私は置き忘れて来た
島田清次郎

銀座の裏に赤い花を置き忘れて来た
緑のトランクはわたしの歓びを入れたまゝ
ステヱシヨンに置いてある。
誰れにも告げないで夜空に放つた赤い風船は
今何処に流れてゐるだろうか
(あれが一番私を知つてゐたのに)
精神病院の鉄格子の窓から
私は片方の黒い靴下を棄てた
乳を出した狂女が向ひの窓でそれを見ていたが、
乳をもいでわたしに投げつけた。
どこかに置き忘れてゐた哄ひがくツくツと
この時、舞ひ上つた鳩を追ひかけて行つた。
底本:「悪い仲間」昭和3年9月号

トップに戻る