SFマガジン2006年11月号
●小川一水
『天涯の砦』(一五〇〇円/早川書房)
●牧野修
『月光とアムネジア』(六〇〇円/ハヤカワ文庫JA)
●佐藤賢一
『アメリカ第二次南北戦争』(一七〇〇円/光文社)
●井上雅彦監修
『進化論』(八一九円/光文社文庫)
まずは小川一水
『天涯の砦』(一五〇〇円/早川書房)が、クラークの『
渇きの海』を思わせるハードSFサバイバル小説の傑作。まぎれもなく今年度ベスト候補のひとつだ。
地球と月を中継する軌道ステーションが事故で大破。残骸の一部が、停泊していた宇宙船ごと吹き飛ばされる。無数の死者とともに残骸は漂流を始めるが、かろうじて気密を保っていた区画に数名の生存者が転々と残っていた。生存者にできることといえば、空気ダクトを通した声の接触のみ。宇宙服も食料もなく、しかも残骸は大気圏への突入コースをたどっていた……。
世の中にサバイバル小説は数あれど、これほど絶望的な状況というのも珍しい。何しろ敵は真空。人間が立ち向かうにはあまりに分が悪すぎる相手である。しかも、登場人物は、主人公自ら「もし助かってもこのメンバーにまた会いたくなるとはあまり思えない」と述懐するほどどこか歪んだ性格の奴らばかり。この状況から、いったいどうやって生還するのか。読んでいて絶望的になってくるほどなのだけれども、そこを豪腕でなんとかしてしまうのが俊英小川一水の筆力である。
これまで社会や組織を大きな視点で描いてきた作者の作品としては、ミクロな視点のみに絞った本作は異色作といえるが、これだけ癖のある人物ばかりを配していながらある種の爽快感に満ちた結末に導いてくれるのは、根本的なところで人間を信じている小川一水ならではだろう。
続いて牧野修
『月光とアムネジア』(六〇〇円/ハヤカワ文庫JA)は、三時間おきに記憶が消去される愚空間(イディオ・フィールド)に逃げ込んだ伝説の殺人者町田月光夜を追う刑事たちを描いた幻想アクションSF。アガダ原中県特産のツマゴロシ虫と鉱物酢〈ずむ酢〉を使ってつくられる名産品〈ゆずす飯〉を常食とする兵士は、無敵で不死身の〈ゆずす兵〉となる……などとさらりと語ってしまう言語感覚がまさにマキノ節。いや、平然と「なる」といわれても。筆者がちょっと風変わりな解説を書いております。
佐藤賢一
『アメリカ第二次南北戦争』(一七〇〇円/光文社)は、ヨーロッパを舞台にした歴史小説で人気を博している作者初の近未来小説。二〇〇四年のアメリカ大統領選では、民主党を支持する太平洋・大西洋沿岸のリベラルな州と共和党を支持する南西部の保守的な州に二分されたことは記憶に新しいが、この物語では、二〇一三年に至って南西部諸州が「アメリカ連合国」として独立を宣言し、空爆をも伴う内戦へと発展している。物語の舞台は一時的な休戦が成立している二〇一五年のアメリカ。日本からやってきたジャーナリストの森山悟は、たまたま出会った義勇兵の結城と女性連隊のヴェロニカ軍曹とともに合衆国と連合国を旅していくうちに、内乱のきっかけとなった女性大統領暗殺事件の核心へと近づいていく。
物語の展開はロードノベル風で、主人公がさまざまな人物と対話を繰り広げ、よくも悪くも「特別な国」であるアメリカという国について議論を深めていく、SFというよりも文明批評小説の趣きが強い作品である。アメリカ以外の国の情勢や911テロにはほとんど言及されてはいないのが少し疑問に思えるのだが、冒頭で「(米国の支援が得られなくなったイスラエルの悲劇をのぞいては)国際社会への影響は少なかった」とさらりと片づけられているあたり皮肉が効いている。
最後に、井上雅彦監修
『進化論』(八一九円/光文社文庫)は、日本を代表するオリジナル・アンソロジー・シリーズに育った異形コレクションの第三六集。ホラー寄りのこのアンソロジーはこれまでこのコーナーでは取り上げてこなかったが、今回はテーマ的にSF寄りの作品が多く、梶尾真治のエマノンシリーズ最新作「おもかげレガシー」をはじめ、上田早夕里、谷口裕貴、野尻抱介、平谷美樹、藤崎慎吾、堀晃、八杉将司らSF畑の作家が多数寄稿しており、SFファンも必読のアンソロジーになっている。その中では、華麗なイメージと奇想を両立させた上田早夕里「魚舟・獣舟」が秀作。
(C)風野春樹