SFマガジン2005年7月号
●打海文三
『ぼくが愛したゴウスト』(一四〇〇円/中央公論新社)
●森岡浩之
『優しい煉獄』(トクマノベルスEdge/八一九円)
●村上龍
『半島を出よ (上)・(下)』(幻冬舎/各一九〇〇円)
●古川日出男
『ベルカ、吠えないのか?』(一七一四円/文藝春秋)
今月は国内SFが不作。このところいつも作品選定には苦しんでいるのだけれど、今月は特に悩ましくて、はっきりSFといえる作品は森岡浩之『優しい煉獄』くらいのもの。これのどこがSFなんだ、と言われかねないような作品も混じっているのだけれど、ご容赦下さい。
打海文三
『ぼくが愛したゴウスト』(一四〇〇円/中央公論新社)は、一見ジェントル・ゴースト・ストーリーのようなタイトルだし、帯にも「愛しき恐怖譚」とあってまったくSFのようにはみえないのだけれど、これが実はパラレルワールドもの。ひとりでコンサートに出かけた主人公の小学五年生の少年と、売れない役者のヤマ健は、たまたま中央線の人身事故に出くわしたことをきっかけに、この世界とは微妙に異なった世界に迷い込んでしまう。ふたつの世界の違いはごくわずか。パラレルワールドの人々は、汗が硫黄の匂いで、お尻から尻尾が生えていて(!)、そして「心」がなく表情がぎこちないのである。ふたりはなんとかして元の世界に戻ろうとするが、謎の組織が密かに彼らを狙っていた……。葛藤する少年の心理は丁寧に描かれているが(一一歳にしてはやや大人っぽすぎる気もするが)、「心」とは何か、現実とは何か、という認知科学的テーマの扱い方が粗雑なのが残念。
トクマノベルズ内に創刊されたヤングアダルト向け新シリーズEdge(そういえば昔ミオってのもありましたね)からは森岡浩之
『優しい煉獄』(トクマノベルスEdge/八一九円)が登場。すでに死んだ人間の人格をシミュレートした仮想空間内で、私立探偵業を営む主人公の物語である。とにかくこのシリーズは設定の勝利。昭和六〇年を模した仮想世界なので阪神がやたらに強い(だから現実世界からわざわざ試合を見に来る人もいる)とか、だんだんと世界のディテールが細かいところまでリアルになっていって、今朝からコーヒーが冷めるようになったとか、細かい設定が無類に面白いのである。この面白さは何かというと、MMORPGのそれですね。ユーザーの意見を聞きつつ世界のルール自体がだんだん変化していき、最後にはPvP導入したらユーザー層がちょっと変わっちゃった、という話のような。設定の面白さに比べて物語はいささか地味だが、それは軽ハードボイルドという形式上仕方ないか。
続いて村上龍
『半島を出よ (上)・(下)』(幻冬舎/各一九〇〇円)は、日本経済が完全に破綻した二〇一一年を舞台にしたポリティカル・フィクション大作。「反乱軍」を名乗る北朝鮮のコマンド九人が福岡ドームを武力占拠。二時間後には五〇〇名の特殊部隊が福岡を制圧。本州へのテロを匂わせて日本政府の動きを封じ、九州に占領体勢を敷く。続く一二万人の本隊到着まであとわずか。政府が何もできず立ちすくむ中、北朝鮮軍を迎え撃つのは『
昭和歌謡大全集』に登場したイシハラ(すでに四九歳になっている)の率いる社会不適応者の若者たちだった。はっきりいって、SF性はまったくといっていいほどないため、SFとしての評価は難しい。作者の主張があまりにストレートに披瀝されていていささか辟易するが、日本の現状に対する危機意識を作者と共有できる読者ならば、楽しめるのではないか。
最後に、古川日出男
『ベルカ、吠えないのか?』(一七一四円/文藝春秋)は、二〇世紀という戦争の世紀を猛スピードで疾走するイヌたちの物語。太平洋戦争中、アリューシャン列島のキスカ島に取り残された日本軍の四頭の軍用犬。自爆した一頭以外は米軍に保護されるが、その裔はあるいは大切に飼われ、あるいは野生に返り、あるいは戦争の道具として使われ、アメリカにソビエトに中国にと地上のいたるところへと広がっていく。そして一九五七年一一月三日、彼らは一斉に満天の星空を仰ぐ。スプートニク二号に搭乗したライカ犬の天から視線を感じて。作者の作品はつねに神話的な構造を持っているが、本書もまた二〇世紀をまるごと神話世界の中に封じ込めたような壮大な作品。ドライブ感あふれる音楽的な語り口が心地よい。特異な生い立ちを持つ少年少女が世界を変革する『
サウンドトラック』の変奏ともいえる作品である。
(C)風野春樹