SFマガジン2006年6月号
●宮部みゆき
『ドリームバスター3』(一六〇〇円/徳間書店)
●小林泰三
『脳髄工場』(五九〇円/角川ホラー文庫)
●伊坂幸太郎
『終末のフール』(一四〇〇円/集英社)
●戸梶圭太
『宇宙で一番優しい惑星』(一八〇〇円/中央公論新社)
宮部みゆき
『ドリームバスター3』(一六〇〇円/徳間書店)は、人気シリーズの第三弾。地球とは別の位相に存在する惑星テーラでは、意識を肉体から切り離し、自在に保管、移動する極秘実験“プロジェクト・ナイトメア”が行われていた。しかし実験装置の暴走により、被験者となっていた凶悪な死刑囚五〇人が、意識だけの存在になって、地球人の精神の中に逃げ込んだ。ドリームバスターとは、地球人の夢の中に潜り凶悪犯を狩る賞金稼ぎのことである……というのが物語の基本設定。作者ならではの生き生きとしたキャラクター描写が楽しめるシリーズだが、前巻あたりから大河ファンタジーとして連続性を増してきた物語は、第三巻に至って大きく進展。地球とテーラの関係が徐々に明らかになりはじめ、時間の湧き出る源泉の周辺で時間が結晶化した「時間鉱山」などユニークなアイディアも登場するなど、SFとしても見逃せないシリーズになっている。しかしこの刊行ペースだと、次が出るのはいったいいつになるのか……。
小林泰三
『脳髄工場』(五九〇円/角川ホラー文庫)は、グロテスクな描写とねじれたロジックがいかにもこの作者らしい短篇集。表題作は、犯罪抑止のために健全な脳内環境を維持する人工脳髄を装着することが一般的になった世界で、自由意志にこだわり装着を拒む少年の物語。一見イーガン的なアイデンティティをめぐる物語に思えるのだが、そこは小林泰三なので一筋縄ではいかない。脳髄装着シーンの血塗れな描写や結末のねじくれ具合は作者ならでは。その他の収録作には軽めの作品も多いが、クトゥルー神話に怪獣もののエッセンスとハードSF的なガジェットを結びつけてみせた「C市」は、すべてのSFファン必読の奇天烈な怪作。スティーヴン・バクスター『
時間的無限大』やラリイ・ニーヴン『
プロテクター』などハードSF関係の小ネタや、作者の過去の作品に関連した描写が見え隠れするのも楽しい。こうした細部へのこだわりが、SFファンに愛されるゆえんだろう。
続いては伊坂幸太郎
『終末のフール』(一四〇〇円/集英社)。作者はこれまでにも『
魔王』や『
砂漠』などSF的な設定を用いた作品をいくつか書いているが、本作は地球滅亡というストレートなSFのテーマを使って書かれた物語。近い将来に小惑星が地球に衝突して人類が滅亡することがわかってから数年後。掠奪や殺人など一時の混乱が収まり、凪のような穏やかさを取り戻した世界で、仙台の団地ヒルズタウンに住む人々の生活を見つめた連作長篇である。終末テーマといえば、SFファンならまっさきにリチャード・マシスンの「終わりの日」やネヴィル・シュート『
渚にて』などを思い出すに違いないが、本作では冷戦を背景にした先行作とは違い、終末ものにありがちな諦めや絶望とは無縁なカラリとした明るさで、滅びを前にしてもなお続いていく日常と、変わらぬ人と人とのつながりを静かに描いている。それぞれに痛みを抱えながらも最後まで生活を続けようとする家族の描写は実に繊細で巧み。ただし、女性陣はちょっと理想化されすぎているような気もするが。
戸梶圭太
『宇宙で一番優しい惑星』(一八〇〇円/中央公論新社)は、泥の海に浮ぶ大陸に途上国ダスーン、先進国クイーグ、中間のボボリの三つの国家が割拠している惑星オルヘゴの物語。巻頭に惑星の地図が載っているなど、ある種のSFのスタイルを踏まえているようにみえるが、戸梶圭太がジャンルの枠に行儀よく収まるような作家ではないのは周知の通り。冒頭でいきなり泥の海のクラック音が真空を隔てた衛星で聞こえる描写があったり、ボボリの通貨が「円」でどう見ても日本そっくりだったりと、物語は意図的にSFのお約束を裏切って進行。ホコ族とアテ族が争っているダスーンはルワンダなどの途上国、事なかれ主義のボボリは日本、高圧的なクイーグはアメリカのパロディなのは明らか。寓話的な設定で、人間の醜さやグロテスクさがこれでもかといわんばかりに描いた作品で、いかにもこの作者らしいドライブ感に満ちた怪作である。
(C)風野春樹