こっくりさん

 こっくりさんの話をしよう。
 私自身は、中学高校と男子校ですごしたせいもあって、実際にこっくりさんをしたことは一度もないのだが、精神科の雑誌を眺めていると、ときどき「こっくりさん」に関する論文が見つかる。
 以下に紹介するのは、山田正夫他による「オカルトゲームを契機に発症した集団ヒステリー」(社会精神医学1986年4号)という論文に載っている例である。

 昭和50年代後半、神奈川県内の中学校で起こった事件である。この学校は旧陸軍兵舎跡地にあり、生徒の間では戦死者の亡霊が出るという噂が語り継がれていたという。
 5月の放課後、3年生5人(全員女子)、2年生3人(全員女子)、1年生2人(男子)が参加している英語クラブの活動中のことだ。3年生の部長、2年生の部員3名がメンバーとなって「こっくりさん占い」を始めた。始めてまもなく10円玉が動き始めたため、「危険だからやめよう」と誰かが言い、いったんはゲームを中止したが、「エンゼルさん占い」なら危険はないだろうと再開した(この判断の根拠が私にはよくわからないのだが)。
 その直後のことだ。そばで見ていた2年生のA子が「背中が重い、何かが乗っかってくる」と泣き出した。彼女は「霊が呼んでいる」「何かが見える」と叫んだかと思うと、部室の中を駆け回り、ついに部屋を飛び出してどこかへ行ってしまった。
 部屋は騒然となった。すぐに部員が手分けして探し、A子は自分の教室の席でボンヤリと座っているところを発見された。
 さて、A子はすぐに正気を取り戻したが、もう誰もさすがに占いを続ける気にはならない。捜索に参加していた1年生男子のBとCは、自分たちの教室に戻ることにした。二人が教室に入った直後、Bはコンクリートの壁に女性の影を見た。次いで肩と腕が重くなり、女性の声が聞こえてきた。「地獄へおいで」と。怖くなったBは教室から逃げ出し、廊下を走り出す。Cは驚いてそのあとを追う。壁に気づかず頭をぶつけながらも走り続けるB。結局、4階にある教室の窓を開けて登ろうとしていたところを、ようやく追いついたCが押さえつけて部室に連れ戻した。
 一応Bが落ち着いたところで、Cはこっくりさん占いの用紙を片付けなければ危険だと考え、一人で教室に戻ることにした。すると今度はCを怪異が襲った。Cは教室に入ったとたん、壁に白い影のようなものを見、背中が熱くなるのを感じたのである。
 Cは、足の力が入らず床を這いずり回っているところを発見され、部室に連れ戻されたという。

 物語はまだ終わらない。その1年後のことである。前年度の事件は校内でも噂になっており、特にBとCのいた1年X組では「このクラスは呪われている」と密かにささやかれていたという。
 4月下旬の放課後、1年X組の女子4名で「エンゼルさん占い」を始めた。20回目を行ったところ、一人が急に泣き出した。その後、そばで見ていたD子が、手足が自分の意思に反して動き出したり、狐の霊がとりついて普段とは違う声で喋り出す、といった憑依状態になった。同時にE子とF子ももうろう状態となり、手の自動運動が出現した。
 E子とF子の症状はまもなく消失し、その後症状が出現することはなかった。しかし、D子はその後も学校で自動運動、憑依現象が持続し、精神科を受診。受診時は、D子(本人)とN子(悪い子)という2人の人格が交代して出現する多重人格状態で、N子のときには「D子を殺してやる。そのために乗り移ったのだ」と叫んだり、母親に悪態をついたり物を投げたりする状態だった。症状が消えるまでは1ヶ月半の入院を要したという。

 こういう話ってのは、怪談とか心霊現象としても語られるのだろう(確実に、この学校では怪談として今も語り継がれていることだろう)けど、精神医学の文脈では、論文のタイトルにもあるとおり「集団ヒステリー」ってことになるわけだ。
 しかしまあ、「心霊」も「集団ヒステリー」も、その言葉だけでは何の説明にもなっていない点では同じである。どちらもひとつの現象に対する解釈にすぎないのだから、どれが正しいというわけでもなく、どちらでも好みな方を選べばいいような気がする。でも、私の好みはどっちかというと「集団ヒステリー」ですね。「心霊」解釈は矛盾が多いからね。
 さて、この論文でおもしろいのは、男子と女子の反応の違いについての考察。女子は「自分が憑依状態に陥ることを不可思議な体験と感じているが恐怖感は感じておらず」、憑依や失神も遊びの中のひとつの役割行動としてとらえている。それに対し、男子は女子の憑依行動に不安や恐怖を感じて逃走、パニック行動を起こしている、というのだ。
 男子は非日常的な事件に恐怖を感じていてパニック状態になってしまうのに対し、女子はなんと憑依現象すらも日常の一部に取りこんでしまっているのですね。
 男性の方が女性よりも恐怖に弱い、という俗説があるけど、それを裏づけるような結果になっているというわけ。

 さて、次は同じ論文からもうひとつの例を紹介しよう。

 A子とB子は神奈川県の中学校に通う1年生の女子生徒である。放課後に二人で「キューピットさま占い」をしていたところ、何かの拍子に文字盤の「出口」が破れてしまった(入り口と出口があるタイプの文字盤だったようだ)。するとA子の目が突然つりあがり、いきなりB子に殴りかかった。B子は、たまたま通りかかった友人のC子と一緒にA子を取り押さえようとしたが、A子はものすごい力で襲いかかってくる。B子とC子は教室を逃げ出し、トイレに隠れたが、なおもA子はドアをよじのぼろうとしたり、声を上げながらドアを叩いたりしている。
 しばらくして声が聞こえなくなったので、A子がいなくなったと思ったB子とC子がおそるおそる外に出ると、二人を見つけたA子が再び襲いかかった。二人の悲鳴を聞いてかけつけたほかの生徒とともに、みんなでA子を押さえようとしたところ、彼女は倒れ、平静に戻ったという。
 しかし、今度はB子がもうろう状態となり、急に走り出し、4階にある教室のベランダから飛び降りようとした。続いてC子も同じ状態になってしまった。
 しばらくすると二人は平静に戻ったが、この学校ではその後4日間にわたって、この3名のほかにも6名の生徒に失神、もうろう状態、手足の震えなどが出現したという。

 この話で興味深いのは、「追いかけてくる人物から逃げてトイレの中に隠れるが、なおも襲ってくる」という「トイレの怪談」のパターンが忠実に守られているということ。この場合、たぶん、逃げる方も追う方も怪談のパターンを無意識のうちに演じていたんじゃないだろうか。「演技性」というのが、ヒステリーの大きな特徴なのだ。

 さて、こっくりさんというと、私は「トイレの花子さん」などと同じ、子供たちの間に伝わる占いや怪談の類いだとばかり思っていたのだが、調べてみると意外に歴史が古い。この「こっくりさん」、実は、19世紀に西洋で流行したテーブルターニングとかウィジャ盤といった占いに端を発し、日本に伝わった時期も明治時代にまでさかのぼる。まことに由緒正しい占いなのである。
 当然ながら、テーブルターニングによって集団ヒステリーが引き起こされた例もあったようで、たとえば、19世紀精神医学界の重鎮シャルコーの書いた『神経病学講義』という本にはこんな例が載っている。

 1884年のこと、某氏とその夫人は、毎週金曜日にテーブルターニングに熱中していたのだそうな。あるとき、13歳の長女を霊媒にして、降霊会は午前9時に始まり夜中まで続けられたという(よほど熱心だったのだろうなあ)。夜もふけたころ、突然ラップ現象が起きたかと思うと、長女は自動書記で「Paul Denis」という名前を何度も書き始め、その後七転八倒の大運動発作を起こした。しかし、事件はそれだけでは終わらなかった。長女はその後、以降一日15〜20回ものけいれん発作を起こすようになったのである。その上、11月には11歳の次男が、ベッドにライオンと狼がいる、父の死体を見たと叫び出して床を転げまわる。さらに2日後、今度は12歳の長男が、母が泣いているのを見て「泣き止まないと自殺する」「暗殺者を殺す」と叫び、幻覚を伴なう譫妄発作が出現。それ以来、子どもたちが出会うとお互い発作を起こして止まらなくなってしまい、12月には長女がサルペトリエール病院にかつぎこまれたのである。
 症状は、前に紹介した女子中学生の例とよく似てますね。ほとんど同じといってもいい。19世紀末といえばヨーロッパ全土に心霊主義の嵐が吹き荒れた時代。こういう例はさぞかし多かったろう、と思われる。この例では、子どもたちを入院させ、お互いや両親から引き離すという隔離療法が効果を上げている(この話は江口重幸「力動的精神療法への結節点」からとらせていただいた)。

 これが日本に伝わって「こっくりさん」に変化したのは、奇しくもこの事件と同じ1884年(明治17年)のこと。下田港に漂着したアメリカ船の船員たちが村人たちに伝えたテーブルターニングが始まりである、と東洋大学創始者で妖怪学者の井上円了は1887年に出版した『妖怪玄談・狐狗狸の事』なる本に記しているそうだ。「こっくりさん」は、明治18年から20年にかけて全国的に流行したそうで、これが第一次ブームということになる。
 その後何回ブームがあったかはよくわからないが、1970年代になると子供たちが学校でする占いとして全国で大流行。この頃には、こっくりさんを契機にした集団ヒステリーの症例が多数専門誌に発表されている。80年代以降はさすがにブームも下火になってきたようだけど、今でも小学校や中学校では行われているんだろうなあ、たぶん。でも、ここまで書いてきたように、「こっくりさん」ってのは、ことによっては精神障害を引き起こすこともある(多くは一過性だけど症状が持続する場合もないわけではない)、けっこう危険な遊びなのであんまりのめりこまない方がいいと思うが。
(last update 99/11/05)

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