言語新作 neologism

 分裂病の患者さんの言葉や書いたものには、なんともいえない独特の魅力がある。いわゆる「電波系」ってやつですか。
 なんでまた彼らの書くものが我々にとって奇妙かといえば、それは「われわれの言語が健康な人間の世界の日常的使用のためにつくられ、狂気の世界を記述するのに適していないから」(クラウス・コンラート)だろう。自分の体験を素直に表現すれば、それは奇妙になるしかないのである。
 そんな彼らの表現の中でも、もっとも奇異で魅力的(というと語弊があるが)なのが、「言語新作」(neologism)という現象。「誰にも通用しない、自分だけの新しい言葉を作ってしまう」という症状である。

 関忠盛「言語新作――言語学的・形象論的試論――」(臨床精神医学1977年9月)という総説には、患者本人が書いたいくつもの実例が載っているので、そこからいくつか紹介してみよう。
 まず、ある精神分裂病の患者は、面接時には「かんべんだれおれ」「かんにんだれあな」「みせるなだれおれ」「みせねだれあな」などと言うばかり。同じような内容の書面を見せることもあるが、それ以外の言葉はまったく話さない。ある種の規則性があるようだが意味はわからないという。
 また別の患者の書いた文章は図版として掲載されているのだが、それをなんとか判読して書き起こすと次のようになる。
まそうたまうそるうそたとたろそうまとたまうそるうそたとるうそるうとそたすうそるうたとたるうそた夏うとたま申る卯うたるたうるうそうとたまるたうますたるたそうとまそうまるたうまるそうたうるそうまうそるたうまそすとうたうるたうまうそるたとますとうたうそうるたまうそるたとまそとうそたるたるたまうそるたとまとそるま
 ミステリ読みの悪い癖で、これは何かの暗号なのではないかと解読を試みてみたが無駄であった。わずかに漢字が残っているのが意味ありげにも見えるが、まったく意味のない文字の羅列である。
 それと対照的なのが、別の患者の書いた次の文章。
尚岩波書店様の本を最高本を全本読み終りました後は
誰も『機械である「遍在一者」は産めない』と分りましたので
「遍在一者機械である内容真理論」
「遍在一者機械である内容原理論」
「遍在一者機械である内容そのもの論」
「遍在一者機械妃である内容真理論」
「遍在一者機械妃である内容原理論」
「遍在一者機械妃である内容そのもの論」
 同じフレーズの繰り返しが、一種異様な雰囲気をかもし出している。具体的体験については口を閉ざしているため、本人の書いたものが唯一の手がかりだという。なお、図版では妃は○で囲んである。独特の字体までそのまま紹介できないのが残念。
 このように、一口に言語新作といっても、体系的なものそうでないもの、意味のあるものないもの(本人にとって意味があるかどうかはわかりようがないが)と、種類はさまざまなのだ。

 また、アルファベット圏では、新しい単語を作るという例が多いようだが、日本では文字そのもの――新しい漢字を作ってしまうという場合も多い。塚本嘉壽「漢字新作について」(精神医学1981年6月号)には、独力で仏法を修行し、「ムロクカンゲンボサツ」像を彫って安置しようとしている人物が登場する。「世の中が機械化され、植物も特に農作物が昔とは変わってきているので、釈迦本尊ではやっていけなくなった」ため、「ムロクカンゲンボサツ」の時代になったのだという。
 彼によれば、
ムロクカンゲンボサツ
と書いて「ムロクカンゲンボサツ」と読むのだそうだ。この菩薩は釈迦仏と「ジュデ」と天皇の子孫繁栄の三要素で成立していて、彼はこの菩薩を信仰することにより農業に励んできたのだという。

 言語新作が私たちにとって魅力的なのは、その言葉の奇妙さのせいばかりではなく、その背後に壮大な「狂気の世界」を予感させるからだろう。私たちの使っている既成の言語では表現できなかった世界とはいったいどんなものなのだろう。前の例もそうだったが、実際、言語新作をする患者の中には、壮大な宇宙的妄想世界を構築している例も少なくない。
 同じ論文に、宇宙SFを思わせる壮大な妄想を語った患者の例が載っているので紹介しよう。難解な漢字をいくつも作り出した44歳の男性患者の語った妄想内容である。
数億年前、宇宙人が地球に降下し、真にして善なる国を建設した。その末裔がイザナギ、イザナミの命であり、この血脈はさらにアマテラスとスサノオ、ヤマトタケル等を経て天皇一家に伝えられているが、われわれ人類も多少ともその血を継いでいる。しかるにいつの頃からか、次第に邪悪な力が世界を堕落させ、現在は虚偽を打破して昔のような真実の世界に戻そうとする大いなる全能者(彼はそれを「おやじ」と呼ぶ)と、ますます堕落させようとする力が戦っている最中である。彼は生後間もなく「おやじ」に戦いに参加するよう求められ、「おやじ」に心身ともに委ねて、その指示通り働くことを約束した。そして「おやじ」の指令により、「人間構成の素粒子論」や「心理プラズマ」や「運動の周期律」等々を研究する。新しい言葉(漢字)を創るのも「おやじ」の要請で、すでに腐敗した既成の文字では新しい世界の真理を発見できないからであるという。
 大いなる全能者「おやじ」! なんとも絶妙なネーミングだけど、全体としては呆れるほどステレオタイプで安っぽい筋立てである。古いスペースオペラにこんな話がありそうだな。
 なんでまた妄想がスペースオペラに似ているかといえば、身も蓋もない言い方をすれば、妄想と同じように、スペースオペラもまた紋切り型で安っぽい分野だからだろう(いや別に貶めているつもりはありません。その安っぽさがスペースオペラのたまらない魅力なのだから)。
(last update 99/11/05)

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