『バルーン・タウンの殺人』の松尾由美による最新長編。
朝日新聞社からの書き下ろしである。表紙にはネズミの着ぐるみを着たひょろながい人物たち。帯には大きく「セックスが嫌いなわけじゃない。でも――」「セックスレス世代の恋愛小説」。どうも版元はこの本を恋愛小説として売ろうとしているようなのだが、恋愛小説の読者には松尾由美の名はほとんど知られていないだろうし、SFの読者はこの装丁と「セックス」の文字には引いてしまうし(SFファンって妙に潔癖な人が多いから――はからずも、それがこの小説の主題なのだけど)、販売戦略としてはあまり賢明ではないのではないか――って、大きなお世話か。
さて一応恋愛小説として売られているこの本なのだけれども、コアな恋愛小説の読者(どんな読者層が読んでるのかよく知らないのだが)がこれを読んだら、かえってとまどうんじゃないかなあ。恋愛小説はほとんど読んでいない私だが、どうもこれが恋愛小説に分類されるとは思えない。それよりもむしろ、私はSFやホラー小説の読者にこそこの小説を強くお勧めしたい。少しずつ証拠をかためつつ驚くべき結末を引き出すというところが、SFの面白さに近いと思うのだ。
本書については、すでにタニグチリウイチさんと森下一仁さんの書評があるのでけっこう書きにくいのだけれど、私も両氏の意見と同じく、本書はもっと読まれてもいい傑作だと思う。こういう地味な形で刊行されてしまっているのがもったいない。
本書の内容を簡単にいえば、ディズニーと、現在30歳以下の世代との関係について考察した小説、ということになる(こう要約すると、どこが恋愛小説なのかわからないでしょ)。ディズニーランドについては私自身も以前「死都ヂズニイランド」と題した小文で、そのきわめて人工的な閉空間に、死に近い安らぎを覚えたことを書いたことがある。私はその安らぎの理由までは踏み込まなかったのだけど、この作品ではそこまで深く踏み込んで描いているのに感心した。この物語の結論として、「結婚したくない」という男性から語られるセックス観は、まさに私自身も感じている気分に近い。これは、私たち自身の問題としてとても切実な物語なのだ。
すべての責任をディズニーに押しつけてしまうというのは、私にはちょっと説得力がないように思えるのだけれども、ここに描き出されている気分は、まさに私たちの世代のものだ。それをすくいあげてこうして物語にしたというだけでも、この作品には充分な価値があると思う。もっといろんな人の意見を聞いてみたくなる作品だ。