SFマガジン2005年5月号
山田正紀神狩り 2 リッパー(一九〇〇円/徳間書店)
平谷美樹黄金の門(一九〇〇円/角川春樹事務所)
田中啓文UMAハンター馬子―完全版 (1)(2)(七八〇円・九〇〇円/ハヤカワ文庫JA)
市川拓司弘海 -息子が海に還る朝(一三〇〇円/朝日新聞社)

神狩り 2 リッパー 神SFといえば日本SFの伝統のひとつだが、今月は二作がそろい踏み。まずは、「神」との対決を描いた日本SFの古典的名作にして山田正紀のデビュー作である『神狩り』以来、三〇年ぶりの待望の続編となるのが神狩り 2 リッパー(徳間書店)。羽田空港に降り立ち管制塔をなぎ倒す巨大な天使。一九三三年ドイツで死の天使イズラーエールと出会った総統と哲学者。二〇〇X年、老残の身となったかつての天才学者島津圭介は、韓国人安永学(あんひょんはく)とともに、中国と北朝鮮との国境に近い収監所に収容されている善圀生(ソン・クニオ)と邪龍道(ヤマシ・ヨンド)という二人の少年を救出する。一方、島津の娘理亜(ゆりあ)は、母親が惨殺されて以来、一家皆殺しの殺人が起きるたびにその現場を見に行かずにはいられなくなっていた……。山田節としかいいようのない、主観と客観をないまぜにしたような過剰で熱っぽい文体で描かれるのは、クオリア、脳科学、聖書、ハイデガー哲学など、さまざまな知識を衒学的に駆使して「神」の正体を暴き、追い立てる物語。『神曲法廷』『ミステリ・オペラ (上) (下)』など作者の近年の大作と同様、全編が啓示的なヴィジョンと異様な妄想で構成された大伽藍のような作品だが、ミステリのようにすべての謎を収束させる必要がないぶん、思う存分妄想を暴走させた熱気あふれる傑作である。

黄金の門 続いて、デビュー以来「神」をテーマにした作品を書きつづけてきた平谷美樹の黄金の門(一九〇〇円/角川春樹事務所)は、第一回小松左京賞受賞作『エリ・エリ』の前日譚にして、デビュー作『エンデュミオンエンデュミオン』とも関連の深い作品。放浪の旅の果てに、紛争の渦中にあるエルサレムにたどりついた日本人の若者ノブサン。遺跡掘りのアルバイトを始めた彼は、古い石板を掘り出した瞬間、イエス誕生の場面を幻視する。そして、彼は既存の宗教を超えた教義を説き、新しい救世主として人々の崇拝を集める不思議な少年ヨシュアと出会う。宇宙を舞台に、抽象的な「神」の概念に力業で迫った『エリ・エリ』『レスレクティオ』に比べ、こちらは九・一一後の世界情勢を背景に、典型的な無宗教の日本の若者を主人公に配し、日本人にとって神とは何かを問う作品であり、まさに日本SFにしか書けないタイプの作品だといえるだろう。ただ、テーマに真摯に向き合おうとしているのはわかるのだが、語り口があまりに生真面目すぎて堅苦しさが感じられるのが残念。

UMAハンター馬子―完全版 (1)UMAハンター馬子―完全版 (2) 田中啓文UMAハンター馬子―完全版 (1)(2)(七八〇円・九〇〇円/ハヤカワ文庫JA)は、学研M文庫、学研ウルフ・ノベルスで刊行されたものの長らく未完のままだった伝奇シリーズに、完結編二話を書き下ろしで加えた完全版。思わず脱力しそうなタイトルや、伝統芸能“おんびき祭文”の継承者にしてド派手で下品な大阪のおばはんという主人公蘇我家馬子の設定からは、『蹴りたい田中』などのようなダジャレ系統の作品かと思われるかもしれないが、実はこれがお笑いの衣に包まれてはいるものの、しっかりした伝奇小説の骨格を持った作品。各話では、ネッシー、ツチノコ、チュパカブラなど世界のUMA(未知生物)に日本の神話伝説をからめ、UMAの正体の謎を解いてみせる(しかも毎回違う趣向で!)という離れ業を披露してみせるし、書き下ろしの最終話では、これまで張られていた伏線をきっちりが回収され、壮大で意表をつくクライマックスへと導かれる。伝奇、ダジャレ、グロ、そして芸道と、田中啓文の特質を凝縮したシリーズである。

弘海 -息子が海に還る朝 実はSFなのになぜかSF扱いされていない作家の代表格が市川拓司。実際古くからのSFファンのようで、新作長篇弘海 -息子が海に還る朝(一三〇〇円/朝日新聞社)の作中では、『スラン』『さなぎ』『オッド・ジョン』『アトムの子ら』と、懐かしいタイトルがあちこちで引用される。物語はこの四作から想像がつくとおりの古典的SFテーマを扱っているが、長篇としてはストーリーがあまりに単純で、物語のプロローグだけを読まされたような物足りなさが残る。感動作のふりをして、ぬけぬけと古典SFを書いてしまう手腕はさすが。


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