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1月31日(水)

チクられました(笑)。

▼「きいてアロエリーナ」の曲が、ムーンライダーズの鈴木慶一の作曲だということを知る。いや、知ったからといって何になるというわけでもないのだが。
1月30日(火)

▼当直。

▼ロバート・J・ソウヤー『フラッシュフォワード』(ハヤカワ文庫SF)読了。相変わらずソウヤーはつるつると読めるなあ。そこがいいところでもあり物足りないところでもあるのだけど。
 今回は、素粒子衝突実験の事故で、地球の全人類が21年後の世界を1分ちょっとだけ見てしまった、というものすごい設定で始まる物語。主人公のひとりは婚約者とは別の女性とベッドにいる場面を見てしまったため、「この結婚は結局だめになるのかー」と悩み、結婚を躊躇するようになる。しかしソウヤーって必ず夫婦間の問題がテーマになるのね。
 もうひとりの主人公の方は、なぜか何も見えず。ということはつまり、21年後には自分は死んでいるということになる。しかも他の人のヴィジョンによれば、どうやら自分は殺されたらしい。というわけで、彼は21年後に自分を殺す犯人を探しはじめる! 被害者が探偵役になって自分を殺した犯人を探すミステリはいくつか読んだことがあるが(幽霊が探偵役、とか)、まだ起きてもいない事件の犯人を、しかも事件の21年も前に探す話というのは初めてだ。なんせ、未来に自分の事件を担当する刑事に会いに行っても、まだ7歳(笑)。西澤保彦ばりのものすごい奇想である。ただ物語は本格ミステリ方面には進まないのだけど。
 ラストは、いかにもSFらしい壮大な結末になるのだけど、これはちょっと唐突に思えた。なんだか最近、中盤まではドメスティックな展開なのに、最後に突然時空を超えた「いかにもSFらしい壮大な結末」になる作品が多いような(『過ぎ去りし日々の光』とか)。それが最近の流行りなのかもしれないけど、こういうのって、なんか取ってつけたようでどうもなあ。最初から宇宙を飛び回るような話ならともかく、最後にいきなりこんな展開を持ってこられても困ってしまう。
 確かに面白いし、読んで損はないと思うのだけど、どうも素直に「お勧め!」とはいえない何かが、ソウヤーの作品にはあるんだよね。
1月29日(月)

▼黒武洋『そして粛清の扉を』(新潮社)読了。中年女性教師がクラス全員を人質にとって教室に立てこもり、生徒を一人ずつ殺していく話。『バトル・ロワイアル』と比較されるだろうけど、当然ながら話は全然違いますね。むしろ、テーマは対照的といってもいいくらい。『バトル・ロワイアル』が希望の物語だとしたら、これは絶望の物語。『バトル・ロワイアル』では生徒一人一人が細かく描写されていたけれど、この作品ではそういった描写は一切なし。あくまで生徒は意思疎通不能な野獣として描かれている。これは、愛するものを奪われた被害者が獣を一人ずつ殺していくという復讐劇なのだ。
 確かに主人公と警察の駆け引きはとてもスリリングでよく描けているし、悪そのものとしかいいようのない少年たちを粛清していく復讐のドラマにはカタルシスを感じる。ただし、30代の自分はこれをおもしろがって読んでいるんだけど、そこに、これを読んだ17歳の自分が感じるであろう嫌悪感が跳ね返ってくるのですね。まあ、たぶんそうした矛盾した感情を引き起こすことこそ、作者の企みなのだろうけど。そうだとすれば、この作品は成功してます(でも、少年犯罪が多発し、被害者の権利ばかりが声高に語られる最近の風潮からすると、この作品を単なる痛快な復讐劇として捉える読者もいそうだなあ)。読者を試す、という意味では、実は古典的なジュヴナイルだった『バトル・ロワイアル』以上の問題作だといえるかも。ま、バーホーベンの『スターシップ・トゥルーパーズ』みたいなもんですね。宮部みゆきがこの作品を評価しながらも留保をつけているのは、『クロスファイア』の作者としては当然でしょう。
 あと、リーダビリティという点では表記にちょっと難あり。「一寸お茶しちゃって」とか「手狭な所為もあって」とか漢字の使いすぎが気になる。あと、数字が全部算用数字なのも。別に算用数字を使っちゃいかん、とは言わないが、「1番悪い」とかいう表記はやっぱり気持ち悪いなあ。

▼恩田陸『六番目の小夜子』(新潮文庫)、ビル・ネイピア『天空の劫罰』(新潮文庫)購入。『天空の劫罰』は、邦題はグレッグ・ベアと紛らわしいし、原題は"Nemesis"とまるでアシモフ。クラーク絶賛だというけど、おもしろいのかなあ。
1月28日()

▼銀座で『アヴァロン』を観る。うーむ。やっぱり押井守は私には合わないなあ。彼の作品でおもしろいと思ったものがないんだもの。この映画も、映像と音響はいいんだけど、物語は陳腐で退屈。VRネタの映画なんて、今までいったいいくつ観たことか。だいたい、あんな貧しげな世界でゲームにはまるほどの余裕がある人がそれほどいるとも思えないのだけど。どうやら主人公はパチプロみたいにゲームで金を稼いでいるらしいけど、その他の人たちはどうやってゲーム代を出してるんだろうか。肝心のゲームにしたって、はまるほどおもしろそうにも見えないし、戦闘機や戦車が動き回るあの世界でメージやシーフがどうやって活躍してるんだろうか。まあ、職業の名前やクラスチェンジの仕組みとか、ゴーストと出会うプレイヤーの名前がマーフィーだったりとか、ウィザードリーをやったことある人にはニヤリとする仕掛けはあるんだけど。
 しかし、いくらアニメ的手法といったって、同じ場面のフィルムを何度も使いまわすのは映画としてどうかと思うよ(★★☆)。

▼続いて新しくできた日比谷スカラ座で『クリムゾン・リバー』。いや、これは驚いた。そりゃもう『黒い仏』並みの驚き。えー、この映画を観る人は、たいがい『セブン』とか『羊たちの沈黙』みたいにグロいサイコサスペンスだと思ってるだろうけど、実はそうじゃなかったのでした、というのがこの映画の最大のポイントですね。以下、真相には触れないけどまっさらな気持ちで観たい、という人は読まないほうがいいでしょう。
 考えてみれば、この映画、そのへんの演出はかなり周到である。蛆の湧いた死体接写などグロテスクなシーンをこれでもかとばかりに見せるから、観客はこれはてっきりサイコサスペンスなんだと思い込む。それが最後の最後になってアレだもんなあ。私はすっかり騙されたよ。このあまりにバカバカしい真相は、とにかく観てくれ、としかいいようがありません。特に新本格ミステリが好きな人は必見。あのラストには怒る人もいるだろうけど、私はバカミス映画として断固支持します。だって、この映画、スタッフロールの後半になるとバーチャファイター風の曲がかかって、"GAME OVER! Congratulations!"で幕、となるんだよ。確信犯だとしか思えないじゃないですか(★★★★)。

▼帰りにジャン=クリストフ・グランジェ『クリムゾン・リバー』(創元推理文庫)、F・ポール・ウィルスン『神と悪魔の遺産』(扶桑社ミステリー)購入。原作もバカミスなのかなあ。
1月27日(土)

▼東京じゃ珍しい大雪。映画でも観にいこうと思っていたのだが、さすがにつらいので、終日家の中ですごす。

▼グレン・C・エレンボーゲン編『卓越した心理療法家のための参考書』という本がある。出版元は星和書店。精神医学や心理学の分野の本を専門に出している出版社だ。
 この本、一見普通の心理学書のように見えるが、実は『悪魔の辞典』風のパロディ論文集なのである。たとえば冒頭の「児童期の病因論と治療」という論文は「児童期」を病気だとしてその診断基準やら治療法やらを大真面目に考察したもの。
 この論文によれば「児童期」という症候群の診断基準は、
1.先天的な発症
2.小人症
3.情緒不安定および未成熟
4.知識の欠損
5.野菜拒否症
 なのだそうだ。
 もっとすごいのは次の「死者の心理療法」という論文。
 冒頭からいきなり「現代の心理療法において、治療不可能な人間がいるということは、もはや葬り去るべき神話である。最近では、今まで治療不可能だった『自己愛性人格障害』の人々が、突然治療可能になった。それでもまだ、心理療法家から完全に無視されてきた人々がいる。その人々とは、死んだ人々である」とくる。
 著者は、「死者の治療にあたっては治療者は患者の沈黙に悩まされる」といい、その対処法として「死体に向かって断続的に質問すること」を勧めている。たとえば、「今日あなたをここに運んだのは、どんなものでしょうか」とか「心理療法でどう変わりたいですか」あるいは「もし、あなたが木だとしたら、どんな種類の木でしょうか」など。
 さらに、死んだ患者はきわめて挑発的な言葉にも無関心だし、特別な問題として「死んだ患者全体の100%が、治療費の支払いをしぶった」のだそうだ。
 その次の論文「死者再診の心理療法:治療困難な患者に対する生物学的アプローチ」は、その続編で、今度は死者に対する薬物療法について論じている! この著者は、死者はあらゆる服薬指導に従おうとしないが、外用や注射による投薬なら可能だという結論を導き出している。確かに。
 おもしろがるには専門知識がいる論文も多いし、訳が硬いのも難点だが、あまり知られていないジョーク本としてお勧め。
1月26日(金)

▼北野勇作『かめくん』(徳間デュアル文庫)読了。いじましくも哀愁漂うかめくんの日常生活描写がうまい。未来の科学技術とちょっと懐かしい日常風景が混在した世界とか、訥々とした文体とか、そういうものがあいまって、独特の「かめくん」的世界を作り上げている。これは、ちょっとほかに似た作品が思い浮かばない独特の世界ですね。おまけに、ほのぼのとした日常描写やギャグに気をゆるめていると、後半では知性に関するハードな問いかけがあったりする(さらっと流されてしまうのだけど)のであなどれない。参りました。作者は才人ですね。
 ただ、これは好みの問題かもしれないけど、あからさまな「ブレードランナー」とか「JM」とかのパロディをやっているのはマイナスなんじゃないかなあ。

▼ロバート・J・ソウヤー『フラッシュフォワード』(ハヤカワ文庫SF)、天藤真『星を拾う男たち』(創元推理文庫)、ケン・スミス『誰も教えてくれない聖書の読み方』(晶文社)購入。最後のは山形浩生訳。この人は、なんでまたいつもこうなれなれしい口調で訳すんだろうか。
1月25日(木)

▼上遠野浩平・菅浩江・平山夢明・杉本蓮・西澤保彦・山田正紀『NOVEL21 少年の時間』(徳間デュアル文庫)読了。ジャンルを超えたハイブリッド・エンタテインメント・アンソロジーと銘打ってはいるものの、執筆陣をみれば想像がつく通り、SF中心のアンソロジー。というか、純粋にミステリな西澤作品以外はすべてSFではないか。
 上遠野浩平「鉄仮面をめぐる論議」 「虚空牙」シリーズに属する短編。『ぼくらは虚空に夜を視る』と『冥王と獣のダンス』の時代をつなぐ物語として興味深いけど、「少年」ものとしてはいまひとつかな。
 菅浩江「夜を駆けるドギー」 「逝ってよし」「オマエモナー」「age」などなど、2ちゃんねる用語が爆発。うーん、菅さんって……。引きこもりにペットロボットと、現代的な道具立てを使ってはいるものの、やっぱり物語は菅さんらしくいい話。ただ、ちょっと設定に無理がある気もするけど。
 平山夢明「テロルの創世」 意外にも、この作品がもっともストレートで昔懐かしいジュヴナイルSFなのであった。このアンソロジーの中では、これがいちばん気に入りました。まさか平山夢明がこんな作品を書くとは、うれしい驚き。力強いラストが泣かせます。
 杉本蓮「蓼喰う虫」 雑然としていて何がいいたいのかよくわからない作品。なぜ「少年」アンソロジーにこの作品が入ってるんだろう。作者はもうちょっと小説技術を磨いた方がいいと思う。
 西澤保彦「ぼくが彼女にしたこと」 うーん、可もなく不可もないミステリ。結末も、少年の描き方もありがちでオリジナリティが感じられない。この作者に求めているのはこんなものじゃないのに!
 山田正紀「ゼリービーンズの日々」 困ったなあ。いくらなんでもこれは奇をてらいすぎでしょ。「引きこもり」や「17歳」などの現代的タームを量子力学なんかと同列のSFガジェットとして使い、現実の痛みにまったく触れない、という書き方はあんまり感心できないなあ。あと、問答無用で収容所送りにされてしまう診断名として「境界線症候群」という用語を使っているのは、無用な誤解を生むのでやめたほうがいいと思うのだけど。

▼SFマガジン3月号購入。この表紙が緒方剛志とは、わからない人もいるだろうなあ。ただ少なくとも、電撃hpと間違えられる可能性はなさそう。のださん、マガジンデビューおめでとうございます。
1月24日(水)

▼誕生日。ついに100000歳の大台に乗りました。デーモン小暮並みの年齢である。ただし、二進法で。十六進法なら20歳。ようやく大人である。最近は若者の幼児化が進んでるし、ヘキサデシマル成人式ってのもいいんじゃないかなあ。

ドリキャス生産中止。がーん。ソフトはこれからも出るにしても、本数が減ることは必至だろうなあ。『ルーマニア#203』の続編は? そして、そして何よりも、『東京バス案内2』は出ないの?(そんなの期待してるのは私くらいのものかも) シェンムーはどうでもいいや。ドリキャスは、プレステ2のソフトより力が入っていない、なんというかまったり具合が好きだったのになあ。鬼武者とかFFXとか、力が入りまくって疲れるようなゲームより、まったりとなんとなく長く遊べるゲームがやりたいのだよ。私も歳をとったということですか。

▼幸村誠『プラネテス』(1)(講談社)購入。
1月23日(火)

▼殊能将之『黒い仏』(講談社ノベルス)読了。うひゃひゃ。すごい話である。ある意味で禁じ手ですね、この展開は。結末の一行には一種の感動を覚えましたよ、私は。マジで。しかし、真面目なミステリ読者がぽかんとしている顔が目に浮かぶようである。痛快痛快。「名探偵が世界を変える」という帯の文句はよくもつけたり。確かにその通りの話なんだから参ってしまう。
 ただ、最初の方の執拗なくらいの情景描写はいったい何の意味があるのかよくわからないし、名探偵の解き明かすアリバイトリックや宝探しの真相も今ひとつ。このへんがもっと凝っていればミステリとしても高い評価ができるのになあ。
 しかし、私は『ハサミ男』も『美濃牛』も読んでないのに、こんなのを読んでいいのだろうか。
1月22日(月)

▼クリストファー・ファウラー『スパンキイ』(創元推理文庫)読了。イギリスのホラー作家ファウラーの久々の翻訳である。実は私、この作家のファンで、一昨年には、イギリスで買ってきた原書の短編集をしばらく読んでいたものである(つまんなかったけど)。
 さて『スパンキイ』なのだけど、精霊と契約した主人公がとんとん拍子に成功していくが、その裏には実は……という、なんというか、ごくごくありがちな話。まあ、話としてはありがちなのだけれど、ただこの作家、語り口がうまいのですね。前半では美青年でスタイリッシュな守護精霊との契約で成功していく様子が軽妙に描かれたかと思うと、後半は一転してタイムリミット・サスペンスになる。特に後半なんて、ほとんど全能の精霊相手にただひたすら逃げ回るだけの話を、よくここまで読ませる小説にできたもの。これぞ語りのテクニックというものだろう。守護精霊の扱いといい家族の問題の扱いといい、あまりにも軽すぎるのが気になるけど、読ませる小説ではあります。

▼北野勇作『かめくん』(徳間デュアル文庫)、山本弘『時の果てのフェブラリー』(徳間デュアル文庫)、『少年の時間』(徳間デュアル文庫)、そして第1回ホラーサスペンス大賞受賞作、黒武洋『そして粛清の扉を』(新潮社)購入。巻末に記された大賞候補作には、SF畑ではよく知られた作家の名前が……。なんでまたこんなに作家歴の長い人が新人賞に応募してるの?
1月21日()

▼電車を乗り継いで足立区の西新井大師へ。
 今日は初大師の縁日らしく、境内には所狭しと出店が並んでいてものすごい賑わいである。もちろん普通の神社の出店にあるような、焼きとうもろこしやフランクフルト売りの店も多いのだけれど、中にはワカメやらシラス干しなどの乾物屋や、ウサギや仔犬を売る店、どう見てもおばちゃんしか着ないような服を売る店もあったりする。なんでもありですな。
 その出店の間を縫って本堂に参拝し、護摩の奉修(ってのが何なのか今ひとつよくわかってないのだが)を受けてお札をもらってきました。私は家内安全、妻は厄除け。お経を読むお坊さんはけっこうよく通るいい声をしていて、お経も聖歌のような節がついていて、なんだかグレゴリオ聖歌のよう。そのあとの般若心経も、大太鼓の強烈なビートに乗っていて、なんだかエスニック音楽のライブを聴いたような気分である。
 大師前の煎餅屋で煎餅を買い、鰻屋に入る。なんだかいかにも昔ながらの食堂、といった雰囲気の店で、店の中のテレビでは、ちょうど大相撲千秋楽の優勝決定戦が始まろうとしているところ。「時間いっぱいです」の声とともに、厨房からおじさんおばさんたちがわらわらと出てきてテレビの前に集まる。貴乃花が勝つと、誰からともなく湧き上がる拍手。なんだか不思議になつかしい雰囲気で、まるで昭和30年代にタイムスリップしたような錯覚を覚えました。こういうのも、いいなあ。
 今年がよい年でありますように。
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