文芸雑事
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 目下上京中の島田清二郎君は折角溜め込んだ印税を奇麗に使ひ果し、洗ひ晒しの浴衣にこれも洗濯したパナマを一箇頭に載せ、どんな内容のものか知らねど原稿を包んだ風呂敷包みを小脇にかゝへ、飄々浪々として知る辺/\を尋ね廻つてゐるが、吉野作造博士の許に寄寓を求めて断わられ、新潮社にも菊地寛氏にも相手にされず、僅かに徳田秋声氏方を足溜りに公園のベンチや停車場などで夜を明かしてゐるが、何処へ紹介しても誰ひとり引取人がない為めに警察署では已むを得ず浮浪人として保護を加へてゐるさうだ。
 右の話を聞いてから間もなくの事である、巣鴨署にやはり浮浪人として一夜留め置かれた島田清二郎君が、警視庁衛生課の金子技師の精神鑑定で早発性痴呆症の刻印を押され、遂ひに私設養生院に送られたといふ記事の某紙に現はれたのは、何はともあれ此の傷付いた魂の所有主に対して、世間にもう少し優しい温かい手を差し伸べてやる者は無いものだらうか。
底本:「日本及日本人」大正13年8月15日号

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