SFマガジン2005年10月号
藤崎慎吾ハイドゥナン (上) (下)(各一七〇〇円/早川書房)
浅暮三文実験小説 ぬ(四九五円/光文社文庫)
篠田節子ロズウェルなんか知らない(一七〇〇円/講談社)
五十嵐貴久2005年のロケットボーイズ(一六〇〇円/双葉社)
笹公人念力図鑑(一二〇〇円/幻冬舎)

ハイドゥナン (上)ハイドゥナン (下) いよいよ今月からJコレクションが待望の第三期スタート。記念すべき再開第一弾となるのは、藤崎慎吾の二〇〇〇枚の大作ハイドゥナン (上) (下)(各一七〇〇円/早川書房)である。
 西暦二〇三二年、未曾有の地殻変動により南西諸島に沈没の危機が迫っていた。危機を国家機密として島民の人命を軽視する政府の対応に憤った南方洋司ら六人の科学者は、独自のISEIC(圏間基層情報雲)理論により地殻変動を食い止めるべく極秘プロジェクトを開始する。
 一方、共感覚の持ち主である大学生の伊波岳志は、ダイビング中に「たすけて」と呼ぶ若い女の声の幻に悩まされるようになる。同じ頃、与那国島の巫女的存在ムヌチの後間柚は、ダイビング中の若者に救いを求める夢を頻繁に見るようになっていた。与那国で運命的な出会いを果たした二人は、柚の聞く神の声に従い「十四番目の御嶽(ウンガン)」を探し始める。
 冒頭から、テレパシー、与那国海底遺跡、祈りのネットワーク、神との交信……と、ニューエイジ本と見まごうばかりの描写がばしばし出てくるので、まずこれを許容できるかどうかが読者によって意見が分かれるところかもしれない。しかし、物語はトンデモと科学の間の実に微妙なところでバランスをとりながら突き進み、それまでに提示された数々のテーマがISEIC理論という壮大なヴィジョンへと収束していく圧巻のクライマックスへと到達する。この力業は見事。ちなみに、本書は『蛍女』の続編であり、物語の鍵となるISEIC理論も、前作で提示された「森知性論」を発展させたものだ。  そして、メインプロットは『クリスタルサイレンス』同様、基本的にはストレートなラブストーリー。本書を読むと、作者の持ち味は本格ハードSFよりもむしろロマンスにあるのではないかと思えてくる。ただ、本書の恋愛描写は、いささか時代がかりすぎているような気もするのだが……。
 なお、「ハイドゥナン」とは与那国の方言で伝説の地「南与那国島」のことである。

実験小説 ぬ 続いて、浅暮三文実験小説 ぬ(四九五円/光文社文庫)は、軽快な語り口とトリッキーな奇想を両立させた傑作短篇集。特に前半の実験短編集に佳品が揃っていて、謎めいた「喇叭」、辞書的記述の中に物語りが侵入してくる「參」など味わいのある佳品が揃っている。後半の異色掌編集も、人を食ったようなとぼけた味わいがよい。

ロズウェルなんか知らない 篠田節子ロズウェルなんか知らない(一七〇〇円/講談社)は、まずタイトルが巧い。舞台は一時はスキー場で賑わった駒木野町。しかし温泉も景勝地もないので観光客は素通り、人口も減少していまや安楽死を待つだけ。そこで町の「青年」たちは起死回生の一作として、UFOと怪奇現象で町おこしを狙うが、保守的な役所や老人たちの反発を浴び……。
 過疎化と町おこしという現代日本の切実なテーマにキッチュなオカルトをからめ、軽快なコメディに仕立た快作。軽めの作品ながら、作者のテーマの選び方のうまさ、確かな人物描写、ストーリー展開の巧みさが光る作品だ。SF性はほとんどないのだけれども(ちょっとだけブラッドベリがネタにされてます)、SFファンなら爆笑必至。

2005年のロケットボーイズ これもSF性は薄いけれど、五十嵐貴久2005年のロケットボーイズ(一六〇〇円/双葉社)は、夏休みにキューブサット(十センチ立方体の小型衛星)を作る高校生を描いた作品(ロケットは作りません)。「本邦初の理系青春小説」という帯の惹句には首をひねるけれど(『夏のロケット』は?)、キャラの立った登場人物とベタな展開で安心して読める青春小説である。主人公の通称がカジシンなのは狙っているのかどうか。

念力図鑑 本誌の巻頭連載でもお馴染みの歌人・笹公人の念力図鑑(一二〇〇円/幻冬舎)は、本誌発表の作品も含んだ第二歌集。『念力家族』の学園ジュヴナイルSFの世界から一歩進んで、抒情とギャグとノスタルジーが渾然となった独自の世界を作り上げている。

指切りの指のほどけるつかのまに約束蜂の針がきらめく


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