SFマガジン2006年1月号
●柾悟郎
『さまよえる天使』(一七〇〇円/光文社)
●恩田陸
『ネクロポリス 〈上〉・〈下〉』(各一八〇〇円/朝日新聞社)
●七瀬晶
『Project SEVEN』(一四七〇円/アルファポリス)
●日下三蔵編
『妖怪紳士 都筑道夫少年小説コレクション 4』(二二〇〇円/本の雑誌社)
まず今月は、柾悟郎
『さまよえる天使』(一七〇〇円/光文社)から。作者は寡作で知られ、この本も『
シャドウ・オーキッド』以来三年ぶり。
世界の各地に、〈静物の人〉と呼ばれる人びとが住んでいる。彼らは普通人の三百分の一のスピードでしか動けない(思考は普通の速度でできる)が、そのかわり寿命も通常人の三〇〇倍、つまりは二万四千年ほど。彼らは思考を伝えるテレパシー能力を持ち、通常人の支援者の助けを借りながら、静かに生き続けている。時に隔てられたコミュニケーションという、いかにも「泣けるSF」になりそうな題材だが、作者はそうした安易な方向は選ばないし、SFガジェットに必要以上に深入りすることもない。〈静物の人〉そのものよりも、むしろ彼らにわずかに触れた、さまざまな人々の人生の断片を鮮やかに切り取ってみせる。今までの作者のイメージを期待すると面食らうかもしれないが、いかにも短篇らしい味わいのある、抑制の利いた端正な作品集である。
続いて恩田陸の
『ネクロポリス 〈上〉・〈下〉』(各一八〇〇円/朝日新聞社)は、本格ミステリ、ファンタジー、ホラー、そして歴史改変SFと、エンタテインメントのあらゆる要素が渾然一体となった大傑作。
かつてイギリス人と日本人が入植してきたため、西洋と東洋が混ざり合った独特の文化を持つ極東の島国「V.ファー」。その国にはヒガンと呼ばれる奇妙な風習があった。毎年一度、V.ファーの人々はスロウボートを仕立てて閉ざされた土地アナザー・ヒルに赴く。そこには、その年亡くなった死者たちが「お客さん」として現れるのだ。しかしその年のヒガンはいつもとは違っていた。跳梁する連続殺人鬼「血塗れジャック」。密室状態のアナザー・ヒル内で繰り返される殺人。女青髭と噂される「黒婦人」。かつて密室から消失した叔父。夜に訪れる「悪い風」。謎と不安に満ちたヒガンの出来事が、東京からV.ファーを訪れ、初めてヒガンに参加することになった大学生ジュンの視点で描かれていく。
「さまざまな予感に満ちた風景の中を、浮かんでは消えるイメージに身を任せて存分に歩き回れる幸福」という表現が『
三月は深き紅の淵を』にあるが、この作品の核になっているのもまさに「予感」。霧が徐々に晴れて風景が見えてくるかのように、断片的な描写から少しずつ、奇妙で魅力的な異世界の姿が立ち上がっていく前半のわくわく感は作者ならでは。特異なルールが支配する世界を舞台にした本格ミステリとしても読むこともできるが、真相の意外性はそれほどでもないので、あまり本格としての読み方にはこだわらない方がいいだろう。むしろ、奇妙な習俗のある閉じた世界の物語という点で、デビュー作『
六番目の小夜子』を再び壮大なスケールで語りなおした作品とも読める。
七瀬晶
『Project SEVEN』(一四七〇円/アルファポリス)は、女子高生天才ハッカーとプログラマーの男性が、ハッカー連続失踪事件の謎に挑むサイバー冒険小説。ハッカーが資本主義と戦うヒーローになりえた九〇年代へのノスタルジーにあふれた作品で(主人公たちが崇拝するのはケヴィン・ミトニックと「闇のダンテ」だ)、コンピュータとヒッピー思想が分かちがたく結びついていたインターネット黎明期の熱気を感じさせて懐かしい。ただ、二一世紀のネットSFとしては、世界観が牧歌的すぎるし、主人公をはじめとする登場人物の思考や感情が幼く感じられるのも気になるところ。
最後に、日下三蔵編
『妖怪紳士 都筑道夫少年小説コレクション 4』(二二〇〇円/本の雑誌社)はSF&ホラー篇。週刊少年キングに連載された妖怪アクション「妖怪紳士」第一部、第二部(第二部は初単行本化)と、SF長篇「ぼくボクとぼく」が収録されている。中でも「妖怪紳士」は傑作で、週刊誌連載ならではのスピーディでドライブ感あふれる展開が魅力。妖怪同士の闘いだというのに、ヘリコプターを駆使してみたり敵を爆殺したりと、勝つためには手段を選ばない主役の「折れた角」の、少年小説らしからぬアナーキーなキャラクターも素敵。第五巻『
未来学園』も本誌が出る頃には出ているはず。
(C)風野春樹