SFマガジン2006年2月号
●林譲治
『ストリンガーの沈黙』(一七〇〇円/早川書房)
●西條奈加
『金春屋ゴメス』(一四〇〇円/新潮社)
●菅浩江
『おまかせハウスの人々』(一五〇〇円/講談社)
●辻村深月
『凍りのくじら』(九九〇円/講談社ノベルス)
●日下三蔵編
『未来学園 都筑道夫少年小説コレクション 5』(二二〇〇円/本の雑誌社)
まず、林譲治
『ストリンガーの沈黙』(一七〇〇円/早川書房)は『ウロボロスの波動』に続くハードSFシリーズ第二弾。前作は連作短篇集だったが本作はシリーズ初の長篇。西暦二一八一年、ブラックホールの周囲に建造された人工降着円盤の作り出す膨大なエネルギーを背景に宇宙へと乗り出した人々は、地球とは異質な価値観による社会を形成していた。彼らを快く思わない地球側は、AADD(人工降着円盤開発事業団)に対し武力侵攻を開始。おりしも人工降着円盤ではシステム全体を崩壊させかねない異常振動が起きはじめており、さらに太陽系の辺境では、未知の知性体ストリンガーの接近が観測されていた。
ファーストコンタクト、軍事SF、人工知能ととにかく多様なテーマを一冊に詰め込んだ長篇で、難を言うなら説明不足の部分と説明過多の部分のバランスが悪く、ややわかりにくい感も。また、設定のハードさに比べて妙に軽いキャラクターにも違和感があるし、特に地球側の人物が戯画化されすぎているのも気になる。しかし、二二世紀の太陽系社会をまるごと目の前に見せてくれる気宇壮大さは何物にも代え難く、このタイプの作品を書く作家が日本には他にほとんどいないだけに貴重である。
西條奈加
『金春屋ゴメス』(一四〇〇円/新潮社)は、第十七回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。世の中には、設定だけで勝ったも同然、という作品があるが、これもそのひとつ。北関東から東北にまたがる領土を持ち、十九世紀初頭の江戸を忠実に再現した「江戸国」。もともとは実業家の作った老人向けタウンだったのだが人口が増えるにつれ規模が拡大し、ついには日本からの独立を宣言。鎖国政策を敷き、入出国は厳重に管理されていて、抽選に当たれば永住ビザが交付されるが、競争率はなんと三百倍……という背景のもと展開するのは、致死率百パーセントの疫病「鬼赤痢」の謎を追う大江戸アウトブレイク捕物帖。
物語が小さくまとまりすぎていて、これだけの設定が充分にストーリーにからんでいかないあたりに、SF読みとしてはもどかしさを感じてしまうのだが、エンタテインメントとしての完成度、リーダビリティの高さではファンタジーノベル大賞受賞作中でも一二を争うほど。安定した作品を書ける作家だと思うので、今後の作品にも期待したい。
続いて、菅浩江
『おまかせハウスの人々』(一五〇〇円/講談社)は、近未来の日常風景をあたたかな筆致で切り取った作品集。中間小説誌に掲載された短篇六篇を収めている。「バウリンガル」みたいに相手の表情や声色から本心を読む装置「ダミー・フェイス」をめぐる悲喜劇「麦笛西行」や、BSE騒動の果てに何を食べればわからなくなった社会を描いた「フード病」など、いずれも現代社会の問題を少し外挿した設定を巧みに使って、人と人のコミュニケーションの困難を描いている。短篇の名手の作者ならではの、味わい深い佳作揃いの短篇集だ。
辻村深月
『凍りのくじら』(九九〇円/講談社ノベルス)は、藤子・F・不二雄の『どらえもん』にトリビュートを捧げた長篇ファンタジー。どこにいても居場所がないと感じている高校生・芦沢理帆子の前に現れた不思議な青年。母の入院。別れた恋人との再会。そして訪れる「すこし・ふしぎ」なできごと。『ドラえもん』リスペクト小説としては、瀬名秀明『八月の博物館』や北野勇作の短篇などがあるが、そうした「元少年」的な視点とはアプローチがまったく違うのが新鮮。瑞々しく繊細な心理描写が秀逸な作品である(中でも自己中心的な別れた恋人の描写はリアルでイヤすぎ)。
最後に、日下三蔵編
『未来学園 都筑道夫少年小説コレクション 5』(二二〇〇円/本の雑誌社)は、SF&ホラー篇の二巻目。『未来学園』『ロボットDとぼくの冒険』の二中篇に、単行本未収録作も含む短篇八篇が収められている。本格推理の才人の作品だけあって、SFミステリ的な趣向が凝らされていて、謎解きが楽しめる作品が多い。学年誌に掲載された作品が多いためだろう、いかにもジュヴナイルSFらしい健全なメッセージ性も好ましい。
(C)風野春樹