その人
島田清次郎
私はよくその人を記憶えて居る
ふと白い街角を曲るとき
ふと芝居の中休みに廊下(ヴェランダ)を歩むとき
ふと演壇から聴衆を見廻すとき
ふと窓から戸外を眺めるとき
私はよくその人に遇ふ!
けれど私はその人の名を知らない
どうしてか誰であるかを知りたいけれど、私は知らない。
――風呂の浴槽であーあと欠伸をしたときふとその人の顔が見えて、私は(貴方は?)と
口迄でかゝつたこともあつたけれど。
底本:『石川近代文学全集16 近代詩』
初出:「精神界」大正6年7月号

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