SFマガジン2006年4月号
●筒井康隆
『銀齢の果て』(一五〇〇円/新潮社)
●山本弘
『まだ見ぬ冬の悲しみも』(一七〇〇円/早川書房)
●津原泰水
『アクアポリスQ』(一四〇〇円/朝日新聞社)
●茂木健一郎
『プロセス・アイ』(一八〇〇円/徳間書店)
●筧昌也
『美女缶』(一四〇〇円/幻冬舎)
まず、大御所筒井康隆の
『銀齢の果て』(一五〇〇円/新潮社)は、往年のスラップスティックの作品群を思わせる傑作長篇。近未来の日本。少子高齢化対策として七〇歳以上の国民に殺し合いをさせるシルバー・バトルが始まった。バトルは地域ごとに行われ、それぞれの地域で生き残るのは一人きり。期間内に生存者が一人にならなかった場合には政府により全員が殺される。つまりは老人版『
バトル・ロワイアル』である。名前のあるキャラクターだけでも五十人以上にも上る老人たちの殺しあいが、章分けなしノンストップで緻密に描かれる。『バトル・ロワイアル』は悲劇的な青春小説だったが、こちらは純然たるブラック・コメディで、世間の良識を痛烈に皮肉る筒井節が久々に楽しめる作品である。タイトルは三船敏郎のデビュー作『
銀嶺の果て』のパロディで、俳優たちの養老院を舞台にしたフランス映画『
旅路の果て』も意識している。さて『バトル・ロワイアル』を非難した良識ある方々は、それより遥かに不穏当なこの作品をどう読むだろうか。
山本弘
『まだ見ぬ冬の悲しみも』(一七〇〇円/早川書房)は、SFの原初的な面白さが満喫できる短篇集。山本弘といえばモットーは「心はいつも十五歳」だが、まさに十五歳の頃に読んだらSFの楽しさの虜になってしまいそうな作品ばかりが揃っている。「奥歯のスイッチを入れろ」では加速装置、表題作では並行世界と、使われているのはいずれもSFではお馴染みのガジェットばかりだが、作者はその可能性をとことんまで追究して読者を奇妙な世界へ連れて行ってくれる。中でもSFマガジン読者賞を受賞した「メデューサの呪文」は言語兵器というモンティ・パイソン風のアイディアから始まってテッド・チャンばりの奇想に至る秀作。また、「闇からの衝動」はC・L・ムーアなど実在の作家を登場させた異色作で、作者の原点を知ることができる作品。そのナイーヴな価値観も含めて、黄金時代SFの香りの感じられる好作品集だ。
津原泰水
『アクアポリスQ』(一四〇〇円/朝日新聞社)は、作者がプロデューサー役を務めるシェアードワールド《憑依都市》プロジェクト最初の長篇。Q市の沖合に浮かぶ人工島アクアポリスに住む少年タイチの前に現われたJという女。アクアポリスの設計者であるJは自らを蘆屋道満の末裔と名乗り、アクアポリスに崩壊の危機が迫っているという。そしてその鍵はタイチがかつて目撃した「牛鬼」にあるというのだが……。技巧的な文章で知られる作者だが、この作品は新境地を拓くストレートな少年小説。物語のボリュームに比して背景設定が煩雑すぎるのは、シリーズの成立上やむをえないか。本書だけでも丹念に読めば設定はつかめるが、「
SF Japan Vol.10(2004冬季号)」を読めばなおわかりやすい。
茂木健一郎
『プロセス・アイ』(一八〇〇円/徳間書店)は、脳科学者として知られる著者初の長篇小説。哲学者から金融界へと転身して巨万の富を得、クオリア研究所を立ち上げる高田軍司という人物を軸に、「私が私である」という自意識の起源を科学的に解き明かす「プロセス・アイ」理論を描く物語である。普通の小説のつもりで読むと、まとまりのなさや肩すかし気味の結末など困惑するところも多い作品で、一貫したストーリーというより、ノンフィクションでは書ききれなかった著者の夢想や思索をゆったり楽しむべき作品なのかもしれない。
筧昌也
『美女缶』(一四〇〇円/幻冬舎)は、もともと
映画として作られ、その後「世にも奇妙な物語」でTV化された作品を、監督が自ら長篇小説化したもの。大学四年生の主人公がたまたま手に入れた「美女缶」。缶を開けるとゼリー状の物体が入っており、それを風呂のお湯の中に入れて三〇分待つと、美女が誕生して主人公を恋人と信じ込む。そして美女との夢のような生活が始まる……という、「それなんてエロゲ?」と言いたくなるような設定の物語。もうアイディアだけで勝ったも同然ではあるのだけれど、長篇としてはプロットがあまりに単純すぎるし、設定の矛盾を一切無視しているのもどうかと思う。あとSFファンなら、最初の方の固有名詞でオチが読めてしまうだろう。
(C)風野春樹