SFマガジン2006年9月号
タタツシンイチマーダー・アイアン 絶対鋼鉄(一九〇〇円/徳間書店)
安田賢司トゥデイ すべてが壊れる午前零時(一五〇〇円/新風舎)
瀬名秀明第九の日(一七〇〇円/光文社)
石黒達昌冬至草(一六〇〇円/早川書房)
梶尾真治きみがいた時間 ぼくのいく時間(一二〇〇円/朝日ソノラマ)
梶尾真治時の“風”に吹かれて(一六〇〇円/光文社)
椎名誠砲艦銀鼠号(一三〇〇円/集英社)
森博嗣フラッタ・リンツ・ライフ(一八〇〇円/中央公論新社)

マーダー・アイアン 絶対鋼鉄 今月はまず新人の作品を二冊。タタツシンイチマーダー・アイアン 絶対鋼鉄(一九〇〇円/徳間書店)は、第七回日本SF新人賞受賞作。前世紀末にバブルがはじけず未曾有の繁栄を謳歌しつづける日本。高層都市と化した東京に、無敵を誇るアメリカのサイボーグ部隊「UNDEAD HEROES」が密命を帯びて潜入していた。エリート意識の固まりのような彼らに立ち向かうのは、日本のハイテク公安「封鎖技研」の長、臀【いさらい】壮一が開発したアンドロイド「タケル01」。『極東の変人』と仇名される臀は、アンドロイドはサイボーグには勝てないという戦場の常識に挑戦しようとしていたのだった……。文章には癖があるし、石ノ森章太郎作品へのオマージュがあまりにもあからさますぎる(「ジョー、君はどこに落ちたい?」 という台詞がそのまま出てきたりする)のには鼻白むが、熱気あふれる戦闘シーンは出色。これまでの本賞受賞作の中でも面白さでは一二を争う作品だ。

トゥデイ すべてが壊れる午前零時 安田賢司トゥデイ すべてが壊れる午前零時(一五〇〇円/新風舎)は、第二五回新風舎出版賞最優秀賞受賞作品。演劇部に所属する高校生が、地区大会の一日を何度も繰り返すという物語で、リピートの謎と法則を探っていく前半のロジカルな展開は西澤保彦風。「トゥデイ」という呪文を唱えるたびにリピーターがどんどん増えていくというストーリーにもオリジナリティがある。ただ、端正な前半に比べ、いきなりスケールが大きくなる後半の展開はツッコミ所が多いし、不用に思える描写が多く長すぎるのが難点。なんと枚数にして一六〇〇枚! この長さのせいで、人に勧めづらい作品になってしまっているのが残念だが、筆力は相当ある作者なので次作も要チェック。

第九の日 続いては科学者作家の短篇集を二冊。瀬名秀明第九の日(一七〇〇円/光文社)は、ロボットSFの傑作として昨年高い評価を受けた『デカルトの密室』に続く〈ケンイチくん〉シリーズ初の短篇集。ミステリの形式を借りて、ロボットの知性と心の問題、そして物語ることそれ自体をテーマにした作品集である。瀬名秀明といえば、万全な取材に基づいた端正な作品というイメージがあるが、この作品(特に表題作)ではある意味不親切と言えるくらいに飛躍が多く、作者の問題意識に追いつくのは難しいだろう。しかし、本書は作者にとってどうしても書かなければならなかった作品であるのだろう。後半では、これまでの瀬名作品のイメージを覆す衝撃的な展開が用意されている。作者の転換点ともいえる重要な一冊である。

冬至草 石黒達昌冬至草(一六〇〇円/早川書房)は癌患者の臨床に携わる外科医でもある作者が、科学や医学をテーマに据えて描いた作品集。まったくの医学の素人である父親が娘を救うために必死の努力をする、という、映画『ロレンツォのオイル』を思わせる感動物語の体裁をとりながら、科学と人間の欲望の相克をえぐる苦い結末が秀逸な「希望ホヤ」、人の血を栄養分とし、放射能を帯びた土壌に育つ「冬至草」を研究していた戦時中の在野の植物学者を描いた鬼気迫る表題作など、科学という人間の営みを透徹した筆致で描いている。概して疑似ノンフィクション・タッチの作品の方がSF的な面白さに満ちているが、田舎の病院の医師を描いた芥川賞候補作「目をとじるまでの短かい間」も作者の死生観が反映された佳品。

きみがいた時間 ぼくのいく時間時の“風”に吹かれて 梶尾真治は短篇集が二冊。きみがいた時間 ぼくのいく時間(一二〇〇円/朝日ソノラマ)は、「美亜へ贈る真珠」など作者の得意とする時間ロマンスの傑作集だが、書き下ろしの表題作はクロノス・ジョウンターものの外伝なので見逃せない。一方、時の“風”に吹かれて(一六〇〇円/光文社)は、リリカルな作品からホラー、ギャグまでバラエティに富んだ作品集。中でも、ギャグと切なさが渾然一体となった「わが愛しの口裂け女」が秀逸。

砲艦銀鼠号フラッタ・リンツ・ライフ 椎名誠久々の異世界海洋小説砲艦銀鼠号(一三〇〇円/集英社)、森博嗣の異世界航空小説第四弾フラッタ・リンツ・ライフ(一八〇〇円/中央公論新社)もいつもながら安定した出来。


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