SFマガジン2006年3月号
●伊藤致雄
『神の血脈』(一六〇〇円/角川春樹事務所)
●恩田陸
『エンド・ゲーム―常野物語』(一五〇〇円/集英社)
●琴音
『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』(一五〇〇円/ライブドア・パブリッシング)
●朱川湊人
『わくらば日記』(一四〇〇円/角川書店)
●大石英治
『ぼくらはみんな、ここにいる』(一八〇〇円/中央公論新社)
●平谷美樹
『時間よ止まれ』(六四〇円/ハルキ文庫)
伊藤致雄
『神の血脈』(一六〇〇円/角川春樹事務所)は、第六回小松左京賞受賞作。舞台は幕末、五〇〇〇年前に異星人から不思議な能力を与えられた乾一族の末裔風之助が、他の生物に寄生する知性体のヨサムとともに、勝海舟に鉄砲を教え、黒船でやってきたペリーに秘密裏に面会するなど、日本の近代化に深く関わっていく物語。タイトルと「影で歴史を動かしてきた乾一族」という設定からは、どうしても半村良を思い起こさずにはいられないが、本書は半村良の壮大な伝奇SFと比べるとだいぶ小粒。いくら異能者とはいえ、江戸時代の人間である風之助が、明治以降の日本の歴史を知っているとしか思えない言動をするのはどうも理解できない。歴史上の人物の意外な姿が楽しめる時代小説としてはいいのだろうが、SFとしては今ひとつ物足りない。
恩田陸
『エンド・ゲーム―常野物語』(一五〇〇円/集英社)は、『
蒲公英草紙』に続く「常野物語」シリーズの長篇で、『
光の帝国』収録の短篇「オセロ・ゲーム」の続編にあたる。人を「裏返す」能力を持ち、正体不明の「あれ」と戦い続けてきた拝島瑛子と時子の親子。しかし「あれ」との戦いの中、瑛子の夫は何年も前に行方不明となり、拝島瑛子は意識不明に。たったひとり取り残された娘の時子は、人の記憶に干渉できる「洗濯屋」の火浦とともに、母親が「包まれて」いる異世界へと向かう。『ねじの回転』でもそうだったが、恩田陸のSFやファンタジー作品では、作中に出てくる用語について、詳しく説明されないことが多い。この作品でも「あれ」とは何であり、それを「裏返す」とはどういうことなのかあえて説明せず読者の想像に任せているが、本当に最後まで何もわからないまま終わってしまうので、ロジック好きなSFファンとしては欲求不満が残る。その点さえ気にならなければ、恩田流のインナースペースの旅を楽しめるだろう。
琴音
『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』(一五〇〇円/ライブドア・パブリッシング)は、第十七回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞しながら、諸事情で受賞を辞退したことで有名になった作品。一切の感情がない語り手の女性は、自殺したキオミという友人の自宅である街の地図をみつける。その街を訪れた語り手は、占い師にいわれるままに、他人の告白を聞く〈聞き屋〉になり、葉、アヤメ、そしてパンノキという少年と見えない犬ネグネグとともに奇妙な共同生活を始める。告白に訪れるのは、妻の死後、蝙蝠に似た生物が訪れるようになった老人、人気歌手の恋人だと思いこんでいる女性、いじめられてコオロギを食わされているところを憧れていた幼稚園の先生に見られて以来女性と話せなくなった男性など。それぞれに病んだ人々の告白が物語の中に差し挟まれているのだが、ステレオタイプなものが多くあまり魅力が感じられない。後半の展開もやや唐突。
朱川湊人
『わくらば日記』(一四〇〇円/角川書店)は、昭和三〇年代の東京下町を舞台に、人や物の過去を見る能力を持った少女の周囲で起こるさまざまな事件を描いた連作短篇集。すでに年老いた少女の妹が、現代から当時を振り返って語るという形式をとっており、殺人事件を扱っていながら、心優しい人々の織りなす居心地のいい物語に仕上がっているだが、過去をあまりにも美化しすぎているのが気にかかる。
大石英治
『ぼくらはみんな、ここにいる』(一八〇〇円/中央公論新社)は、九州のある島へと合宿に訪れた東京の中学ブラスバンド部のメンバーが、島ごと四〇〇年前の島原の乱直前の時代へとタイムスリップしてしまうという『漂流教室』過去版のような物語。食糧や自家発電設備、本や映画のアーカイブからインターネットのキャッシュまで、タイムスリップに備え周到な準備がされている、という設定は斬新だが、そのぶんサバイバルの緊迫感がないのが残念。それから、タイムスリップの理屈には期待しない方がいい。
最後に、平谷美樹
『時間よ止まれ』(六四〇円/ハルキ文庫)は、第一世代SF作家風の味わいのあるショートショート集。長篇『
約束の地』のもとになった連作も収録されている。
(C)風野春樹