SFマガジン2005年9月号
●森博嗣
『ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven』(一八〇〇円/中央公論新社)
●有川浩
『海の底』(一六〇〇円/メディアワークス)
●恩田陸
『蒲公英草紙―常野物語』(一四〇〇円/集英社)
●大濱真対
『異進化猟域 バグズ』(八七六円/カッパノベルス)
森博嗣
『ダウン・ツ・ヘヴン―Down to Heaven』(一八〇〇円/中央公論新社)は、『
スカイ・クロラ』『
ナ・バ・テア』に続くシリーズ第三作。前作と直接つながった物語なので、単独で読むとわかりにくいところが多いかもしれない。舞台は、戦争を企業が肩代わりし、ショーめいた戦闘機同士の空中戦が延々と繰り返されている世界。主人公は、大人になることなく永遠に生きる子供「キルドレ」で、天性の飛行機乗りの才能を持っている。作中で設定が少しずつ明らかにされていった前作に比べ、本作ではそうした仕掛けはないためSF的な読みどころは薄いが、そのぶん主人公草薙水素(この名前は、『攻殻機動隊』の草薙素子を連想させる)の心象風景と思想がたっぷりと描かれている。あらゆる人間的、地上的なものから遠く離れた、限りなく死に近い透徹した世界は、極端ではあるが、シゾイド傾向を持った工学系の人間の理想郷ともいえるものかもしれない。短く改行された文章で表現された飛行感覚の描写も出色。
続いて、有川浩
『海の底』(一六〇〇円/メディアワークス)は、傑作『空の中』に続く本格怪獣小説第二弾。タイトルとはうらはらに舞台は海の底ではなく、最初から最後まで海沿いで展開する物語である。突如、横須賀港に巨大ザリガニの群れが襲来。次々と喰われていく市民を救助するために機動隊が出動。たまたま米軍横須賀基地の見学に来ていた一三人の子供たちは、二人のはみ出し自衛官とともに海上自衛隊の潜水艦『きりしお』の中に逃げ込むが、孤立した潜水艦の中で、子供たちの対立と緊張は深まっていく。B級モンスターパニック映画そのままの設定の中で、作者が生き生きと描き出すのは、規則と現実の狭間で最善を尽くそうと苦悩するプロたちの活躍と、少年少女の確執と成長。いささか紋切り型な展開(たとえば声を失った少年のエピソードとか)が目につくことも確かだが、この作品には、すっかり年齢だけは大人になってしまった筆者が読んでも憧れるほど「かっこいい大人」が描かれている。己の役割をわきまえ、子供を守るために力を尽くす大人たち。保守反動といわばいえ、あらゆる境界が崩れている現代だからこそ、作者が描く大人たちの姿はまぶしく力強い。
恩田陸の
『蒲公英草紙―常野物語』(一四〇〇円/集英社)は、ゼナ・ヘンダースンの〈ピープル〉シリーズを下敷きにして、不思議な力を持った一族“常野”を描いた『光の帝国 常野物語』の続編。連作短篇集だった前作とは異なり長篇である。明治時代、宮城県のある集落に暮らす一人の少女の視点から、旧家のお屋敷の家族とそこに集う人々、さらには特殊な能力を持った“常野”と呼ばれる一族との関わりが、暗い時代に向かいつつある日本の近代史を背景に、おだやかな筆致で綴られている。作中で描かれる農村とお屋敷の風景は、とても明治時代の日本の村とは思えないほどに浮世離れしているのだが、それは確かに何かの物語の中で目にした覚えがあり、私たちが思わず懐かしいと感じてしまう光景である。恩田陸の小説はいつもながら私たちの記憶を刺激してくれる。
最後に、先月の積み残しを一冊。光文社の長篇公募企画「KAPPA−ONE登龍門」の第四期第一弾として刊行されたのが、大濱真対の近未来超能力アクションSF
『異進化猟域 バグズ』(八七六円/カッパノベルス)。「
異進化種」と呼ばれる、超能力を持った人間たちが従来の人間と同居する近未来東京。バグズによる犯罪を取り締まるため、国家機関ビーハイヴが密かに設立されていた。かつて爆破テロによって妹を殺されたバグズのリョウは、復讐のためビーハイヴの一員となり、さまざまな能力を持つ仲間たちとともにテロリストを追跡していく。
ストーリー展開にはややぎこちなさを感じるところもあるものの、とことん娯楽に徹したサービス精神には拍手。それぞれに特徴のある超能力を持ったバグズたちのキャラクターも、往年のヒーローアクションものを思わせて(ちゃんと紅一点もいて、これがなんとアイドル兼超能力戦士)魅力的。作者はこれがデビュー作だが、『場違いな工芸品』という作品が、二〇〇〇年第十二回ファンタジーノベル大賞の最終候補作に残っている。
(C)風野春樹