍河洞なのだけれど、すでにあまりにも長くなっているので、明日に続く。
2月6日(土)
高知2日目。
今日は朝から真面目に学会に出席。「第6回多文化間精神医学会」っていう学会である。
この学会はSF大会方式というかSFセミナー夜の部方式で、興味のある発表をやっている会場に移動する形式。演題は在日外国人とか海外移住者の症例発表といった臨床に即した発表が多いけど、中には「四国の風土とお遍路と癒し」とか「祈祷性精神病の比較検討」といったなかなか興味をそそる発表もあったりする。「祈祷性……」は、昔ながらの加持祈祷から発症した精神病の例と、「こっくりさん」とか「エンゼルさん」とかを契機として発症した例を比較した発表である。発想はおもしろいんだけど、考察はいまひとつ。
特に興味深かったのが、「四国山地の民間祈祷師―高知県物部村のいざなぎ流―」という特別講演。
きのう私も街を歩いて感じた通り、高知というのは祈祷やお祓いなどが比較的日常的な土地柄で、高知市内にも祈祷師は多いのだそうだ。何年か前にも、市内のある僧侶が行方不明になった女子高生を霊視して、死体のある場所を言い当てたという事件があったのだとか。うーむ、にわかには信じがたい事件だなあ。
「いざなぎ流」というのは、高知県香美郡物部村を中心に伝わっている独特の祈祷術。ただ、「太夫」といわれる祈祷師は現在4、5人にまで減っていて絶滅寸前だという。太夫は「高田の王子」という巨大な岩石の化身である式王子(=式神)を操り、超人的な法力を使うことができるのだそうだ。おもしろいことに、「いざなぎ」は日本神話のイザナギではなく、天竺にいるという祈祷の達人の名なのだという。この村に伝わる祭文の中には、「だいば」と「しゃか」など、仏教の影響を思わせる名前もあって(いざなぎと同じく全然役割は違う)、どこから伝わったのか興味深いところ。
物部村の伝承によれば、山には山の神とその眷属である八面王(やつらおう=蛇の姿をしているという)、山犬、山女郎が住んでおり、川にも水神と水の妖怪が住んでいる。何十年もするうちに、それらの神たちは少しずつ家の中に侵入していき、また家人が他の家の人に対し憎しみや妬みの心を抱くたびに、スソ(呪詛)という神が、塵や埃がたまるように、家の中に蓄積していくのだそうだ。
だから、一世代に一度くらい、太夫を呼んで家の中に蓄積した悪霊を祓う「とりわけ」という儀式を行う必要がある。儀式を行うには「だいばの人形幣」といわれる人型の御幣や、爪や髪の毛を入れた「みてぐら」という装置を作り、独特の音楽的抑揚のある祭文をまる一週間にもわたって唱えて家の中のスソや山の神などをその中に集める。そしてそれを山の中にある「スソ林」に埋めるのだという。
いやあ、この講演はおもしろかった。こんなに不思議な習俗が残っている土地が日本にまだあったとは。これは、伝奇ホラーを書きたい方には絶好の材料かもしれないな。
さて、講演が終わったあとは、妻と待ち合わせて観光地桂浜へ行ってみる。
桂浜に着いてみると、駐車場の隅ではおっさんがふたりで将棋を指していた。そういや、きのう歩いた高知城公園でも何組ものおっさんたちが青空の下将棋盤を囲んでいる光景に驚いたものだ。高知ってのは、よっぽど将棋が好きな人が多いのだろうか?
有名な坂本竜馬像は改修中だそうで覆いがかけられていて頭しか見えずがっかり。土佐闘犬センターに尾長鶏展示館なるものがあるので見に行ってみたのだが、傷だらけになって噛みつきあう犬たちはあまりにも痛々しくてとても見ていられなかったし、尾長鶏も、自然状態ではあれほど尾が長くはならないそうで(そりゃそうだよなあ、あんな長くちゃ不便で仕方がない)、尾を長く伸ばすだけのために狭い箱に閉じ込められた姿は憐れの一言。私には、どちらも伝統の名を借りた動物虐待としか思えなかったな。
行きはタクシーを使ったので帰りは倹約してバスに乗るか、と思っていたら、ちょうど通りかかった個人タクシーの運転手さんが「高知駅まで行くんなら2000円で乗せてあげるよ」という(行きは3000円以上かかったのだ)。「将棋をやりにきてたんだけど、忘れ物してしまい、取りに来たのだ」という。そうか、さっき駐車場で将棋指してたのはこのおっさんだったか。
「CD買ったんだけど、同じのを2枚買ってしまってね。取り替えに行ったんだけどレシートがないとダメだって。レシートをこのへんに捨てたはずなんで探しに来てみたんだけど……」とのこと(高知弁を知っている人は頭の中で変換して読んでください)。カーステレオから聞こえるのはジャズ。運転手さん、意外にジャズ好きらしい。
この運転手さん、妙に話好きで、車の中でも桂浜やらお遍路やらの話をしてくれた上(タクシーで88ヶ所全部を回ってしまう人もいるそうな)、車を降りるときにはなんとこんなことを言い出した。
「ここで会ったのも何かの縁だから、明日も観光するんならおいちゃんが1万円で一日案内してあげるよ。普通なら2万円以上かかるんだけど」(高知弁)。
1万円というのは確かに破格に安い。私たちは迷った挙げ句、結局この「おいちゃん」に案内してもらうことにしたのであった。しかし、自分のことを「おいちゃん」と呼ぶ人間に出会ったのは初めてだ。寅さんは別として。
さて今日の夕食は三翠園でとることにしたのだが、なんと展望レストランは西武ライオンズによる貸しきりだそうで、食事は自室でということに。西武め。ちょっとがっかりしたのだが、出された夕食はそんな不満を一蹴するほどのうまさ。部屋はちょっと期待外れだったけれど、料理はさすがに一流ホテルである。でも、高知は魚も野菜も素材がいいせいか、何を食べてもうまいような気がするなあ。
2月5日(金)
高知1日目。
高知は思ったよりけっこう、いやかなり都会でありました。山口市よりはるかに都会、と妻は悔しげに申しております。
中心街はかなりにぎわっていて西武や大丸もあるし、アーケードや公園もよく整備されていてきれい。活気がある街である。しかも夜空の星もよく見えるし、いいとこじゃありませんか。住むには快適そうな街である。ただ、本屋が少ないのと、民放が3局しかないのが難点。
映画館は小さいけれど、『逮捕しちゃうぞ』『ガンドレス』などアニメの上映予定があるらしい。しかも県民ホールでも映画の上映会をやっているらしく、街中にポスターが貼ってある。そのラインナップがなかなかすごい。今日は『ニルヴァーナ』、来週は『CUBE』、そのあとは『ウィッカーマン』『ピンク・フラミンゴ』と続くのだ。どういう主催者なんだ、いったい。それぞれたった1日だけの特別上映なのだが、東京や大阪といった大都市にも出ずにこれだけのラインナップを観られる高知市民はきわめて幸福といえよう。しかし客が入るのかなあ。それだけがちょっと心配である。
アーケード街にて「ファウスト」という名の喫茶店を見つける。変なセンスだなあ、と思ってしばらく歩いていたら今度は喫茶店「メフィストフェレス」を発見。チェーン展開しているのか、もしかして。しかしメフィストフェレスはないだろ。喫茶店に。
街角では広末涼子、ではなく広末涼子を使った高知市のポスターを発見。「生まれた街がきらきらしてるのっていいね。スキです、高知」(うろおぼえ)といった感じのコピーがついている。ってことは、今まですっかり失念していたが、高知は広末涼子の出身地でもあったのか。とすると、ここを広末涼子が歩いていたのか。広末涼子はこの空気を吸って育ったのか、と思わず深呼吸する私である(バカ)。
いや住みやすそうないい街だわ、と思って歩いていたのだが、ふと見上げると何気ないビルの3階に「浅川除霊院」の看板。除霊院などという言葉を私は初めて知りましたよ。うう、やっぱりここは『狗神』の土地なのね。そのほかにも、新興宗教(といってもあんまり新しいやつじゃなくて、天理教とか金光教とか生活密着型の宗教ね)の建物がやたらと多いのにはびっくり。祈祷とか信仰が生活に根付いている土地柄なんでしょうね。その他妙に多いと感じたのはゲームセンター。ナムコランドとか、ネオジオパークとか、東京にもないようなゲーセンがいっぱい。アーケード街など、歩いていればゲーセンに当たるような印象があったのだが、これは気のせいかなあ。
今日は学会にはちょっと出ただけで夜は懇親会。でも知らない先生ばかりだったけど。出た料理は残念ながら皿鉢料理ではなく、和洋中折衷の宴会料理だったけど、それでもけっこううまい。
懇親会の途中で、余興だといって赤いさらしを巻いた上に黒のはっぴを着た若人たちが現れ、鳴子を持ってわけのわからん踊りを踊る。これが現代的に進化した「よさこい節」の姿だというのだが、むやみに激しい動きで、リズムはどう考えてもロック。ああ、「ソイヤサ」が出たよ。このぶんでは、日本各地の祭りが「ソイヤ」一色に染まってしまう日も近いのではないか。狂ったように踊りまくる姿は伝統芸能というより、どうみてもヤンキーである。
しかし、なぜヤンキーと祭りはこれほどまでに親和性が高いのか。
さて本日の宿は高知では名高い「三翠園」。しかし、眺めは悪いし狭い洋室だし、うーん、これが一流?という部屋である。実は、ちょうど高知でキャンプ中の西武ライオンズがこのホテルを宿舎にしていたのだ。もしや、いい部屋はみんな西武に取られてしまったのか?
ロビーには記者証をぶらさげた取材陣がたむろしているし、廊下などでも選手らしき人を何度か見かけたのだが、野球に興味のない私には選手の顔がまったくわからない。顔の見分けがつけばもっとドキドキできたかと思うと、ちょっと残念である。たとえ松坂とすれ違ったとしてもわからんだろうなあ、私には。東尾ならわかるかな(<選手じゃありません)。あ、清原もわかるな(<もう西武にはいません)。
大浴場に行ってみると、脱衣場には西武のTシャツやジャージ。中に入ると、美しい筋肉を持った裸の青年たちがたむろしているではないか! おお、これが野球選手の肉体なのか。
ちょっとドキドキしたぞ(なぜドキドキする)。
2月4日(木)
都市伝説のコーナーのあるサイト二つから、リンクの許可を求めるメールをいただきました。うちのページが「黄色い救急車」ページとして知られるようになる日も近いか(笑)。
まず最初は
平和台病院ホームページ。なんでまた病院のページから、と驚いたのだが、この中の
医学雑談「お大事に」というコラムの番外編として医療業界の都市伝説が多数紹介されているのであった。有名な「膝の裏にフジツボ」や、私も
以前書いたことのある「壁に耳あり」などとともに、「黄色い救急車」も紹介されているのであった。病院ページというと、理事長の挨拶とか病院の理念とかそういうどーでもいいようなことしか書いてなくて、一度見たらもう二度と見なくてもいいようなページばっかりなのだが、ここは珍しく何度でも来てみたくなるようなページである。
もうひとつはゲームデザイナー米光一成さんの
こどものもうそうというページ。ここにも都市伝説コーナーがあって「人面犬」や「テケテケ」などさまざまな伝説が思いつくままに紹介されている。
このふたつの都市伝説サイトに共通して取り上げられているのが、「死体洗いのアルバイト」と「プルトップで車椅子」の伝説。最初のは、私の経験からそんなバイトは存在しないことは確実なんだけど、あとの方は「伝説」と言いきられると私は困ってしまう。私は、この「伝説」の発信源を知っているのだ。
米光さんのページにも書かれているのだが、この「伝説」は、10年くらい前、土曜深夜に放送していた「さだまさしのセイヤング」というラジオ番組が起源である。そのころ、私は高校生から大学生になったくらいのころ。そのころの私はこの番組の熱心なリスナーだった(ちょっと恥ずかしい過去である)。
この番組に、あるリスナーの葉書から始まった「リングプル(この番組ではプルトップのことをこう呼んでいた)を集めてアルミを回収業者に引き取ってもらい、そのお金で車椅子を買って寄付しよう」というコーナーがあったのだ。さだまさしの呼びかけで、原宿にあったさだまさしグッズの店「あ・うぃーく」(驚いたことにそういう店があったのだよ。それとも今もあるのかな)には全国から大量のプルトップが集まり、結局車椅子2台を買うだけのアルミが集まった、という報告があったはず。
おそらく、この話が口伝えに広まるうちに、いつのまにか「アルミを回収業者に引き取ってもらう」という部分が脱落し、プルトップを集めればどっかの団体が車椅子と引き替えてもらえるような噂として伝わって行ったのだろう。
流言だと断言している新聞もあったけど、さだまさし自身もエッセイで、流言説に対して反論していた記憶がある。
というわけで、これは根も葉もない噂ではないのだ。まあ、一人歩きしてしまった時点で、立派な都市伝説になってしまったともいえるのだけど(なお、当時の新聞記事などをまじえた
詳しい経緯が米光さんのページに紹介されています)。
近所の古本屋の店先の100円均一棚でエドガー・ライス・バロウズ
『ターザンと豹人間』(ハヤカワ文庫SF)ゲットだぜ! 店員の顔色を見ながら、興奮を気取られぬよう、「こんな汚い本、本当はいらないんだけど100円なら買ってやるか」というようなそぶりでレジに差し出す。ほかにも光瀬龍『アンドロメダ・シティ』や、早くもホーガンの『量子宇宙干渉機』まで並んでいたぞ(買わなかったけど)。どういう均一棚なんだ、ここは。
妻が見ている「リング〜最終章〜」を横から眺めていたら、最後に『バースデイ』の宣伝が。それによれば「『バースデイ』は鈴木光司の最新刊、
リング・ワールドの完結編」だそうな。いやあ、鈴木光司がリングワールドの完結編を書いてくれるとは思わなかったぜ。パペッティア人も出てくるのかな(笑)。
さて明日から私は高知へ行ってきます。次回更新は日曜日になると思います。いや、もしかしたら日曜はSFマガジンの締め切り間際の修羅場なので更新できないかも。
2月3日(水)
奇妙なメールが届いた。
タイトルはひとこと「auguri」。
もしや聖なる儀式のお知らせか、とも思ったのだが(それは「アングリ」)、そうではなかった。
本文はきわめて短くて、
-TANTI AUGURI
ISCHIA (NA) (CAMPANIA) fittasi in villa centrale panoramico 4 vani servizi terrazzi balconi posto auto giardino cantina lunghi o brevi periodi. Foto su internet.
というもの。イタリア語なんだろうか。こんなもん送ってこられても読めないって。
本文はこれだけなのだが、このメール、その前がやたらと長い。膨大な量の送り先アドレスがついてきたのである。数えてみるとなんと505人分。CCで送るなよ。送り先の共通点を探せば何かの手掛かりになるかと思ったのだが、これが驚くほど統一性のないリストである。日本のアドレスもけっこうあるのだが、calvin.princeton.eduとか、lettera.skios.es、bridge.de、sask.usask.ca、inf.bme.hu(どこの国だ、これ)などというアドレスもあって、国もまったくバラバラだし、全然共通点などなさそうなのだ。いったいどこで集めてきたんだろう、こんなアドレスのリスト。私のアドレスがnifty.ne.jpではなくniftyserve.or.jpになってるということは、だいぶ前だと思われるのだが。
メールの最後にはURLアドレスがついていたので、そこに飛んでみたが、謎はさらに深まるばかり。それが
ここなのだが……イタリアのナポリにある建物のサイトだということだけははわかった。しかしこのサイト、どこまで行っても人間の誰も映っていない安アパートのような建物とその周囲の風景の写真しかないのだが、別荘か何かなんだろうか、これは。壁は汚いし、外はなんとも荒涼とした風景が広がっているし、しかも写真もおそろしく下手だし、いったいこんな退屈なサイトを世界中の人々に見てもらってどうしようというのか。もしかして、この建物を買えっていってるんだろうか。students.chiba-u.ac.jpほか、学生らしいアドレスもいっぱいあるから、まさか別荘を売ろうというメールじゃないと思うがなあ。
イタリア語に詳しい方、上の文章の意味だけでも教えてもらえませんか?
最近、うちの日記がほかの日記に引用されたりリンクしてくれることが増えてきたのだけれど、そういう場合、diary.htmlにリンクされるとファイルネームを変更したときにリンク先が変わってしまって不便である。そこで、
冬樹蛉さんに倣って、過去日記と同じフォーマットのファイルネームで、最新日記のコピーを作ることにした。リンクするときにはdiary.htmlではなくそちらのファイル(今なら
diary9902a.html)の方にリンクするようにしてください。
新井素子
『チグリスとユーフラテス』(集英社)購入。
2月2日(火)
当直でした。
西澤保彦『念力密室!』(講談社ノベルス)読了。
密室もののミステリってのは、だいたい「どうやって密室にしたのか」という点が興味の中心になる。密室ものの名作といわれる作品を思い出してみると、思い浮かぶのはたいがい鮮烈な密室トリックだろう。機械的だったり心理的だったりするさまざまな密室構成法が考えられてきたけれど、密室ミステリに隠されたもうひとつの地味な、でも重要な謎に関心が向けられることは、あまりない。
「なぜ密室にしたのか」。
考えてみれば当然の疑問である。犯人にはわざわざ密室を作るだけの理由がなければならない。「自分を容疑の圏外におくため」とか「自殺を装うため」とかいうのがありがちな理由だけど、果たしてそんな理由でめんどうな密室など作る気になりますかね。もちろん、現代の密室小説はみんなそこに知恵を絞っており、中には独創的な「なぜ」を考えた作品もあるにはあるが、密室が登場すれば読者としては「どうやって作ったか」に興味を覚えてしまうわけで、「なぜ作ったのか」はいくら考え抜かれた理由であってもどうしても印象に残りにくいうらみがある。
そんな密室ものの「常識」に敢然と反旗を翻したのが『念力密室!』である。「どうやって」という謎にはすべて「サイコキネシス」という掟破りな解答を与えて最初から謎でなくしてしまう。それによって、「なぜ密室にしたのか」というこれまで目立たなかった疑問を徹底的にクローズアップした作品集なのである。つまりこれは、密室小説をハウダニットからホワイダニットに変えた短編集なのだ。
どの短編もパターンは一緒で、判で押したように舞台はすべてマンションやアパートの一室。殺害方法も包丁で一刺しなどといったごくごくありふれたもの。中盤のディスカッションにアームチェアディテクティヴ風の結末という構成も同じ。そこで執拗に繰り返されるのが「なぜ」という疑問である。ここまでくると、ひとつの主題にもとづく変奏曲集といった趣きさえ感じられる。
しかし、これだけでは本格ファンは喜んでも一般読者に読まれる作品にはならないわけで、そこを救っているのが、保科、継子ちゃん、そして能解警部の3人の恋愛描写ですね。純粋論理を楽しむ本格推理と、キャラクタ小説とを両立させた、このあたりのバランス感覚は絶妙。たぶん、この短編集を書きたいために作者はこのシリーズを始めたんじゃないかなあ。最後の最後に毛色の違った「念力密室F」を持ってきて全体の様相をがらりと変えてしまうあたりもうまい(なんだか突然、保科たちの前途に暗雲が垂れ込めてきたようでとまどってしまいましたが)。
本格好きになら文句なく勧められる傑作短編集である。
そうそう、この人も高知出身だっけ。西澤保彦記念館とかあれば行くんだけど(ありません)。
2月1日(月)
SFマガジン4月号では「SFファンのためのインターネット・ガイド」という企画をやるらしいのだけど(3月号の次号予告に載ってます。いつもみたいに巻末じゃないので見逃してる人も多そうだけど)、その中の書評系サイトの紹介を私が担当することになりました。紹介したいページは山ほどあるのだけれど、残念ながら紙幅には限りがある。これは外せないしなあ、でもこっちも捨てがたいし、と悩みに悩みぬいて選んだページの管理者に今日やっとメールを送る。
のんびりかまえていたら、いつのまにか締め切りは迫っているわ、週末には学会出張で高知に行かなきゃいけないわでもう大変。えー、私からのメールが届いた方、ここを見てたら早く返事下さいね。
精神医学の専門誌、その名も
「精神医学」という雑誌では、去年一年間
「日本各地の憑依現象」というシリーズを連載していた(今年もまだ続くのかもしれないけど)。毎号、日本各地の研究者が実際に経験した憑依現象についての論文が掲載されていて、これがけっこうおもしろかった。しかし、
「山陰地方の狐憑き」とか
「滋賀県湖東の山村で発病した猫憑き」などといったタイトルが、最新の神経薬理学の論文と並んでいる目次はなんとも不思議で、とてもひとつの学問とは思えないほどである。
そのほかタイトルだけ挙げてみると、
「北海道のトゥス」、
「群馬のオサキ憑き」(オサキというのは、オコジョともいうイタチに似た動物である)、
「沖縄の憑依現象 カミダーリィとイチジャマの臨床事例から」などなど。中でも異彩を放っているのは
「飛騨高山の憑きもの俗信牛蒡種」で、牛蒡種はゴンボダネと読んで、植物のゴボウのこと。飛騨高山には「牛蒡種筋と呼ばれる家系があって、その筋の者に憎悪や羨望などの感情を持たれると、牛蒡種の生霊が憑いて精神異常をきたす」という俗信があるのだ。植物が憑くとは珍しいが、牛蒡種という名前は、修験者同士の呼称である「御坊」に由来し、それが植物の牛蒡に転化したという説が有力らしい。
ずばり
「徳島の犬神憑き」という論文もあって、これはまさに坂東眞砂子の『狗神』の世界。この論文によれば、犬神の伝承は特に四国の徳島県、高知県、九州の大分県において顕著で、小さな犬のような姿をしているとも、鼠のようなものtとも言われているらしい。犬神はある特定の家筋に代々伝えられるとされ、その家筋を「犬神筋」「犬神統」などと呼ぶ。この家筋の者に怨まれたり妬まれたりすると、犬神に取り憑かれて病気になると考えられており、そのため犬神筋(統)の者との縁組は現在でも忌み嫌われており、重大な社会問題になっているとか。
徳島県南東部のある町では、現在でも犬神信仰が根強く残っていて、多くの家の戸口には賢見(けんみ)神社のお札(この神社、「犬神落とし」で名高いとのこと)、赤い色の御幣、打ち上げ花火の殻を何個か連ねたものなどの、犬神除けの呪物が掲げられているらしい。
さて犬神が憑依するとどうなるか、ということだが、これは非常に範囲が広くて、いわゆる人格が変化する憑依状態のほかにも、突然の高熱や足の病気、果ては登校拒否に至るまでが犬神憑きによるものと考えられてしまう、とのこと。この町では、原因不明の病気、あるいは現代医学では治療できない病気はすべて犬神による憑依と解釈され、「犬神落とし」のお祓いの対象になるのである。
家族や自分が理不尽にも精神疾患や慢性疾患にかかってしまった場合、それを「犬神憑き」と名づけることによって、病気には意味が与えられ耐えられるものになる、というわけだ。これはこれでひとつの尊重すべき解釈体系といえるかもしれない。ただ、犬神筋というスケープゴートを必要とする体系なのはかなり問題があるけど。