SFマガジン2007年4月号
水森サトリでかい月だな(一四〇〇円/集英社)
遠藤徹くくしがるば(一四〇〇円/角川書店)
有川浩クジラの彼(一四〇〇円/角川書店)
岸本佐知子ねにもつタイプ(一五〇〇円/筑摩書房)
新居澄人惑星催眠術(一五〇〇円/沖積舎)

 今月は非常に国内SFが少なくて、作品集めに難渋しました。SF? という本も入ってますが、苦労の跡と思ってください。
でかい月だな まず、水森サトリでかい月だな(一四〇〇円/集英社)は、第十九回小説すばる新人賞受賞作。満月の夜、親友の綾瀬に崖から蹴り落とされた「ぼく」。命は助かったものの「ぼく」は右足に大怪我を負い、大好きなバスケができなくなってしまう。加害者の綾瀬は「ぼく」の前から姿を消し、一年遅れで中学に復帰した「ぼく」は、科学オタクの中川と、邪眼を持つオカルト少女横山かごめという二人の変人と出会う。そして、いつしか世界には異変が近づこうとしていた……。
 この中川とかごめというキャラの立たせ方が実にライトノベル風で秀逸。特に、いつも眼帯をしていて、ふだんは無口だが実は毒舌という(「あんたバカ?」と罵ったりする!)かごめは、見事すぎるほどのツンぶりだ(デレまではいかない)。世界の異変というSF的な設定とラノベ流のキャラクターを生かしつつも、物語は主人公と綾瀬の二人の関係に集約されていく構成で、文学としてはきちんとまとまっているのだろうけれども、ジャンル小説読みとしては、登場人物たちのその後を描いたエピローグの必要性を強く主張したい。ともあれ、心理描写の巧さが光る青春小説の傑作であることは間違いない。

くくしがるば 続いて、遠藤徹くくしがるば(一四〇〇円/角川書店)は、『姉飼』で日本ホラー小説大賞を受賞した作者が新境地を開いた奇想小説。顔を見たものはすべて砂と化してしまう呪われた姫君、有馬温泉駅前旅館皇女。皇女の身の回りの世話をするのは、ただ一人砂にならないメイド服の猫娘・閻乃魔子。ご懐妊したという皇女の様子を偵察するため、ミカドは人造人間・忍を差し向けるが、皇女と忍はひとめで恋に落ちてしまう。そして皇女が産み落としたのは「くくしがるば」と名乗る地蔵だった……。パロディ満載の一大ナンセンス小説であるが、笑えないギャグが延々と続くのはちょっとつらいものがある。

クジラの彼 有川浩クジラの彼(一四〇〇円/角川書店)は、帯にもカバーにも、どこにも「自衛隊」の文字はないけれど、全篇自衛隊を舞台にした恋愛小説短篇集。SF要素はゼロだが、『空の中』『海の底』のキャラクターが登場する外伝が収録されているので、有川浩のキャラクター小説としての側面が好きな方はぜひ読んでみるといいだろう。個人的には、有川浩の小説では「人を気づかう」「空気を読む」ことに最上の価値がおかれているところに複雑な気分を感じてしまう。

ねにもつタイプ さて、筆者と同じく「空気が読めない」ことを自覚している向きには、岸本佐知子ねにもつタイプ(一五〇〇円/筑摩書房)をお勧めしたい。エッセイ集ということになっているが、幻想掌篇小説集としても充分楽しめる。世界と自分との齟齬や子供の頃に感じていた違和感といった微妙な気分をすくい取って、笑えて共感できる文章に仕立て上げる手さばきには脱帽のひとこと。

惑星催眠術 最後に、昨年九月に刊行された本であるが、新居澄人惑星催眠術(一五〇〇円/沖積舎)をぜひ紹介しておきたい。作者は九〇年代には本誌リーダーズ・ストーリイの常連だったので、名前をご記憶の方もいるだろう。本書は二〇〇五年七月に若くして亡くなった作者の遺稿集で、リーダーズ・ストーリイとハードSF研究所の会誌に載った作品をまとめている。序文は石原藤夫。
 全体としては七〇年代の日本SFを思わせる古いタッチのアイディアストーリーが多く、科学的なアイディアにシニカルなオチをつけてみせる作風がいかにも理系作家らしいところ。いちばん面白かったのは「月屋」という短編で、植民惑星の地球化の最後の仕上げとして、古来から人類の心をとらえてきた「月」を人工的に再現して軌道上に据えつける職人夫婦の物語である。二人が初めて作った月が業界の最優秀新人賞を受賞したり、最新作の月が批評家にけなされたりと、変すぎる設定がおかしい。ただし、書き方がいささか生真面目すぎて、設定の面白さが十分生かしきれてないのが残念。人類に対するあまりにもペシミスティックすぎる視線が胸に迫る作品集である。


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