SFマガジン2005年12月号
●池上永一
『シャングリ・ラ』(一九〇〇円/角川書店)
●町井登志夫
『血液魚雷』(一五〇〇円/早川書房)
●黒武洋
『半魔』(一六〇〇円/徳間書店)
●梶尾真治
『精霊探偵』(一六〇〇円/新潮社)
●梶尾真治
『この胸いっぱいの愛を』(六〇〇円/小学館文庫)
●梨木香歩
『沼地のある森を抜けて』(一八〇〇円/新潮社)
池上永一
『シャングリ・ラ』(一九〇〇円/角川書店)は、熱帯雨林と化した東京で展開する、壮大な戦闘美少女小説。温暖化防止のため、二酸化炭素を多く排出する国には、国連により炭素税が課せられることになり、世界経済すらもが炭素を中心に回るようになったを近未来。裕福な人々は「アトラス」と呼ばれる巨大な積層都市に移り住んでいるが、森林と化した地上は難民であふれかえっている。祖母の跡を継いで地上の反政府ゲリラの首領となった北条國子は、激しい戦いの中で「アトラス」の真の目的に近づいていく……。物語はとにかく破天荒で過剰。『
レキオス』もかなり壮大だったが、こちらはそれを軽く上回る。なにしろ『レキオス』のサマンサ博士みたいな超人的な怪女(ニューハーフも含む)が、この作品では大挙して暴れ回るのだ。古川日出男『
サウンドトラック』とも響きあう、祝祭的な東京再生の物語だ。
町井登志夫
『血液魚雷』(一五〇〇円/早川書房)は、血管内胃カメラみたいなカテーテルを駆使した、血液中を高速で移動する謎の物体との攻防を描く医学サスペンスSF。物体の縮小化という科学的に無理のあるネタなしで『ミクロの決死圏』を実現したアイディアはユニーク。ただし、もともとミステリーの賞に応募した作品だからか、SFとしての広がりに欠けるのが残念。また、さしあたって人命に危険を及ぼさない微生物を退治するために、次々と患者の生命を深刻な危険にさらすような治療法を繰り出していくというのは、医療倫理としてどうかと思う。医学的には「放置」が正しい判断だろう(それでは小説にならないが)。それとも、微生物を根絶せずには気が済まない過度な清潔志向を皮肉った小説ととらえるべきか。
『
そして粛清の扉を』『
パンドラの火花』など、整合性など無視したような破天荒な展開ながら、なぜだか忘れがたい印象を残す作品を書いてきた黒武洋の新作は
『半魔』(一六〇〇円/徳間書店)。空中に留まる能力を持つ陽子、火や水を操れる理砂、人の心が読める寛美の三人の女子高生とこの世ならざる敵との戦いを描いた霊能バトル小説。今すぐにでもアニメ化できそうな小説で、これまでの作品の中ではいちばんまとまってはいるものの、ごくありきたりのライトノベル風なのがちょっと物足りない。
作家専業になってますます脂が乗り切ってきた梶尾真治は長篇が二冊。まず、
『精霊探偵』(一六〇〇円/新潮社)は、妻を失ってから人の背後霊が見えるようになった探偵の物語。死者と生者の交感を描いた心温まる小品かと思いきや、途中から風呂敷がどんどん広がって典型的な××SFに。サプライズが某作品に似すぎているのが気になるけれど、実にこの作者らしいSF愛と郷土愛に満ちた作品で楽しめる一冊だ。
続いて
『この胸いっぱいの愛を』(六〇〇円/小学館文庫)は、『
クロノス・ジョウンターの伝説』を原作に大胆に改編を加えた映画の、作者自身によるノベライズ。原作小説とはキャラクターの名前以外はまったくの別物だが、このノベライズも、梶尾真治オリジナルといってもおかしくないリリカルな群像劇に仕上がっている。エンディングは映画とは違うらしいのだけれど、余韻があるとともにSF的にも納得がいくものになっている。『精霊探偵』もそうだが、温かみのある人物描写が実に巧み。
最後に、まさかSFとは思わず先月取り上げ損なってしまった梨木香歩
『沼地のある森を抜けて』(一八〇〇円/新潮社)を。三十歳を過ぎた久美が亡くなった叔母から受け継いだ先祖伝来のぬか床。毎日ぬか床をかき混ぜていた久美は、ある日がぬか床が卵を宿しているのに気づく。卵は少年を産み、久美はその少年を育て始める。第一話だけ読めば女性性をテーマにしたファンタジーなのだが、物語が進むとこれが新井素子の「ネプチューン」をも思わせる、生物進化を正面から扱った本格SFになっていくのである。ヒロインは生物系の研究職で、怪異に取り込まれることなくロジカルに怪異を解きほぐそうとする姿勢がまさにSF。そしてロジックとロマンチシズムがみごとに融合しているあたり、まぎれもなく上質なSFである。本年度の収穫のひとつ。ゆめゆめ読みのがすことなかれ。
(C)風野春樹