ホーム  話題別インデックス  書評インデックス  掲示板

←前の日記次の日記→
6月30日(金)

 うちのページに言及したこんな日記を発見。うーん、かなり事実誤認がありますね。新月お茶の会にいたのはキバヤシじゃなくてMMRじゃ脇役のトマルだし、私と同じ代ではなく1つ下。小原篤記者は確かにお茶の会にいたけど私より1つ上の代。そのほかお茶の会出身の有名人といえば、私より3学年くらい下にコバルト文庫などで活躍中の弓原望がいます。小森健太朗も一瞬在籍していたらしいが、私がいたころにはすでにいなくなってました。
 しかし、今回のリンク先は、よく見れば5ヶ月も前の日記ではないか。一瞬にして情報が伝わるウェブで船便なみのコミュニケーション。それもまたよし(船便だって5ヶ月はかからないよなあ)。

 5月16日の日記で、赤川次郎の『午前0時の忘れもの』(1994)は映画『愛が微笑む時』(1993)のパクリなのではないか、というようなことを書いたところ、愛・蔵太さんから、単行本になる前に雑誌連載されているので前後関係についてはもう少し調査が必要なのではないか、とのご指摘をいただいた。
 ずっとそのことが気にかかっていたのだが、たまたま今日、本棚の奥から赤川次郎『午前0時の忘れもの』の白泉社版を発見したので、早速初出を確認してみた(現行の集英社文庫版には初出表記がないのだ)。それによれば、『午前0時の忘れもの』は「MOE」1992年11月号〜1994年3月号掲載。ということは、微妙なところだが、1993年全米公開の『愛が微笑む時』との類似は偶然の一致、ということになりそう。
 あらぬ疑いをかけてしまてすいませんでした、赤川次郎さま。
6月29日(木)

ヤフー!オークションに 「タイムマシン(本物)」を出品した人物shikumi0氏について考える。考察はそれほどおもしろくないが、ここに掲載されているshikumi0氏の最後のメッセージはなかなか感動的。
「タイムマシン(本物)」(2000/06/09/19:47出品)は Yahoo! JAPANにより終了22時間前にして削除されました。 ●●●この試みは完全に失敗しました。人類は救われました。●●●
 SFだなあ。

 開業医の平均月収は236万9000円だとか。いいよなあ。勤務医である私などからすると、まったく別世界の話である。

 無罪判決を受けたネパール人の再拘置を認めたのは、井島一友、大出峻郎、町田顕の3名の裁判官。反対意見を述べたのは藤井正雄裁判長と、遠藤光男裁判官。今後の国民審査の参考に。でも、大出、町田両裁判官はついこの前の日曜日に信任されたばっかり。もう定年まで国民審査は受けないのか。残念。

 ウィリアム・ホープ・ホジスン『夜の声』(創元推理文庫)読了。怪奇幻想強化月間その4。海洋怪奇小説を集めた短篇集なのだけど、やはり、表題作の「夜の声」がもっとも完成度が高いですね。言うまでもなく、映画『マタンゴ』の原案となった作品で、奇想と哀感が溶け合った名作。
 しかし、海洋怪奇小説というのはあまり展開のバリエーションがないようで、あとの作品はどれも似たり寄ったりなのが難点。主人公の乗った船が、海藻だらけの海で廃船に出くわすという作品をいくつ読まされたことか。巨大海蛇あり、カニ女あり、意識を持ったカビありといろいろと趣向はこらしているのだが、物語がパターン化してしまっていることは否めない。
 解説によれば、ホジスンという人は、ボディビルにはまったり、フーディニをぐるぐる巻きに縛り上げたり(あまりにきつく縛ったのでフーディニは脱出に2時間もかかったそうな)、自ら志願して戦争に行って戦死してしまったりと、かなりマッチョな人だったらしく、この短篇集でも、心理的な恐怖というよりむしろ即物的なモンスターものや冒険ものが多いようである。
6月28日(水)

 当直明けは疲れます。
 ちょっとだけ原稿書いて寝る。いまだに、締め切り3件抱え中。さらにもう1件増えるかも。

 重松清『ナイフ』(新潮文庫)、岩本隆雄『星虫』(ソノラマ文庫)、森奈津子『西城秀樹のおかげです』(イースト・プレス)購入。
6月27日(火)

 当直。
 外来1件、電話少々。今夜はあんまり忙しくなかったなあ、と当直室のベッドに入り、ぐっすり眠っていたらいきなり電話が鳴る。時計を見ると午前4時。
「あー、眠れないんですが、どうすればいいでしょうか」
 いったい、私に何をしろというのか。
 その後「眠れない」という電話がさらに2回(そのうち1回は最初と同じ人)。しかも、これがまた私が眠りについたころを見計らったかのようにかかってくるのだ。これは私に対する嫌がらせであろうか(←被害妄想)。
 まあ、眠れないことには同情するのだが(私は眠れなくて苦しいという経験はあまりないのでなかなか共感できないのだが)、こういう人たちは、病院に電話をすれば何か解決を与えてくれると思ってるのかなあ。いくら精神科医でも、電話だけで眠れない人を寝かしつけることなどできませんって。
 おかげで翌日は眠くて仕方がなかったぞ。看護婦と違って医者は当直明けでも仕事をしなければならないのだ。
6月26日(月)

 選挙終わる。みらい子さんの書いてた原よう子25歳も比例区で当選して何より。めざせアイドル代議士。
 私としては、栃木1区で、水島広子という、私より1つ年上の精神科の女医さんが民主党から立候補して当選していることに驚きました。しかも船田“不倫”元を破って。私はこの方本人には会ったことはないけれど、この方の父親にはお世話になりました。というより、医療関係者なら必ずこの方の父親にお世話になっているはずである。
 父親の名前は水島裕という。といっても別に声優ではなくて医者である(ついでに自民党の参議院議員。父親は自民党で娘は民主党なのね)。そして『今日の治療薬』の編著者。この本、薬の情報が書いてある辞書みたいな本で、医者や薬剤師の必需品。どこの病院にも必ず置いてある、知られざるベストセラーなのですね。私も、毎日のようにお世話になってます。

 ピーター・アクロイド『原初の光』(新潮社)読了。前作『魔の聖堂』は「イギリス版帝都物語」と紹介されていたが、この小説はさながら「イギリス版妖怪ハンター」(というかイギリス版〈稗田礼二郎のフィールド・ノート〉。同じか)。きわめて要約が難しい小説なのだけど、登場する要素を箇条書きのように列挙すればこうなる。
 小さな天文台で星を観測している天文学者。自らのルーツを求めて村を訪れた元役者。レズビアンの環境庁役人。すれちがう会話。盗まれる出土品。空を飛んだ子供たち。遺跡の入り口に刻まれた謎の紋様。数十年前に遺跡で忽然と消えた女。同じ場所で自殺したその夫。次第に精神に異常をきたしていく天文学者。くりかえされる狂躁的な会話。絞首刑にされた古代の人骨。古墳の地下に隠されたトンネル。村人たちの秘密。宇宙と人間。祖霊崇拝。アルデバランの接近。そして〈オールド・ワン〉の復活と、人々の上に訪れる救い。
 生と死、宇宙と人間、そして時空のはじまりから終わりまでをひとっ飛びに駆け抜ける結末は、下手なSFよりも遥かに壮大で感動的である。かなり大部の小説だし、中には退屈を感じるところもあったのだが、すべてはこの宇宙的規模の結末のためと思えば充分読む価値はある。人はどこから来てどこへ行くのか、死んだ人の心はどこへ行くのか。こうした永遠の謎を、英米文学には珍しく、キリスト教的な価値観によりかからずに(むしろ、この作品の祖霊崇拝的な思想は日本的ですらある)描いた作品。
 SFとして出版された作品ではないが、これは間違いなくステープルドンの系譜を継ぐ本格イギリスSFである(天文学者の章にはラブクラフトを思わせるところもある)。今のところ今年読んだ小説のベスト。すごいぞピーター・アクロイド。
6月25日()

 選挙に行く。政権は自民党でも民主党でもそう変わりはないだろうが、森喜朗の首相続投だけはやめてほしいので、民主党に投票。でもどうやら連立与党は過半数を超え、森首相続投になりそう。ちぇ。
 いつもとは違う道を通って家に帰ってみると、途中で「イタリア風レストラン」と銘打った店を発見。バジリコスパゲッティを頼んでみたら、出てきたのは、油ギトギトの麺の上に、粗く刻んだ葉っぱを乗せたもの。なんとなく和風な香りが漂っている、と思ったら、この葉っぱはシソではないか。バジルとシソって違うものだと思うのだが。それにこの油、絶対にオリーブ油じゃないよ。これではバジリコスパゲッティというより、シソ焼きそばである。まあ、そういう料理だと思って食べれば別にまずくはないのだが、バジリコスパゲッティと言われてこれが出てくるとぎょっとしてしまう。
 なるほど、イタリアンレストランではなく、イタリアレストランなのは、こういうわけか。

 『山尾悠子作品集成』(国書刊行会)、松尾由美『おせっかい』(幻冬舎)、平勢隆郎(「勢」の左上の部分は本当は「生」、「隆」も本当は「夂」と「生」の間に「一」が入る。ややこしい字の著者である)『中国古代の予言書』(講談社現代新書)購入。
6月24日(土)

 新宿の大塚家具に行き、妻が気に入ったという一人用のリクライニングチェアを購入。ついでに家のパソコンチェアがあまりにボロボロなので買い換えようかと、事務家具売り場へ。
 売り場に向かう途中、担当の研修生(この店では客一人一人にマンツーマンで店員がつくのである)が我々にこう訊いてきた。
――アーロンチェアをご存知ですか?
 その瞬間、2年前の出来事が脳裏に甦った。2年前、ヤマギワ・リビナ館で、我々はYチェアを知らないばかりに屈辱を受けたのだ
 Yチェアは知らないが、アーロンチェアなら知っている。
 私は何気ない調子でうなずきながら、心の中では、力の限りこう叫んでいた。
――知ってるさ!
 勝った。何に勝ったのかはよくわからないが、とにかく勝った。私はついに2年前の雪辱を果たしたのだ。事務家具フロアは品揃えが悪くて、気に入ったチェアは見つからなかったし、灰色の空からはじめじめと雨が降り続いていたが、それでも私は晴れやかな心で家具店を出たのだった。
 その後、私の得た勝利について意気揚揚と妻に話したところ、妻はこう言った。
「ヤマギワで勝たなきゃ雪辱にならないでしょ」
 ……そうか。
「それに研修生だし」
 ……。
 よし、次はヤマギワの正社員に勝つ!
 って、何に勝つんだ。

 さて久方ぶりの各国料理探訪(私はいろんな国の料理を食べに行くのが好きなのである)。今日は、新宿歌舞伎町にあるスコティッシュ・パブ「ヘーゼルバーン」で夕食を食べてみた。
 まずはスコットランドの郷土料理ハギス。ひき肉のペーストのような食べ物でけっこううまいが、ここのものは日本風にアレンジされており、本場ものとは違うようだ。本物のハギスは刻んだ羊の内臓を胃袋に詰めて煮たもので、けっこう癖があるらしい。
 定番のフィッシュ&チップスはボリュームがあるし、ご丁寧に下に新聞紙まで敷いてあるのだが(イギリスのパブだって、いくらなんでも店内で食べるときには新聞紙で包みはしないと思うのだが)、ついてくるのがホワイトソースなので、ただの白身魚のフライといった感じ。やっぱり、フィッシュ&チップスにはモルト・ビネガーじゃなくちゃねえ。
 食事はまあまあといったところなのだけど、ここではやはり本場のイギリスエールが飲めるのが魅力(でも1パイント1000円は高いよ)。ペールエールのオールド・スペックルド・ヘンと、もうちょっと色が濃くて苦いビターエール(名前忘れた)を飲んでみる。どちらも美味。やっぱり私は普通のビールよりもイギリスエールの方が好きらしい。最近じゃ、ギネスがある飲み屋では必ずギネスを飲んでいる私である。でも、ビンのギネスは泡がクリーミィじゃなくてあまりうまくないのだけど。
6月23日(金)

 わけあって、井手さんと鈴木力さんと池袋で飲み。

 株式人間というのはどうか。
 赤ん坊が生まれたときに、親がその子どもの株券を発行して売る。で、それを売ったお金を養育費にあてる。幼稚園に入ったとか、入試に落ちたとか、失恋したとか、何かイベントがあるたびに株価が変動。最初は親戚くらいしか買ってくれる人がいないだろうけど、成長するに連れてだんだんと人気の株も出てきて、そのうち一部上場する人とか出てきたり。才能があるのにお金がないという人は自分の持っている株を売って学費にしたりする。でも、あまり売りすぎて株を買い占められると、その人に乗っ取られてしまうので注意。中には、それを目当てにヒロスエ株とか買う人もいたりして。
 うーむ、あんまり広がらないな、このネタは。これは、私が株のことなど全然わかってないというのが原因だろうな。

 ウェブ日記を禁止された人々。何も禁止しなくてもいいように思うのだけど。

 池袋芳林堂書店で『山尾悠子作品集成』を探すが見つからず。すでに買われてしまったか。買ったのは、小松左京『虚無回廊III』(角川春樹事務所)、根本圭助『異能の画家小松崎茂』(光人社NF文庫)、SFマガジン8月号。山岸真さんが紹介しているポール・ディ・フィリポの「反抗する本」のアイディアがいい。この作品の未来では、“本”とは身長1メートルの人造生物で、その脳にはテーマ別の知識がつめこまれ、要求に応じて記憶している内容をしゃべるのだそうな。そして、本どうしが交配することにより、知識がブレンドされていき新しい知識が生まれるのである! なかなか魅力的な設定ではないですか。読みたいなあ。
6月22日(木)

 本格幻想怪奇にもちょっと疲れたので、箸休めに軽めの作品を読んでみた。
 島田荘司が推薦、帯に「乱歩、彬光、荘司……そして松尾詩朗」とまで書かれちゃ読まないわけにもいかない松尾詩朗『彼は残業だったので』(カッパノベルス)なのだけど、これがなんとも。文章や人物描写が稚拙なのは、まあ新人なので仕方がないところ(『御手洗パロディ・サイト事件』に書いてた人らしいけど、そっちは未読)。でも、この種の作品で、トリックがここまで幼稚で話にならないというのは致命的なんじゃないだろうか。少なくとも私は、最後まで読んで、本を壁に叩きつけたくなりましたよ。
 真相として提示されるのは、読者の誰もがまず最初に考えて、まさかこんな単純な話じゃないだろう、と捨て去るようなトリック。このくらいのこと、鑑識が気づかないはずがないのでは。今どきこの程度の単純なネタだけじゃ、短篇すら支えられません。呪術の儀式通りに事件が起きたという謎の処理方法にしたって、まったく納得がいかない。ジョークのつもりかもしれないが、全然おもしろくない。
 それに、中井が視点人物になっている章の出来事を、語り手はどのようにして知ることができたんだろうか。1998年9月の話なのに、ある人物が「木村拓哉・静香」という偽名を使っているのも謎である。また、作者が写真が好きだということはわかるが、物語の本筋とはまったく関係なく、写真関係の熱い語りが唐突に始まってしまうのにも閉口した。こういうことは、物語に主張を違和感なく織り込めるようになってからやってくれ。これは、あまりにもずさんな小説としかいいようがない。
 と思って、改めて島田荘司の推薦文を読みなおしてみると、おお、作品を読む前の印象とは違い、本書をまったく誉めてはいないではないか。「『占星術殺人事件』の各記号を活用して」書かれた作品だから「推薦文を書かなくてはならない」と書いてあるだけ。本書の内容については一言も触れていない。乱歩、彬光といった名前にしても、乱歩の推薦で木彬光がデビューし……といった連鎖がありますよ、と書いているだけで、この新人がそうした大家に比肩しうる、と言っているわけではないのだ。
 そうか、島田荘司も、ついに大森望並みの叙述トリックを使うようになったのか。やるな、島田荘司。中の小説だけを読めば駄作だが、帯やカバーの推薦文も小説の一部とみなせば、叙述トリックの傑作といえるかも。

 BS2でやってた映画『トプカピ』(1964)を見る。いや、これは拾い物。メリナ・メルクーリ演じる女盗賊が、発明狂の貴族、軽業師、力持ちなど前科のないエキスパートを集めて、警戒厳重なトプカピ宮殿博物館の宝剣強奪計画に挑むという、ルパン三世タッチの犯罪コメディ。一芸に秀でた素人たちが集まって厳重な建物に潜入するあたりは『火神を盗め』などの山田正紀の冒険小説を思わせるし、床に仕掛けられたセンサーを避けるため、博物館の屋根からロープを伝わって降下するあたりは『ミッション・インポッシブル』。のちに多くの作品を生んだ原形のような映画である(★★★★)。
6月21日(水)

 怪奇幻想強化月間その3として、J・S・レ・ファニュ『ゴールデン・フライヤーズ奇談』(福武文庫)読了。1871年に書かれた作品である。
 イギリスの美しい湖畔の村ゴールデン・フライヤーズ。この村では古来からマーダイクス家とフェルトラム家の二家が繁栄してきたが、いつしかフェルトラム家は没落。フェルトラム家ただ一人の末裔である美青年フィリップは、横暴なベイル・マーダイクス准男爵の使用人として、犬畜生同然の扱いを受けている。あるとき、ベイル准男爵に盗みの疑いをかけられたフィリップは、マーダイクス家を出て行くことを決意。嵐の夜にボートで湖に漕ぎ出し、何かに引きずり込まれるようにして湖に落ちて命を落とす。
 しかし、その翌日、館に安置されていたフィリップは奇跡的に息を吹き返す。甦ったフィリップの性格は以前とは一変、冷笑的で悪魔的な青年になっていた。次第にベイル准男爵はフィリップを恐れるようになり、フィリップとベイル准男爵の力関係が少しずつ逆転していく……。
 もっと古臭いかと思っていたら、フィリップとベイル准男爵の関係がなかなかサスペンスフルで読ませる作品。ただ、おもしろいといえるのは中盤までで、後半になると、フィリップは唐突に物語から姿を消し、いきなりフィリップの弟ウィリアムだのベイルの嫁だのが登場するなど(フィリップはフェルトラム家ただ一人の生き残りのはずだったのに!)、明らかに物語は破綻してくる。おまけに、すべての謎には何の解決も与えられないままいきなり終わってしまうし。
 まあ、細かいところにこだわらなければ、正調英国怪奇小説の雰囲気は十分に楽しめる作品である。

 吉田戦車『スカートさん(1)』(ソニー・マガジンズ)、唐沢なをき『けだもの会社(2)』(集英社)購入。

 7月4日から7日まで、中野武蔵野ホールで『危いことなら銭になる』を上映するらしい。これは見なければ。
過去の日記

過去の日記目次

home