SFマガジン2007年3月号
大槻ケンヂ縫製人間ヌイグルマー(一四〇〇円/メディアファクトリー)
川端裕人星と半月の海(一六〇〇円/講談社)
橋本治BA−BAH その他(一六〇〇円/筑摩書房)
古川日出男僕たちは歩かない(一二〇〇円/角川書店)
桜庭一樹赤朽葉家の伝説(一七〇〇円/東京創元社)

縫製人間ヌイグルマー まず今月は、大槻ケンヂ縫製人間ヌイグルマー(一四〇〇円/メディアファクトリー)から。母星を失い宇宙を放浪していた綿状の知的生命体。彼らはあるとき地球に舞い降り、工場のぬいぐるみの中に紛れ込む。ある小熊のぬいぐるみは、「ブースケ」という名前をつけられて父を失った少女に愛され、一生をかけて少女を守ることを決意する。一方、両親を失い叔父に虐待を受け続けた少年のもとに渡ったあみぐるみは、瀕死の少年から憎しみと悲しみを受け継ぎ、全世界への復讐を誓う。少女とブースケを襲うのは、阿波踊りを踊るゾンビ軍団、片腕ロリータ、怪奇赤ちゃん人間など異形の敵たち。そしてかつて友だったぬいぐるみとあみぐるみは、敵同士として宿命の再会を果たす。ヒーローもののお約束を理解しつくした作者の描く、燃えるシチュエーション満載の熱血ぬいぐるみヒーロー小説である。ぜひティム・バートンあたりに映画化してほしいものである。

星と半月の海 川端裕人星と半月の海(一六〇〇円/講談社)は、ネイチャーライティングでも知られる作者の動物小説集。「みっともないけど本物のペンギン」は、海外SFファンならすぐにぴんとくるとおり、ハワード・ウォルドロップの短篇「みっともないニワトリ」を下敷きにした作品。絶滅したはずのオオウミガラスが写された写真をめぐって、主人公が東奔西走するユーモラスな作品である。また、表題作はジンベイザメの女性研究者が、サメと娘という「他者」と対峙し、他者と向き合うことによりその存在を認めるまでの物語。全作品に通底しているのは、動物に対して単純な共感や感情移入をせず、あくまで「他者」としての動物を描きながら、ともに地球に生きる存在としての普遍的な「命」に迫るという態度。スピリチュアリズムや擬人化に逃げない理系的な動物小説なので、SFファンにも違和感なく読めるはず。

BA−BAH その他 橋本治BA−BAH その他(一六〇〇円/筑摩書房)は、PR誌「ちくま」に掲載された短篇を中心とした作品集。男のいなくなった未来世界を描いた「処女の惑星」、校舎の裏に世界の「外」への門を発見してしまった中学生を描いた「裏庭」などSF風味の作品もあるが、必読なのが「組長のはまったガンダム」とその続編「さらば! 赤い彗星のシャア」。昭和五四年当時三五歳のヤクザの組長が、五歳の息子と一緒に見たガンダムにどんどんハマっていく物語。ただそれだけの話ではあるのだけれども、「アムロさん」に自分の若き日の姿を見て、ガンダムの世界を極道の世界と重ね合わせて理解する組長の感想が最高におかしい。

僕たちは歩かない 古川日出男僕たちは歩かない(一二〇〇円/角川書店)は、一日が二時間多いもうひとつの東京に迷い込んだ料理人の男女を描くファンタジー。独特のリズム感のある文体はあいかわらずの冴えを見せているものの、才気と文章テクニックだけで書かれたような小品で、これまでの古川作品でみられていた神話的崇高さや物語の豊穣さが後退しているのが残念だ。

赤朽葉家の伝説 最後に、桜庭一樹赤朽葉家の伝説(一七〇〇円/東京創元社)は、鳥取の架空の村を舞台に、製鉄会社を経営する旧家の女三代を、戦後史を背景にマジックリアリズム的な手法で描いた大作。祖母の赤朽葉万葉は山に住む“辺境の人”から村に置き去られて若夫婦に育てられるが、長じて赤朽葉家へ輿入れする。万葉は未来を視る不思議な力を持っており「千里眼奥様」と呼ばれるようになる。母の赤朽葉毛鞠は、十代の頃には暴走族のレディースとして中国地方を爆走、その後人気少女漫画家として一世を風靡する。そして語り手である瞳子は三代にわたる女たちの物語を紐解き、祖母の残した謎を追う。神話的な構造を持つスケールの大きな物語ながら、女同士の関係の描写の繊細さ、等身大の現代女性を描く第三部の時代感覚の確かさが印象に残る。ただ、現代女性の生き生きした描写に比べ、過去のパートは時代性の描写が図式的すぎるのがちょっと気になる。かつて山田風太郎は「もうそろそろ明治時代を時代小説みたいに自由に扱ってもいいんじゃないか」と言って明治小説を書いたものだが、今や戦後も神話になったかと思うと感慨深いものが。


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