SFマガジン2005年2月号
上田早夕里ゼウスの檻(一八〇〇円/角川春樹事務所)
森奈津子電脳娼婦(一五〇〇円/徳間書店)
市川拓司そのときは彼によろしく(一五〇〇円/小学館)
小路幸也そこへ届くのは僕たちの声(一六〇〇円/新潮社)
石田衣良アキハバラ@DEEP(一六一九円/文藝春秋)

ゼウスの檻 ゼウスの檻(一八〇〇円/角川春樹事務所)は、第四回小松左京賞を受賞した上田早夕里の受章第一作。人類を宇宙に適応させるために作り出された、男女両性の生殖機能を備える新人類「ラウンド」。生殖医療に関する先進的な実験が行われている木星の宇宙ステーション・ジュピターIには、一五〇名以上の「ラウンド」たちが居住していた。しかし、生命倫理の立場から人体改造に反対する保守的組織〈生命の器〉は実験を阻止するため、ジュピターIにテロリストを送り込む。そんな中、交代要員としてジュピターIに乗り込んだ城崎ら警備担当者は、従来の人類とは異なる価値観を持つラウンドたちと対立しつつも少しずつ交流を深めていく。科学技術対反科学テロという構図や「ラウンド」の設定からは、どうしてもグレッグ・イーガンの『万物理論』を思い出さずにはいられないが、本書で描かれるテーマはイーガンとはだいぶ異なっていて、テクノロジーによる社会変容やジェンダーの問題にはあまり踏み込まず、異質な文化を持つ集団の相互理解と不理解という古典的かつ普遍的なテーマに重点が置かれている。そのあたりには多少の物足りなさを感じるものの、人間ドラマとしては前作よりも安定感を増している。

電脳娼婦 森奈津子電脳娼婦(一五〇〇円/徳間書店)は、SF JAPANと問題小説に掲載された作品を集めたエロティックSF作品集。著者自ら書いているとおり、中間小説誌掲載作が多いため、『からくりアンモラル』などに比べるとSF度は薄め。「これはSFではない」のかわりに「こんなんじゃ俺のSFチンポは勃たねえ!」「私のSFマンコは濡れねえ!」という表現を提唱したあとがきは必読です。

そのときは彼によろしく 市川拓司のそのときは彼によろしく(一五〇〇円/小学館)は、村上春樹の文体で書かれた梶尾真司的時間ロマンス、といったところ。主人公は水草を売る店を営む二十九歳の男性。結婚相談所で紹介された女性と何回かデートをしていたが、中学生の頃に別れたきりの初恋の人が忘れられない。そんなとき彼の店を訪れたのは人気女優の森川鈴音。アルバイト募集のポスターを見てやってきたのだという。あらすじを抜き出してしまうと陳腐に感じられてしまうが、キャラクターの配置や、一人称の文体のリズム感が絶妙で、文章の力で読まされてしまう。ただ、偶然を多用した展開は出来すぎだし、後半で明らかにされる時間ファンタジー風の設定は唐突。それから確かに甘くて居心地がいいとはいえ、あまりにも男性に都合がよすぎるストーリー展開には、いささかこそばゆい思いを感じてしまう。

そこへ届くのは僕たちの声 小路幸也そこへ届くのは僕たちの声(一六〇〇円/新潮社)は、特殊な能力を持った子供たちの物語。タイトルは似ているが、『空を見上げる古い歌を口ずさむ』のシリーズとは独立した作品である。物語は子供たちの誘拐事件をめぐってミステリタッチで進行するのだが、『空を見上げる〜』シリーズ同様、超能力については「そういうもの」として理屈やルールは明確にはされないため、解決が提示されてもどうも釈然としない不全感が残ってしまうのが難点。また、訪ねてきた元刑事が、たまたま息子の友だちの祖父でした、などの偶然があまりに多いのも気にかかる。その反面、子供たちの何気ない生活やあたたかい日常の描写はいつもながら絶妙。

アキハバラ@DEEP 石田衣良アキハバラ@DEEP(一六一九円/文藝春秋)は、秋葉原を舞台に、SF風の枠組み(読めばすぐわかるので書いてしまうが、語り手が人工知能なのである)で書かれた現代小説。主人公六人はいずれも吃音、てんかん発作、アルビノなどのハンディキャップを抱えたオタクで、それぞれ人並みはずれた才能を持っているという設定。もちろんオタクであることと病と才能はまったく独立の事象であるのだが、本書ではあたかも関係があるかのように読めてしまうのが気になる。それは、オタクや心の病の特殊性を強調する差別的な視線につながらないだろうか。コンピュータ描写にもツッコミどころは多いが、オタクとも秋葉原ともコンピュータとも無関係な寓話として読むならば楽しめるかもしれない。


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