SFマガジン2006年5月号
藤崎慎吾レフト・アローン(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)
宇月原晴明安徳天皇漂海記(一九〇〇円/中央公論新社)
渡辺球俺たちの宝島(一六〇〇円/講談社)
平山瑞穂忘れないと誓った僕がいた(一四〇〇円/新潮社)
有川浩図書館戦争(一六〇〇円/メディアワークス)

レフト・アローン 今月はまず、藤崎慎吾の初短篇集レフト・アローン(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)が必読。『クリスタルサイレンス』の前日譚となる表題作や、『ハイドゥナン』にも登場した“石の記憶”をテーマにした「星窪」など、これまでの長篇とも関連のある作品が収められていて、藤崎作品を読み解くためには格好の短篇集になっている。人工知能や人体の変容といったテーマを描いていても、作者の場合、イーガンとはまた異なり、つねに肉体感覚に基礎づけられた知性というイメージがある。それが作者の生命観のあらわれなのだろう。評者は、これまで藤崎作品のハードSF性と、ニューエイジ風の自然観、そしてロマンチックな恋愛小説の側面のギャップに戸惑うことも多かったのだが、本書を読むことにより作者の中でそれらが自然につながっていることが理解できた。

安徳天皇漂海記 さて今月は、日本ファンタジーノベル大賞出身作家の作品が三冊続けて出版された。まず、安徳天皇漂海記(一九〇〇円/中央公論新社)は、『信長 あるいは戴冠せるアンドロギュヌス』で第十一回大賞を受賞した宇月原晴明の歴史伝奇小説第四弾。今回は戦国時代から離れ、舞台は鎌倉時代。壇ノ浦で入水した幼帝安徳天皇。しかしその玉体は神器のひとつである真床追衾(まとこおうふすま)に包まれ、二六年の間眠り続けていた。玉体を守護するのは、歌人でもあった源氏最後の将軍源実朝。後半では舞台は滅びゆく南宋の地へ移り、元の宮廷に仕えるマルコ・ポーロが漂泊の安徳帝を追う……。伝奇小説の醍醐味は、無関係な史実や伝説を結びつけ、歴史の裏側に大輪の妖花を咲かせる想像力だが、本書はまさに伝奇的想像力の極北を行く作品。江ノ島の洞窟の中で琥珀に包まれ眠り続ける安徳帝や、クビライ・カーンの宮廷で平家物語を語る琵琶法師など、ありえない絵を見てきたように語る豪腕には感嘆。これまでの作者の小説にはときに冗長なところも感じられたが、本作は冒頭から壮大な幻想的結末に至るまで異形のヴィジョンの連続。本年度のベスト級の傑作だ。

俺たちの宝島 『象の棲む街』で第十五回優秀賞を受賞した渡辺球の俺たちの宝島(一六〇〇円/講談社)は、日本版スモーキーマウンテンのような巨大なゴミの山で、文明も貨幣も知らずに自活する子供たちの物語。子供たちを組織して階級社会を作ろうとする大人との対立が描かれたり、子供たちの原始共産主義社会に資本主義経済を持ち込んで効率化を図ろうとする大人が登場したりするなど、現代社会を諷刺するユートピア小説の色合いの濃い作品である。諷刺のメッセージがややストレートすぎるきらいはあるが、前作にはなかったユーモアのセンスも光っている。

忘れないと誓った僕がいた 忘れないと誓った僕がいた(一四〇〇円/新潮社)は、『ラス・マンチャス通信』で第十六回大賞を受賞した平山瑞穂の受賞第一作。「ぼく」が高校時代に一目惚れした彼女はときどきこの世から消え、消えている間は誰もが彼女のことを忘れている。〈消える〉現象は徐々に進行し、いつか彼女は完全に消滅してしまう。それを知った「ぼく」は、彼女を忘れないために必死になるのだが……。時間ロマンスのユニークな変形で、『ラス・マンチャス』が統合失調症だとしたら、今度は認知症をファンタジー化した話といえるかもしれない。前作のカフカ的幻想世界に惹かれた読者は衒いのない明るさに戸惑うだろうけれど、手慣れた筆致で、SF、ファンタジーファンよりもむしろ一般読者向けの作品に仕上がっている。

図書館戦争 最後は有川浩図書館戦争(一六〇〇円/メディアワークス)。公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる「メディア良化法」が施行され、良化特務機関による検閲が行われている日本。検閲に対抗し、図書館の本を守るために武装して戦う「図書隊」の新人女性隊員の恋と成長を「スチュワーデス物語」風に描いた物語である。『空の中』や『海の底』は怪獣との戦いを描くオトコノコ成分と、人間関係を繊細に描くオンナノコ成分の絶妙なバランスで成り立っていたが、本書で大きなウェイトを占めるのはオンナノコ成分。視点がほぼ図書隊内部だけに限定されていて世界の広がりが少ないのがオトコノコには物足りないし、登場人物の気恥ずかしい言動は年長の読者にはちょっとつらい。


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