文芸雑事
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 小説「地上」の作者島田清次郎君は、自分の外遊の為めに一人前廿円の会費を徴し、赤坂の「錦水」で送別会を開いた、然るにそれに就て文壇の人々に案内状を出すのに、最初三百枚から出さうとしたのを徳田秋声氏に忠告されて予て面識のある数十名に減らしたのださうだが、当夜集まつたのは発起人以外には吉井勇氏と誰とかの両人きりだつたさうだ、然かも極端に自負心の強い同君は、到底そんなことぐらゐに屁古垂れてはゐず、大洋丸に乗込むや否や「読売新聞」の文芸部に無線電信を打ち、「貴紙を通じて、全国の諸兄姉に暫しの別れを告ぐ! 太平洋上にて、島田清郎」とかけた、当人何処まで大きく出る気か知ら、此の分では英太子もロイド、ヂヨージもクレマンソーを三舎を避けるだらうとの評判である。
 島田清次郎君に就ても一つ耳寄りな話は、同君が何時の間にか婚約の女を獲た事である、その娘は小林豊子さんと云つて山形の人、元は単なる「地上」の愛読者に過ぎなかつたさうだが、どうかする間にそれが縁となつて、島田君と婚約を結ぶ間柄とはなつたのである、然るに今まで知らなかつたが、島田君は一種の変態性欲者で、平素は豊子さんを舐め摺るやうに可愛がるが、どうかした拍子に今度は極端に虐ぢめるので、可哀さうに豊子さんの体には生疵が絶えぬさうだ。
底本:「日本及日本人」大正11年5月1日号

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