SFマガジン2004年12月号
飛浩隆かたどられた力(七四〇円/ハヤカワ文庫JA)
佐藤哲也熱帯(一七一四円/文藝春秋)
石田衣良ブルータワー(一七〇〇円/徳間書店)
夢枕獏沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ一巻ノ二巻之三巻之四(各一八〇〇円/徳間書店)
清水義範イマジン(二〇〇〇円/集英社)

象られた力 飛浩隆といえば、今では長篇『グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉』の名が即座に思い浮かぶが、八〇年代には寡作ながら香気あふれる中短篇の名手として知られていた。どういうわけか、当時の中短篇群は一度も単行本にまとめられることなく埋もれてしまったのだが(ファン出版という形でなら全短篇が読めるが)、十年以上の歳月を経て、ついに当時の傑作群がかたどられた力(七四〇円/ハヤカワ文庫JA)としてまとめられた。謎の消滅を遂げた惑星〈百合洋ユリウミ〉では、人の感情に直接作用する力を持った「図形言語」が発達していた。その「図形言語」のもたらす世界認識の変革と恐るべき災厄を描いた表題作。双子の天才ピアニストが奏でる、記憶と感情を喚起する音楽が招く悲劇を描く「デュオ」。繰り返されるのは、人のこころに直接アクセスする音楽や図像、そして肉体の死を超えてなお情報の中に存在する生命、といったモチーフだ。今まで見えていた図と地ががらりと反転する作品が多いのも特徴で、視覚的なイメージ喚起力にすぐれた文章で綴られる世界の崩壊は、蠱惑的なまでに美しい。「SFは絵だ」という有名な言葉があるが、絶対に映像化不可能な光景を、脳内でしっかりと絵にして見せてくれるのは活字SFの醍醐味のひとつであり、本書はまさにその好例といえるだろう。本年度の必読書のひとつ。

熱帯 佐藤哲也熱帯(一七一四円/文藝春秋)は、。熱帯と化した東京を舞台に、「不明省」の情報システム改修プロジェクトの進行がホメロス風に語られる一方で、不明省が管理する「事象の地平」をめぐって、愛国的気候論を主張するテロリスト、CIAとKGBのスパイ、水棲人などが暗躍する物語。と紹介してみたものの、これはモンティパイソン映画のあらすじを説明するようなものでほとんど意味はない。何度となく繰り返されるシチュエーション、きっちりと文末の揃った台詞、妙にストイックな文体で描かれる調理場面などなど、とにかく目と脳をひたすら喜ばせる小説なのである。ハイブラウさとバカバカしさを兼ね備えたギャグはモンティパイソン風味で、「不明省」は「バカ歩き省」みたいだし、「ウルトラファイト」よろしく哲学者が戦う「プラトンファイト」は、哲学者サッカー日本版といった趣きで爆笑。

ブルータワー 石田衣良ブルータワー(一七〇〇円/徳間書店)は、作者初のSFにして、なんと古典的スペースオペラであるハミルトンの『スター・キング』へのオマージュ。脳腫瘍で余命幾ばくもないサラリーマンである主人公が、意識だけ二百年後の世界へタイムスリップ。伝説の救世主として大活躍を見せ、崩壊寸前の世界を救ってしまう(もちろん主人公はモテモテ)という、今どき珍しいほどストレートな願望充足的冒険SFである。随所に見られるオヤジ趣味には閉口するが、これほど臆面もなくご都合主義的な小説を真正面から書くことは、SFプロパーの作家だととてもできないわけで、その意味では貴重な小説かもしれない。特にラストで世界を救う方法なんて、いかにもスペオペらしいチープさと怪しげなハッタリに満ちていて抱腹絶倒。

沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻之四沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻之三沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ2沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ1 夢枕獏沙門空海唐の国にて鬼と宴す 巻ノ一巻ノ二巻之三巻之四(各一八〇〇円/徳間書店)は、作者が一七年の歳月をかけて書き上げた一大中国歴史伝奇絵巻。大唐帝国の首都長安を舞台に、若き留学僧空海と橘逸勢のコンビが、六十年前の楊貴妃と玄宗皇帝の悲劇に端を発する怪異に巻き込まれていく物語である。相変わらず、文章のリーダビリティは圧倒的。主人公二人の造形や「呪」の考え方など『陰陽師』に近いところも多く、シリーズのファンならなお楽しめることだろう。

イマジン 清水義範イマジン(二〇〇〇円/集英社)は、二十歳の青年が一九八〇年の世界にタイムスリップして若き日の父と対面する、という設定で父と子の絆を描く物語。過去の世界の風俗が細かく描かれていたり、物語にビートルズがからんでくるあたりは、時代は違うものの小林信彦の『イエスタデイ・ワンス・モア』へのオマージュかもしれない。ただし、それまでは過去を変えないよう慎重に行動していた主人公が、いきなりジョン・レノンを暗殺から救おうと思い立つのは唐突に思えるし、主人公の父親が働く一九八〇年のパソコン業界の描写にも違和感を感じる。


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