SFマガジン2006年7月号
平谷美樹銀の弦(二二〇〇円/中央公論新社)
古川日出男ルート350(一五〇〇円/講談社)
鈴木光司、大石圭、北野勇作、小林泰三、牧野修、森山東『クリスピー物語』(二九四円/ネスレ文庫)
西島大介『アトモスフィア12(各一一〇〇円/早川書房)
筒井康隆壊れかた指南(一五七一円/文藝春秋)

銀の弦 まず、平谷美樹の銀の弦(二二〇〇円/中央公論新社)は、七〇年代日本SFを思わせるパラレルワールドSF。渓流釣りに出かけた新聞記者の片倉は、一瞬の眩暈ののち、連れの友人を見失い、岩から直接生えた手首を発見する。その手首には友人と同じ傷が。さらに自分そっくりの「もうひとりの自分」を発見した片倉は現場から逃走するが、やがてもう一人の自分と対決する。一方、科学警察研究所のXファイルと呼ばれる法科学第五部の待田もまた、事件の捜査をきっかけに複数の意識が重層する異様な世界へと巻き込まれていく。SFサスペンス風に始まった物語は後半で一気に爆発。重層化した世界の描写が圧巻の本格SFだ。どこか第一世代作家の作品めいたノスタルジーが感じられるのは、普通の社会人が異様なSF的事件に巻き込まれていくという往年の七〇年代SFの黄金パターンを踏襲していること、さらには科学性よりも思弁を重視する文系的な作風のためもあるだろう。つねにケレン味を廃し真正面からテーマに立ち向かう作者の姿勢は堅苦しくもあるが、変化球の作品が多い昨今では貴重である。

ルート350 古川日出男ルート350(一五〇〇円/講談社)は、作者初の連作ではない普通の短篇集。中間小説誌に掲載された作品のほか、「SFJapan」に掲載された短篇「物語卵」も収録されているが、その作風はSF誌でもそれ以外でもまったく変わらない。東京湾の王国でのボーイ・ミーツ・ガール、霧に閉ざされた埋立地で二度と目覚めない眠りと戦う若者たちの物語など収録作は全八篇。どの作品でも、作者は力強く音楽的な文体で、世界と鋭く対峙する者たちを描き、身体がうちふるえるような崇高な瞬間を見事に切り取ってみせる。

 続いて、一風変わった出版形態の本を。鈴木光司、大石圭、北野勇作、小林泰三、牧野修、森山東『クリスピー物語』(二九四円/ネスレ文庫)は、同名のお菓子のオマケとしてローソンやファミリーマートなど一部の店で発売された文庫本。「殻を脱いで生まれ変わる」をテーマに角川ホラー文庫系の作家六人が競作しているのだけれど、いずれも持ち味を生かしたレベルの高い作品に仕上がっている。本誌的には、小林泰三のロボットSFと北野勇作の妻ファンタジー、森山東の珍しく口当たりのいいファンタジーが興味深いところ。牧野修は期待通りのブラックなホラーで、食べ物のオマケとしてこれを書いてしまう大胆さが素敵。

アトモスフィア1アトモスフィア2 西島大介『アトモスフィア12(各一一〇〇円/早川書房)については、何か語ることがすでに作者の術中にはまっているような気も。どこからか出現して自分になりかわろうとする「分身」。「分身」にとってかわられそうになった「わたし」は、「守る会」と名乗る組織に助けられ、そのメンバーと疑似家族めいた共同生活を送ることになる。しかし次第に世界中に「分身」や「分身の分身」が増え始め……という伝統的なSFの形式をふまえた物語は、2巻の終わりで唐突な結末を迎えることになる。もちろんどんなオチをつけようが赦されないことはないのだけれども、いくらなんでも伏線も何もなしでこれでは、あまりにも唐突すぎて効果的でないように思える。

壊れかた指南 最後に、大御所筒井康隆の壊れかた指南(一五七一円/文藝春秋)は、二一世紀になってから書かれた近作ばかりを収録した七年振りのオリジナル短篇集。飄々とした筆致ながら、内田百間を思わせる何気ない奇想に溢れた快作ばかりで、前著『銀齢の果て』に続いてこれもファン必読の傑作。奇妙な味わいをじっくりとかみしめて読みたい作品集である。「わし」の一人称をこれほど使いこなせる作家は筒井康隆以外いまい。中でも原稿に余白ができるとどこからか現れて追いかけてくる婆さんの話「余部さん」は身につまされるものがある。ああ、スペースが余ってしまった。余部さんがくる。  


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