SFマガジン2006年8月号
山本弘アイの物語(一九〇〇円/角川書店)
大槻ケンヂロコ!思うままに(一五二四円/光文社)
橋元淳一郎神の仕掛けた玩具(二六〇〇円/講談社)
小原優メタモルフォース 十一の変身譚(一五〇〇円/鳥影社)
高野史緒架空の王国(一九〇〇円/ブッキング)

 今月は、短篇集の収穫が多い月だった。

アイの物語 まずは、山本弘アイの物語(一九〇〇円/角川書店)が今年度ベスト級の傑作。いまどき、ここまでまっすぐ前向きなメッセージをてらいなく描くことができる作家は、山本弘くらいのものだろう。機械知性が地球を支配し、人類は細々と生きながらえている未来世界。人類のコロニーを渡り歩く語り部の主人公は、美しき女性アンドロイド、アイビスに捕らえられる。アイビスはシェヘラザードのように毎夜物語を語り、主人公は、人類が滅びに向かった真相を知る……。
 それぞれ独立した短篇として発表された作品を集め、全体をまとめる枠となるパートを加えた構成だが、これが最初からこういう形でまとめることを決めていたかのようにはまっている。組み込まれた短篇はいずれも泣ける話だが、中でも介護ロボットの成長を描いた「詩音が来た日」が、介護現場のリアリティにあふれた力作。一貫しているのは、仮想と現実、そして人間と機械というテーマで、七つの物語が語られたあとに訪れる感動はまさにSFでしか味わえないものだろう。
 ちょっと気恥ずかしいのは、オタク趣味が無批判に肯定的に描かれているところで、このあたりの、一種の子供っぽさにひっかかる読者もいるかもしれない。しかしそれは逆に作者の魅力でもある。子供の頃に読んだSFの面白さ、小難しく長大になってしまう前のSFの楽しさ。本書はそんな原初的な感動を甦らせてくれる作品であり、作者がSFというジャンルそのものへ向けた「愛の物語」でもあるのだ。

ロコ!思うままに 続いて、大槻ケンヂのロコ!思うままに(一五二四円/光文社)は『異形コレクション』シリーズなどに発表された短篇をまとめた作品集だが、こちらも秀作揃い。「イエス様」を名乗る父親により十数年間見世物小屋の中に閉じこめられていた少年と、外の世界からやってきた少女のボーイ・ミーツ・ガールを描いた表題作、妻と子を失った男がUFOキャッチャーのぬいぐるみによって救いを得る「モモの愛が胸いっぱい」、明智小五郎の妻として登場しながら次第に作品にし登場しなくなる文代が、実は明智を捨て二十面相のもとに走ったという妄想を描いた「怪人明智文代」など、いずれも奇想を凝らしつつも、切なく心に響く作品ばかり。キッチュで猟奇的な独自の世界を舞台にした、ダメ人間たちの悲痛な叫びと、そして救いの物語である。作者の新たな代表作といえるだろう。

神の仕掛けた玩具 橋元淳一郎神の仕掛けた玩具(二六〇〇円/講談社)は、一九八四年のデビュー以来、本誌を中心にして短篇を発表してきた作者の、意外にも初のSF作品集。このところ小川一水や野尻抱介ら、新世代のハードSF作家が注目を集めているが、橋元淳一郎はその先駆者ともいえる作家である。本書収録作の発表は主に九〇年代。《辺境惑星開発機構》などの背景の共通する、ゆるやかなつながりのある宇宙SF短篇が集められている。石原藤夫、堀晃といった日本のハードSFの系譜を継ぐ作家だが、工学、天文学よりむしろ宇宙論寄りの形而上的な作風や、作品に漂う仏教的な虚無感、無常観は光瀬龍にも通じるものがある。伏線のすべてが回収されず、結末に割り切れなさを残す作品が多いところを、説明不足と感じるか余韻と感じるかは評価の分かれるところだろう。

メタモルフォース 十一の変身譚 つづいて、小原優メタモルフォース 十一の変身譚(一五〇〇円/鳥影社)は、タイトル通り変身譚を集めたファンタジー短篇集だが、意外性に欠ける作品が多くて平凡な印象。「GB型」「ヘテロ・グラフト」ではブタとヒトの異種移植を扱っているが、同テーマを扱った小林泰三「人獣細工」のように既存の価値観を揺さぶるところまでは達しておらず、一般的な感覚を単になぞっているだけなのが物足りない。また、医学的な描写にも難がある。集中では、変容するアイデンティティをスリリングに描いた「Mの追跡」がベスト。

架空の王国 最後に、高野史緒架空の王国(一九〇〇円/ブッキング)は、九七年に刊行された作品の復刊だが、一六世紀を舞台にした一四〇枚の外伝短篇が追加収録されているので、ファンはお見逃しなく。


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