SFマガジン2005年11月号
●瀬名秀明
『デカルトの密室』(一九〇〇円/新潮社)
●北野勇作
『空獏』(一五〇〇円/早川書房)
●神林長平
『鏡像の敵』(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)
●山田正紀
『未来獣ヴァイブ』(一六〇〇円/ソノラマノベルス)
国内SFだけでも毎年何十冊もの作品が出版されているが、必ず読むべき作品というのはそれほどあるわけではない。瀬名秀明
『デカルトの密室』(一九〇〇円/新潮社)は間違いなくその中の一冊だ。ここ数年、ロボットに関わる小説やノンフィクションを発表し続けてきた瀬名秀明が、知能という難問に真正面から挑んだ長篇である。
世界的な人工知能コンテストに参加するため、自ら作ったロボット・ケンイチとともにメルボルンを訪れた尾形祐輔の前に美貌の天才科学者フランシーヌ・オハラが現れる。十年前に死んだと伝えられていたフランシーヌは、祐輔を挑発しゲームに誘い込む。奇妙なゲームの果てに祐輔は密室に幽閉され、ケンイチはフランシーヌを射殺。しかしそれは天才フランシーヌの仕組んだ事件の始まりに過ぎなかった……。
舞台は、自律して人間と会話を交わすロボットが完成している近未来。ここで描かれているのは『
あしたのロボット』よりも少し先の「あさってのロボット」だ。全編にわたる議論は難解で、後半では膨大な思索を整理しきれていない感もあるが、それも含めて最高のロボットSFのひとつであることは間違いない。知能をめぐる哲学的問題を、物語とモラルへと帰着させるのは哲学者でも工学者でもない作家・瀬名秀明ならではの発想だ。本誌先月号に掲載された作者インタビューが優れた解説になっているので、本書を読み解く助けになるはずだ。ミステリとしては、叙述トリックめいた語りの仕掛けや、有名な密室ミステリへのオマージュも読みどころ。
続いて、北野勇作
『空獏』(一五〇〇円/早川書房)は、夢見る獏の中で眠っているのか死んでいるのかわからない人々が織りなす、戦争と西瓜をめぐる、ゆるやかなつながりを持った連作長篇。ああ、いつもの北野テイストだな、と思う読者も多いだろうが、この作品はちょっと違う。今までの北野作品ならアイデンティティの揺らぎが心地よいノスタルジーと切なさをかきたてるところだが、本書ではディック的な悪夢めいた不安感が前面に押し出されているのだ。これまでとは少し異なった違う作者の一面がうかがえる作品であり、同じく戦争をめぐる連作『
どーなつ』と対をなす作品ともいえる。
神林長平
『鏡像の敵』(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)は、一九八〇年代に発表された短篇六篇を収録した作品集。既刊の短篇集『時間蝕』から「酸性雨」を除き単行本未収録の三篇を追加した新編集版だが、いかにも作者らしい作品を集めた、神林長平入門にぴったりの傑作集になっている。この時期の神林作品の魅力といえば、軽妙でもあり哲学的でもある、バディームービーさながらの対話の妙。さらに、永久刑事と永久逃亡犯の相克を描いた「渇眠」、人工副脳PABが一般化した世界を描く「兎の夢」など、作者のその後の作品とも設定が通底する作品も多く、熱心なファンならなおさら楽しめるだろう。
そして、八〇年代からの日本SFファンなら狂喜乱舞するだろう作品が山田正紀
『未来獣ヴァイブ』(一六〇〇円/ソノラマノベルス)。八〇年代にソノラマ文庫で四巻まで刊行されながら未完になっていた幻の本格怪獣SF『機械獣ヴァイブ』。二〇年の時を経て、あの「ヴァイブ」がタイトルを変えついに完結したのである。
昭和六〇年、瀬戸内海から引き上げられた巨大な銅鐸。その銅鐸と共振した高校生の北条充は超人的な能力を手に入れる。そして、充と呼応するかのように瀬戸内の小島では何ものかが深い眠りから目覚める。その何ものかは海上自衛隊の護衛艦をあっけなく沈め、そして東京へと迫ろうとしていた……。
もともと正編八巻、外伝二巻という構想の作品を四巻分で一気に完結させただけあって、結末はかなり駆け足で、強引に風呂敷を畳んだ感は否めない。しかし、ジュヴナイル、伝奇、怪獣、時間SFとさまざまな要素をぶちこんだサービス精神旺盛なストーリーと、熱のこもった筆致には一気に読ませる力がある。円熟した現在の山田節に比べると、文体もプロットも直線的でいかにも若々しいのも今読むと新鮮だ。この調子で「神獣聖戦」も「妖虫戦線」も「神曲法廷」もお願いしますよ、山田先生。
(C)風野春樹