SFマガジン2004年10月号
●桐生祐狩
『小説探偵GEDO』(一八〇〇円/早川書房)
●北野勇作
『人面町四丁目』(五五二円/角川ホラー文庫)
●渡辺浩弐
『プラトニックチェーン〈03〉』(一五〇〇円/エンターブレイン)
●森博嗣
『ナ・バ・テア』(一八〇〇円/中央公論新社)
まずは恒例のJコレクションの新刊から。桐生祐狩
『小説探偵GEDO』(一八〇〇円/早川書房)は、SFマガジンに掲載された短篇に書き下ろしを加えた連作長篇である。第八回日本ホラー小説大賞長編賞を受賞した『
夏の滴』、『
フロストハート』、『
剣の門』と、予測不能で常軌を逸した展開と、モラルを破壊するような結末で一部好事家の度肝を抜いた著者の新作は、意外にもジャンル小説へのストレートな愛がほのみえる異色ファンタジイ。主人公の三神外道(通称げど)は、眠ることで小説内世界に侵入し、小説世界と現実世界を行き来しつつ事件を解決する「小説探偵」。彼の前に現れる依頼人は、ミステリ小説に登場する人妻、やおい小説の美形キャラなどなど。後半になると物語は徐々に連続性を増し、げどの存在をめぐる大きな謎へと収斂していきそうな気配……なのだけれど、最後まで読んでも謎が放置されたまま終わってしまうのがちょっと物足りないところ。穏当な常識を嫌悪し、あえてインモラルな結論を持ってきて読者を挑発する作風は、これまでの桐生作品と変わりないが、この作品では常識人のげどを狂言回しに持ってきているため、よりわかりやすく仕上がっている。ストーリーも比較的すっきりしているし、桐生祐狩初心者には最適の一冊。
北野勇作
『人面町四丁目』(五五二円/角川ホラー文庫)は、ホラー文庫で発表されてはいるけれど、いつもどおりの北野テイストたっぷりの傑作。レプリカメやザリガニなどお馴染みの動物たちも出てきます。かつて人面の工場がたくさんあったという「人面町」。大災害後の遺体安置所で「いっしょに来る?」と女に声をかけられ、そのままずるずるとこの町に住むことになった小説家の奇妙な日常を描いた連作短篇集である。人面とは何なのか? よくわからない。「私」は生きているのか死んでいるのか? それもわからない。数えてみたら、第一話「鱗を剥ぐ」では「わからない」(「わからず」などを含む)という単語の登場回数が実に二十二回。そのわからなさやアイデンティティの揺らぎさえもが心地よく懐かしく、なんだか自分が本来あるべき場所に戻ってきたかのような感覚すら覚える作品である。作者の震災後の体験を反映しているようでもあるし、ある種自伝的な作品であるのかも。
星新一も都筑道夫も亡くなってしまった今、おそらく最も精力的にSFショートショートを書き続けている現役作家は渡辺浩弐なのではないだろうか。
『プラトニックチェーン〈03〉』(一五〇〇円/エンターブレイン)は、筒井康隆の『
48億の妄想』をさらに先鋭化したような超監視社会をさまざまな角度からポップに描いたショートショート集の第三弾。人口よりも台数の多い防犯カメラにより、すべての場所、すべての時刻の出来事が記録されるようになった近未来。「プラトニックチェーン」は、グーグルとインターネット・アーカイブを合体させて百万倍強力にしたような超高性能検索システムで、動画も画像も、個人情報までもが自由自在に検索できてしまう。「プラトニックチェーン」というガジェットがもたらす社会の変化が角度を変えながら各編で取り上げられていくさまは、どことなくボブ・ショウのスローガラス連作を思わせる。もちろんショートショート集なので、テーマの掘り下げという点では物足りなさが残るものの、すべての情報が永遠に記憶される社会の果てにかいま見える世界像は鮮烈だ。そこではすべての情報は等価であり、リアルとヴァーチャルも区別がなく、さらには生と死の境界までもが曖昧で等価なのである。
続いて、森博嗣
『ナ・バ・テア』(一八〇〇円/中央公論新社)は、『
スカイ・クロラ』の前日譚となる飛行機乗りの物語。断片的な描写から徐々に世界像が立ち上がってくる(けれど完全には明らかにならない)タイプの作品だし、描写自体にある種のトリックが仕掛けられているので、あらすじの説明はしづらいのだけれど、どこともしれない世界で戦闘機に乗って戦う、成長することのない子供たちの物語である。純粋であるがゆえの敏感さ、残酷さ、そしてそれとうらはらの他者に対する鈍感さと思い上がり。空に強く憧れながら、空の底で生きるしかない主人公クサナギの心象風景を、作者は透明感あふれる明晰な文章で描いている。
(C)風野春樹