SFマガジン2005年1月号
●打海文三
『裸者と裸者〈上〉孤児部隊の世界永久戦争・〈下〉邪悪な許しがたい異端の』(各一五〇〇円/角川書店)
●粕谷知世
『アマゾニア』(二〇〇〇円/中央公論新社)
●乾くるみ
『リピート』(一五七一円/文藝春秋)
●梶尾真治
『未来のおもいで』(四七六円/光文社文庫)
●黒武洋
『パンドラの火花』(一六〇〇円/新潮社)
●小松左京
『旅する女―女シリーズ完全版』(八九五円/光文社文庫)
打海文三の大作
『裸者と裸者〈上〉孤児部隊の世界永久戦争・〈下〉邪悪な許しがたい異端の』(各一五〇〇円/角川書店)が凄い。財政破綻、金融システムの崩壊により、市場競争の敗北者の群れが路上に放り出され、大量の難民が流れ込む。救国を掲げた反乱軍が蜂起し、一時は首都を制圧するが、アメリカ軍の徹底的な空爆により反乱軍は無数の武装集団に分裂、首都圏の都市で略奪を繰り返して内乱はさらに泥沼化。そして武装勢力が、拉致したアメリカ人記者の斬首映像を公開する……。七歳で両親を失った佐々木海人は、孤児兵として常陸軍に入隊して北関東各地を転戦。家長として妹と弟を守るために、自ら罪を背負い、汚濁の中へと身を投じていく。一方、偶然海人に助けられた月田桜子・椿子の双子の姉妹は、巨大なスラムと化した多摩センターで、女の子だけのマフィア〈パンプキン・ガールズ〉を結成する。彼女たちの目的は、戦争を継続させているシステムの破壊。
イラクの現実を参照して作者が創造したのは、苛烈なまでに救いがなく、しかも圧倒的な現実感のある近未来日本(もちろんこの物語が書かれたのは、イラクで日本人人質が殺される前のことだ)。過酷な舞台へと投げ込まれた少年少女の神話的な遍歴を描くストーリーテリングは巧みだし、文章はテンポよく簡潔。家父長制からフェミニズム、性的マイノリティに至るまでの幅広い目配りにも感心させられる(やや踏み込みが浅いが)。作者は一九四八年生まれだが、とても年齢を感じさせないほど若々しく力強い物語だ。
続いて、粕谷知世
『アマゾニア』(二〇〇〇円/中央公論新社)もなかなかの力作。ファンタジーノベル大賞を受賞した『
クロニカ―太陽と死者の記録』に続く南米ファンタジー第二弾である。アマゾンの密林に暮らす〈泉の部族〉は、年に一度の宴の夜に周辺の部族の男と交わって子供を作り、産み分けによって産まれた女だけを子孫とする女人族である。精霊〈森の娘〉の庇護を受け、豊かに暮らしていた彼らだったが、大河の上流から流れ着いた無教養なスペイン人を受け入れたことが、部族に悲劇と変革をもたらしていく……。野卑なスペイン人とアマゾンの女人族の対比の中で浮かび上がってくるのは、愛と性差をめぐるテーマ。文献のほとんどないアマゾン川流域が舞台だが、歴史を大きく俯瞰する作者の視座は確か。物語の合間に作者が顔を出して文明批評をするスタイルは、どこか司馬遼太郎を思わせるものがある。作者は前作に比べ格段に筆力を増し、長大な物語を忍耐強く描ききっているが、多彩なテーマを持つ複雑な物語だけに、結末でやや息切れした感も。
乾くるみ
『リピート』(一五七一円/文藝春秋)は、『
リプレイ』+『
そして誰もいなくなった』という帯の惹句そのままの空想思考実験小説。風間と名乗る男に呼び集められた面識のない男女十人。風間は、記憶を保ったまま半年前の自分に戻ることができるという「リピート」を何度も繰り返しており、今回は彼らを「ゲスト」として招待するのだという……。『リプレイ』など過去のSF作品も参照しつつ、トリックの可能性やパラドックスなどの問題をとことんまで綿密に追究していく手さばきが実にロジカル。『
マイナス・ゼロ』のような、パズル的なタイムトラベル小説が好きな方には強くお薦めしたい。
ただし、『リピート』の作者は少々意地悪なので、リリカルな時間SFをお望みなら、梶尾真治
『未来のおもいで』(四七六円/光文社文庫)を。滝水は、山歩きの途中、雨宿りの洞窟で出会った美しい女性に一目惚れ。しかし、彼女はまだこの世に産まれていない未来の女性だった。長篇にしては短すぎるのと、展開がストレートすぎるのが少し物足りないが、いかにもカジシンらしいタイムトラベル・ロマンスの秀作である。
黒武洋
『パンドラの火花』(一六〇〇円/新潮社)は、死刑囚がタイムマシンで過去に戻り、自分自身を説得して殺人を未然に防ぐ国家的プロジェクトの話。いわば逆「父殺しのパラドックス」みたいなもので、SFファンなら山ほど疑問が湧いてくる設定なのだが、パラドックスのことなんて初めから考えていない展開に脱力。
最後に、小松左京の女シリーズ全十編を収めた
『旅する女―女シリーズ完全版』(八九五円/光文社文庫)が刊行されているので、未読の方はぜひ。
(C)風野春樹