メランコリー型性格 Typus melancholicus

 精神医学ってのは、けっこうドグマが多い分野である。厳密に証明されたわけでもないのに、疑うべからざる真理として通用しているテーゼがやたらと多くて、精神科医である以前にSF者である私には、いらだたしいことが多い。
 例えば精神分析でいう「イド」や「超自我」なんかがその最たるもの。誰もイドの存在を証明した人はいないし、証明が可能とも思えない(その意味で、精神分析は科学じゃない、という批判は当たっている)のだけど、便利な仮説なので今にいたるまで使われてきていて、本当にそういうものが存在するかのように書かれた書物は山ほどある。私としては、どれほど便利だろうが、あくまで仮説にすぎない(しかも証明不可能な)と思うのだけど。

 精神分裂病とかうつ病とかの患者には、発病する以前から特徴的な性格がある、という「病前性格」ってのもドグマのひとつ。
 うつ病の病前性格として精神病理の世界で広く知られている性格特徴が「メランコリー型性格」
 秩序を愛し、几帳面で仕事熱心、対人関係では律儀で誠実、他者への配慮が強く、責任感が強い。こういう性格の人はうつ病になりやすい、と1960年にドイツのテレンバッハ先生が言い出すと、ドイツと日本では瞬く間に広まり、今では日本の精神医学界ではメランコリー型性格とうつ病との関係を疑う医者はまずいない。私も、研修医時代にテレンバッハ先生の『メランコリー』(みすず書房)という本を読まされましたよ。名著だから読め、と言われてね。
 日本ではそれほどまでに有名なこのメランコリー型性格だが、英米ではまったくといっていいほど知られていない。まあ、理由はわかるような気がするけど。ちょっと前の日本じゃまさに理想とされたような性格だけど、アメリカなどではあまり関心を呼びそうにない性格だからなあ。
 テレンバッハという人は理論家であって、メランコリー型性格とうつ病との関係を統計学的にきちんと調査したわけではない。しかし、このメランコリー型性格、日本の精神医学界では長年疑うべからざるドグマとして君臨してきたのである。どういうわけか、厳密に調査しようとした人はあまりいないし、たとえ調査したとしても、メランコリー型性格がうつ病の診断基準のひとつになっている日本では、当然メランコリー型の比率が高くなることだろう。
 ようやく統計学的に厳密なやり方で、メランコリー型性格とうつ病の関係が調査されたのはごく最近のこと。結果はというと、なんと、メランコリー型性格とうつ病の間にはまったく関係がない、というものだった。ドグマは根拠を失ってしまったわけだ。
 いやあ、これはなかなか爽快である。日本でのうつ病の精神病理学ってのはテレンバッハの業績の上に築かれてきたといってもいいくらいなのである。それが、この結果によってすべてひっくり返されたわけだ。といっても、一般の人にとってはぴんと来ないだろうが、これは物理学界でいえば、相対性理論がひっくり返されたようなものなのだ(もちろん、今後の追試が必要であり、その結果によってはメランコリー型が復権する可能性もあるけど)。金科玉条のようにテレンバッハを引用していた学者が何というか見たいものだ。
(last update 01/04/03)

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