SFマガジン2005年2月号
●谷甲州
『パンドラ (上)・(下)』(各一九〇〇円/早川書房)
●有村とおる
『暗黒の城』(一八〇〇円/角川春樹事務所)
●平山瑞穂
『ラス・マンチャス通信』(一四〇〇円/新潮社)
●越谷オサム
『ボーナス・トラック』(一五〇〇円/新潮社)
●森見登美彦
『四畳半神話大系』(一六八〇円/太田出版)
三年半にわたる連載を経て、谷甲州久々のハードSF大作
『パンドラ (上)・(下)』(各一九〇〇円/早川書房)がついに登場。動物生態学者の朝倉は、ヒマラヤ山脈で常識を超えた組織的な狩りをする渡り鳥を観察、さらにマレーシアでは高度な知能を持ち人間の村を襲う猿を目撃する。一方、宇宙飛行士の辻井汐美は、通信が途絶えた国際宇宙ステーションで、腹部をえぐりとられた乗員たちの死体を発見する。地球に降り注いだ流星雨をきっかけにした動物たちの異常行動は、やがて人類の存亡の危機へと発展していく……。
『脳波』などの古典SFを思わせる導入部から始まって、国際宇宙ステーションでのSFホラー、熱帯雨林を舞台にした冒険小説、軌道上で展開する国際政治サスペンス、ファーストコンタクトを描く本格SFと、次々とスタイルを変えつつ普通のSF数冊分くらいのネタを詰め込んだ超大作。こうした多面的なテーマの作品は、海外SFでは多視点を活用したブロックバスター小説スタイルで描かれるのが普通だが、作者はあえて視点人物をわずか二人に絞り、読者には作中人物と同じ情報しか与えない書き方を選んでいる。そのため、ときにじれったく感じられることもあるのだが、その分圧倒的な臨場感と緊張感を読者に与えることに成功している。SF、冒険小説、架空戦記などさまざまなジャンルで活躍する作者の集大成的な作品である。
有村とおる
『暗黒の城』(一八〇〇円/角川春樹事務所)は、第五回小松左京賞受賞作。ヴァーチャル・ホラーRPGを制作していたゲーム会社のスタッフが、まるで死と戯れていたかのような状況で相次いで自殺を遂げる。事件の真相を追う主人公は、死の恐怖を消す脳外科手術と、十年前に集団自殺事件を起こして消滅したはずのカルト宗教団体の存在を知る。受賞時五九歳という作者の年齢が話題になったが、現代的なテーマをうまく取り入れていて、年齢を感じさせない作風である。やや通俗的なところもあるものの(悪役が長々と独白するとか……)、とにかく面白さは抜群で、物語運びは新人とは思えないほど巧み。それでいてSFならではの哲学的思索も盛り込まれていて、非常に完成度の高いデビュー作である。
続いて日本ファンタジーノベル大賞関係の作品が三冊。第十六回の大賞を受賞した平山瑞穂
『ラス・マンチャス通信』(一四〇〇円/新潮社)は、とびきり奇妙な感触を持った作品だ。家に住み傍若無人の振る舞いをするアレを始末した「僕」は施設に入れられ、施設から出た後も家族とは離れて生活せざるを得なくなる。不可解な理由で職についてもすぐに辞めさせられ、住居も転々としなければならない。自分では正しく行動しているつもりなのに、いつも暗黙のルールを破ってしまい白い目で見られる。不条理な幻想小説とも読めるが、精神科医である評者からは、統合失調症の体験をリアルに描いた小説と読めた。ただ、最終章だけは定番のイメージに頼っている感があるのが気になる。
優秀賞を受賞した越谷オサム
『ボーナス・トラック』(一五〇〇円/新潮社)は、ある雨の晩にひき逃げを目撃した主人公が、陽気な被害者の幽霊とコンビを組んで犯人探しをする物語。一見ありふれたストーリーに思えるけれど、実はこの平凡さこそがこの作品の最大の非凡さ。主人公は地方都市でハンバーガーショップに勤める平凡な男だし、幽霊になって出てくるのも、深夜にAVを借りにいく途中で車にひかれた普通の若者。並外れた人物は誰もいないかわりに、誰もが持つ等身大の善意が読んでいて実に心地よい。平凡であることの力を感じさせる、さわやかな後味のファンタジーだ。
一方、森見登美彦
『四畳半神話大系』(一六八〇円/太田出版)は、前回のファンタジーノベル大賞を受賞した作者の受賞第一作。こちらは非凡でひねくれまくった男子大学生の青春を描いた物語である。韜晦に韜晦を重ねた文体やキャラクターは前作と同じだが、趣向はだいぶSF寄りで、さまざまな可能性の分岐の中で同じようにのたうち回る主人公を描いた一種のパラレルワールドものになっている。コピー&ペーストのようでいて少しずつ違う展開や、さまざまな箇所での世界の絡み合いが読みどころで、すぐれて知性的で完成度の高いエンタテインメントである。
(C)風野春樹