SFマガジン2005年8月号
吉村萬壱バースト・ゾーン―爆裂地区(一七〇〇円/早川書房)
照下土竜ゴーディーサンディー(一九〇〇円/徳間書店)
北國浩二ルドルフ・カイヨワの憂鬱 (一九〇〇円/徳間書店)
機本伸司僕たちの終末(一七〇〇円/角川春樹事務所)
福井晴敏戦国自衛隊1549(一七〇〇円/角川書店)
谷甲州星空の二人(六八〇円/ハヤカワ文庫JA)

バースト・ゾーン―爆裂地区 小説を読んでひとときの安らぎを得たいのであれば、吉村萬壱バースト・ゾーン―爆裂地区(一七〇〇円/早川書房)を読んではいけない。ただし、今まで読んだことのないような独創的な小説、認識の変革を迫る衝撃的な小説が読みたいのであれば、何をおいても読むべきだ。テロリンと呼ばれる姿の見えないテロリストの襲撃により疲弊した近未来日本。ラジオからは国威発揚のメッセージが流れ、少しでもテロリンの疑いをかけられたものは容赦なくリンチを受けて殺される。一見、荒廃した近未来日本を描いた社会風刺的な作品かと思いきや、舞台が大陸へと移る第二章からの展開が凄い。テロリンの本拠地があり、未知のエネルギー「神充」をめぐる攻防戦が行われているという大陸へと渡った登場人物たちは苛烈な遍歴を重ね、ついに想像を絶する真実を目にする……。『クチュクチュバーン』で描かれたヴィジョンはここではさらに深化し、人間を人間たらしめている人間性や意味、尊厳、物語といったものをすべてはぎとった人間の姿が冷徹に、しかも美しく描かれる。紛れもなく今年の日本SFの収穫の一つだ。

ゴーディーサンディー 続いて、日本SF新人賞関連の作品を二冊。まず、二二歳という作者の若さが話題を呼んだ照下土竜ゴーディーサンディー(一九〇〇円/徳間書店)は、第六回日本SF新人賞受賞作。生体爆弾ともいうべき擬態内臓による自爆テロが頻発している近未来日本。爆発物対策班に所属する主人公の職務は、擬態内臓を持つ人間を生きたまま、しかも麻酔なしで解体することだった。マイケル・ブラムラインの『器官切除』を思わせる悪趣味でスプラッタな奇想を背景に語られるのは、主人公の虚無的な心象風景と、気恥ずかしいほどにストレートなボーイ・ミーツ・ガールの物語。登場人物の心理が不自然で、小説として決して完成度が高いとはいえないが、いかにも若い作者らしい歪な熱気の感じられる小説である。

ルドルフ・カイヨワの憂鬱  北國浩二ルドルフ・カイヨワの憂鬱 (一九〇〇円/徳間書店)は、第五回の佳作入選作を全面改稿した作品。ヒトの生殖細胞に寄生する「ゲノムウィルス」が猛威を振るい、体外受精や遺伝子スクリーニングが義務化されつつある近未来のアメリカ。弁護士で生命倫理委員会の調査員も務めるルドルフ・カイヨワは、ある病院の不正事件を調査するうちに、自身の出生の秘密にも関わる大きな陰謀に突き当たる。ケレン味がなくSFとしては新味に欠けるのが難点だが、文章も作劇も新人離れした確かさでエンタテインメントとしての完成度が高いため、ふだんSFを読まない人にも安心してお薦めできる作品だ。

僕たちの終末 機本伸司僕たちの終末(一七〇〇円/角川春樹事務所)は、「宇宙」、「救世主」に続き、今度は「宇宙船の作り方」を描いてみせたライトなハードSF。太陽の異常活動により絶滅の危機を迎えた人類。どうせ滅びるなら、いっそ民間で恒星間宇宙船を造って地球を脱出してしまえ、という一人の夢想家のアイディアから始まる、実に気宇壮大な物語である。建造費用をどうやって集めるのか。乗船権はどうやって決めるのか。エンジンや居住区の設計はどうするか。こうした細々とした現実的な問題について徹底的に議論が戦わされ、最初はとうてい実現不可能に思えた計画があれよあれよと進んでいく展開は、魅力的なキャラクターとも相まって実に爽快。ハードSF的なテーマが、最後には個人の内面の問題に行き着いてしまう作風は、もう作者のトレードマークというべきか。

戦国自衛隊1549 福井晴敏戦国自衛隊1549(一七〇〇円/角川書店)は公開中の映画の原作本。長めの中篇程度の分量しかないので人物の書き込みも不十分で、大長篇の梗概のような物足りなさが残るが、作中で語られる日本人論は紛れもなく福井節。SFファンとしてはタイムパラドックス関係の描写には目をつぶり、スタトレのコバヤシマル・テストへのリスペクトににやりとすべし。

星空の二人 谷甲州星空の二人(六八〇円/ハヤカワ文庫JA)は、まさにこれぞSFの王道というべき本格宇宙SF短篇集。表題作のようなロマンティックな作品から、『SFバカ本』掲載作に至るまでバラエティに富み、しかも一本筋の通った宇宙SFの数々が楽しめる。


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