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10月20日()

恩田陸『木曜組曲』(徳間文庫)読了。「記憶」に「書くこと」をテーマにした、いかにも恩田陸らしいミステリ、なのだけれども、恩田陸に本格ミステリを期待しちゃいけないんだろうな。推理の果てにひとつの「答え」にたどりつく、という本格ミステリの形式は、恩田陸の作風とは最も遠いものだし。だから、たとえば同じような回想の殺人を扱った西澤保彦の『夏の夜会』などに比べると、この作品のキャラクターは一歩ずつ着実に推理を進めるというよりも、ぽんぽんと好き勝手なことを言い合っているようにみえる。結末で明かされる「真相」にも、それが本当に真相である必然性はあまり感じられない。
 もちろん、女たちのその好き勝手さ、丁々発止の会話を楽しむのがこの小説なのだから、別にそれが悪いというわけではないのだけれど。ただ、断片的な「記憶」と「予感」の物語という、いつもの恩田陸作品の特徴は希薄で、私としてはいささか物足りなく思えました。

10月19日(土)

藤木稟『イツロベ』(講談社文庫)読了。途中までは、迷宮的な幻想小説として、それなりに面白く読めたのだけれど、このエピローグは……。唐突で、しかもありきたりなトンデモ本めいた結論を持ち出してくるエピローグがそれまでの現実とも幻想ともつかない雰囲気をすべて台無しにしてしまっているような気がしてなりません。だいたい、突然登場した天才女性学者は何者なんだいったい。
 また、アフリカ、コンピュータゲーム、そして主人公の秘められた過去……といった要素が、私には物語の中でしっくりと結びついているようには思えませんでした。前半はアフリカの話、後半はアフリカの話はほとんど後景に退いてしまい、主人公の過去の話ばかり、というのはどうも小説の構成としてバランスが悪く感じられてしまう。『陀吉尼の紡ぐ糸』を読んだときにも思ったのだけれど、どうもこの人の書く小説は、私には相性が悪いようだ。

10月18日(金)

『クイーン・オブ・ザ・ヴァンパイア』を観てきました。
 要するに、これって、ロックバンドのボーカルのおっかけやってた娘が幾多の困難を乗り越え、隠し妻まで押しのけて、念願かなってちゃっかり恋人の座に納まる、という話なのでは。いや、もちろんそれだけじゃないのだけど、ただでさえ分厚いアン・ライスの小説の、しかも2冊分を大幅にはしょって映画化してしまったせいで、なんとも焦点が絞り込めてなくて、話がよくわからないところも多いのですよ。だいたい、最後に唐突に登場して女王と戦う吸血鬼たちが何者なのか、パンフレットを見るまでさっぱりわかりませんでした(どうやら前作『インタビュー・ウィズ・バンパイア』でアントニオ・バンデラスが演じていたアルマンも混じっていたらしいのだけれど)。
 アリーヤがコンサート会場に突然乱入するシーンには爆笑。怪獣ですか、あなたは(★★)。

▼ロバート・J・ソウヤー『イリーガル・エイリアン』(ハヤカワ文庫SF)、舞城王太郎『熊の場所』(講談社)購入。

10月17日(木)

北村薫『盤上の敵』(講談社文庫)読了。バンジョーの敵といえば、そりゃマンドリンかウクレレに相違ない、とかいう話はさておいて、さすがに巧いですね、北村薫。ミステリとしての仕掛けだけなら思いつくミステリ作家は多いだろうけれど、それをフルに生かすための物語がすばらしい。北村薫は、日常描写がはっとするほど巧いのだけれど、この作品の場合は目をそらしたくなるような重くつらいできごとまでそのテクニックで描写するのだからもうたまりません。並みの鬼畜作家の作品よりもイヤな気持ちになること請け合いです。
 ただ、これは『冬のオペラ』でも感じた違和感にもつながるのだけれど、この人の作品において、悪とは常に主人公の外側からふいに襲ってくるものなのですね。自分の中にある悪には目を向けず、いつも外側にある悪に背筋を寒くしたり戦いを挑んだりしている。そこにやっぱり違和感を感じてしまう。私としては、人間同士の戦いであれば、白と黒の戦いじゃなく、濃度が違うだけの灰色同士の戦いにしかならないと思うのです。ま、それじゃチェスにはならないか。

10月16日(水)

▼なんでも、文化庁が日本の現代文学を海外に普及させるため、日本文学翻訳事業をはじめるらしい。ラインナップには、夏目漱石、樋口一葉ら文豪から、宮本輝、山田詠美、末永直海ら現代作家まで並んでいるのだけれど、驚いたのは、その中に島田荘司『占星術殺人事件』、逢坂剛『斜影はるかな国』、夢野久作『ドグラ・マグラ』といったミステリ作品が含まれていること。文化庁もなかなかやりますな。しかし、SFがゼロなのは納得いかーん。寂しいところ。山田正紀か神林長平あたり訳したらおもしろいと思うんだけどなあ。ファンタジーといえるのも、内田百間『冥途・旅順入城式』、山田太一『異人たちとの夏』くらいのものだし。
 翻訳された作品は、海外の出版社に持ち込むことになるのだそうな。どこまで一般の人に読まれるかは疑問だけれど、アメリカ人が『占星術殺人事件』を読んで肝をつぶす(あるいは呆れ返る)かと思うと愉快である。しかし、『ドグラ・マグラ』は翻訳でどこまであの異様な味が伝わるんだろうか。
.....Boo----nnn---nnnn.....
Ahh--A Chaka Poko Chaka Poko.
 なんだかアメコミみたいである。

10月15日(火)

川田武『乱歩邸土蔵伝奇』(光文社文庫)読了。川田武といえば、昭和49年のハヤカワSFコンテストに「クロマキー・ブルー」で第一席入選、平成3年にはかの怪作SF映画『クライシス2050』の脚本を書いたという、知るひとぞ知るSF作家なのだけれど、久々の長篇となるこの作品も、かなりの珍作。タイトルからしてミステリと思いきや、これがSFなのである。
 昭和8年、極度のスランプに陥っていた江戸乱歩は、土蔵の中で不思議な明晰夢を見るようになる。その夢の中で乱歩は幕末に戻り、坂本竜馬と会っていたのだ! 夢について相談するために乱歩が訪れたのは、東京帝国大学精神病理学教授の小酒井不のもと。さらに探偵作家の浜尾郎とともに、乱歩は竜馬を暗殺した犯人を推理し始める……。
 乱歩と竜馬などという、まったく水と油としか思えない取り合わせで小説を書こうなんて、いったい誰が考えるだろうか(しかも、もうひとり、まったく無関係の歴史上の超有名人まで関わってくる)。実際、どう考えても何の接点もないふたりなのだけれど、そこに接点を見つけ出してしまう作者の強引さがなんともステキである。
 結末では、あまりといえばあんまりな竜馬暗殺犯の正体(これがわかったらすごい)と、昭和8年以降の乱歩の作風の変化の謎が明かされるのだけれど、だいたいこういう歴史伝奇ものというのは、奇想天外でありながら、もしかしたらそういうこともあったかも、と思わせるところに面白さがあるんじゃないだろうか。作中で語られる乱歩の作風の変化の謎には小酒井不が大きく関わっているのだけれど、現実の小酒井不木の専攻は精神病理学じゃなくて生理学と血清学だし、そもそも、昭和8年には不木はすでに死んでいる。死んでるはずの不木を生きてることにして乱歩の作風の変化を説明されても困ってしまうのである。
 ゲテモノ好きな人はぜひ読むべし。グルメ嗜好な人は読まなくてもいいです。

10月14日(月)

上遠野浩平『あなたは虚人と星に舞う』(徳間デュアル文庫)読了。〈ナイトウォッチ〉シリーズ、というか、「×××は虚×(にorをorと)×(をorに)××」シリーズの3作目。3作中、SFとしてはいちばんストレートでわかりやすい作りになっているけれど、ライトノベル的な思春期の切実さという点では前2作に一歩ゆずりますね。しかし、正義の巨人と怪獣が街中で戦う、というお馴染みのシーンをこういうふうにアレンジしますか。〈ブギーポップ〉が、等身大のヒーローが毎回街を襲う怪人と戦う仮面ライダーだとすれば、この作品は上遠野版のウルトラマンかも。
 ただし、家族だとか社会だとかという中景をすっとばして、ものすごく個人的な問題と世界の破滅をダイレクトに結びつけてしまう作風(まあ最近のライトノベルはみんなそんな感じだし、M・ナイト・シャマラン作品にも似たようなところがあるから、これは全世界的傾向なのかもしれないけれど)にはちょっと辟易ぎみなことも確か。まあ、それが中高生にとっちゃリアルなのかもしれないのだけれど。

日野啓三氏死去

10月13日()

岩本隆雄『鵺姫異聞』(ソノラマ文庫)読了。タイトル通り、『鵺姫真話』に引き続き、戦国時代にタイムスリップする話……なのだけれど、タイムパラドックスは『真話』ほど入り組んではいなくて、かなりストレートな展開になってます。私としては、複雑な前作の方が好みかな。『真話』とはかなり緊密に関係しているのだけれど、『真話』を半分忘れかけてた鳥頭の私にはよく思い出せないところもあったり。記憶力に自信のない方は、あらかじめ『真話』を読み返しておいた方がいいと思います。後半で明かされる、50億年後(!)の物語はちょいと唐突すぎるような気がしたのだけれど、まあ許容範囲ですか。

10月12日(土)

『完全犯罪クラブ』を観ました。ちょっと落ち目のサンドラ・ブロックくらいしか有名俳優が出てないのであんまり話題になってないけれど、これはなかなかの秀作。この映画のモチーフになっているのは、1920年代に起きたローブ&レオポルド事件。ローブ&レオポルド事件といえば、犯罪実話ファンにはおなじみ(おなじみなんですよ、普通の人はあんまり知らないだろうけど)。ニーチェの超人思想にはまったふたりの青年が、自分たちの超越性を証明するため完全犯罪を成功させよう、と考えて人を殺した、という、いわば「殺人のための殺人」の先駆的な事件なのであります。
 映画では、なんといっても殺人を犯した青年ふたりの揺れ動く愛憎関係の描写が出色。二人の写真をモーフィングで合成した写真を祭壇みたいにしてうやうやしく飾っていたり、モテない方の青年に彼女ができそうになるとモテる方が嫉妬したりと、同性愛風味も加わっていて(実際、ローブとレオポルドも同性愛関係だったらしい)、やおい好きの女子も満足することうけあい(妻は、俳優がもうちょっと美形だったら……と不満をもらしていますが)。
 それに対して、サンドラ・ブロック演じる女刑事側の物語は、ありきたりなトラウマを乗り越える話になってしまっていて平凡なのが残念(★★★☆)。

10月11日(金)

▼オンラインゲーム依存症にかかっていたせいで長らく更新をさぼってましたが、今日から再開。

▼山手線に乗ったら、隣に座っていた若い女性が、でかくてごついThinkPadを膝に乗せて開いているのですよ。カードスロットにはデータ通信カードが刺してあって、彼女はメールチェックしたあとブラウザを開き、おもむろに見始めたページはというと、これが2ちゃんねる。しかも、熱心に読んでいるのは合宿所スレではないですか。そして、ブラウザの左側の履歴欄には、合宿所スレの過去スレがずらりと。
 ……同人のひと?

田中啓文『蓬莱洞の研究』(講談社ノベルス)読了。ううむ、また新しいシリーズですか。馬子シリーズも鬼刑事シリーズも一冊しか出てないのに、ちょっとシリーズ作りすぎでは。しかも、この作品は設定自体、馬子シリーズとかなりかぶってるし。内容はといえば作者お得意の伝奇+駄洒落小説で新味がないといえばないんだけれど、安心して読めるといえば読める作品。中では、最後の「黒洞の研究」が出色。最後まで読むとわかるのだけれど、まずある駄洒落のために設定が作られ、その設定が別の駄洒落を生み、それを生かすためにさらにまた別の設定が作られる……という具合に、物語のすべてが駄洒落に奉仕しているのですね。駄洒落の織り成す重層的な大伽藍みたいな小説。やっぱり田中啓文はこうでないと。……ちょっとほめすぎか?

▼栗本薫『宝島 上』(ハヤカワ文庫JA)、川田武『乱歩邸土蔵伝奇』(光文社文庫)、『尾崎翠集成 上』(ちくま文庫)、『内田百間集成1』(ちくま文庫)、エドワード・ケアリー『望楼館追想』(文藝春秋)、マイケル・スレイド『髑髏島の惨劇』(文春文庫)購入。
 おお、マイケル・スレイドついに復活! この作家(というか、作家チームなのだけれど)、『グール』『カットスロート』など創元ノヴェルズで何作か訳されていたのだけれど、複数の殺人鬼が入り乱れたり、連続殺人に人類進化の謎がからんできたりと、変な話ばっかり書いてる作家なのですね。しかも結末には、新本格並みに驚天動地の(無茶ともいう)結末が待っている、という、まあかなりえげつない作風なのである。何が言いたいかというと、要するに私はこの作家が大好きだったのだ。祝復活。次作も訳してくれえ。
 瀬名秀明『あしたのロボット』(文藝春秋)をいただきました。どうもありがとうございます。


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