SFマガジン2004年8月号
●川端裕人
『川の名前』(一七〇〇円/早川書房)
●高野史緒
『ラー』(一五〇〇円/早川書房)
●田中啓文
『蹴りたい田中』(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)
●村崎友
『風の歌、星の口笛』(一五〇〇円/角川書店)
●響堂新
『ダーウィンの時計』(一二〇〇円/ハルキ・ノベルス)
まず、今月最初に紹介するのは、川端裕人の
『川の名前』(一七〇〇円/早川書房)。川端裕人は、どんな題材を扱っても、つねにセンス・オブ・ワンダーを忘れない作家であり、この作品もSFファン必読の青春小説の大傑作。東京郊外の小さな池に突然あらわれたペンギン(タマちゃん騒動のパロディにもなっている)をめぐる、小学五年生三人組の夏休みの冒険と成長を描いた小説であり、もちろん成長小説としての完成度もきわめて高いのだけれど、決して単なる爽やかな少年の成長物語だけには終わっていないのがミソ。ひと夏の経験を通して小学生の主人公たち(と読者)が手に入れるのは、「川」というものの見方なのである。それは、今ここ、ある川の流域に立っているということが、ダイレクトに遙かな世界や宇宙へとつながっているという感覚であり、そしてまた過去から未来へと続く悠久の時間の流れのただ中に立っているという感覚なのだ。まさに凡百のSFよりもよほど強烈な、地に足のついたセンス・オブ・ワンダーとでもいうべき体験ができる作品である。読むべし。
続いて、高野史緒
『ラー』(一五〇〇円/早川書房)は、古代エジプトを舞台にした歴史SF。ピラミッドの謎に魅せられ、自ら発明したタイムマシンでクフ王治世下の古代エジプトへと飛んだジェディが見たものは、純白の石で覆われた大ピラミッドの姿だった。どうやらピラミッドはクフ王が作らせたものではなく、太古からすでに存在し、その工事は数千年前から行われているらしい……。高野史緒といえば、軽やかに史実とテクノロジーをシャッフルしてみせる華麗でポップな歴史改変小説のイメージが強いのだけれど、この作品ではあえてタイムマシンという昔ながらのSFガジェットを使い、、現代人とは異質な古代エジプト人の世界観そのものをじっくり丁寧に描いていく。ファーストコンタクトものハードSFに近い味のある、淡々としていながら重厚な渋みのある逸品だ。
発売前から大胆なタイトルで話題騒然の田中啓文
『蹴りたい田中』(七〇〇円/ハヤカワ文庫JA)は、カバーから帯、あとがきに至るまで凝りに凝った同人誌的なノリの短篇集。グロと伝奇と駄洒落を三本柱とする田中啓文だけれど、この作品集ではグロと伝奇は控えめで、とにかく駄洒落の連続。書き下ろしの「蹴りたい田中」は、某芥川賞受賞作とは、全然、まったく、これっぽっちも関係がないあたり、いっそすがすがしいくらい。「SF Japan」の山田正紀特集で「神狩り2」の序章と同時に掲載された「やまだ道 耶麻霊サキの青春」、菅浩江の博物館惑星シリーズの新作と一緒に本誌に掲載された「吐仏花ン惑星 永遠の森田健作」など、背景を知らないと今ひとつわかりにくい短篇も多いので、初心者にはあまりお薦めできないが、『
銀河帝国の弘法も筆の誤り』が気に入った人は迷わず買いでしょう。ただし、タイトルに腹を立てたり、バカバカしいと鼻で笑ったりする人は読まない方が身のためかと。
村崎友
『風の歌、星の口笛』(一五〇〇円/角川書店)は第二四回横溝正史ミステリ大賞受賞作だが、実はこれがれっきとしたSF長篇。かつて人類が移り住んだ人工惑星プシュケにたどりついた探査船が発見したのは、一面の砂漠と都市の廃墟だった。いったいなぜ文明は滅びたのか……。電力から結婚相手、赤ん坊に至るまで「マム」がすべてを与えてくれる街で、突然停電や気象異常が起こり始める……。半年間の病院生活を送り、ようやく退院したセンマは婚約者のスウに会いに行くが、スウという女性が存在した痕跡は完全に消えていた……。舞台も設定もまったくバラバラの三つのストーリーが結末に至ってひとつに結びつく壮大な仕掛けはなかなか見事。ただし、いくらなんでもむちゃくちゃな密室トリックほか、ツッコミどころも満載だし、梶尾真治風のリリシズムを狙ったと思われる結末が不発気味なのが残念。
最後に、響堂新
『ダーウィンの時計』(一二〇〇円/ハルキ・ノベルス)は、グールドの断続平衡説を題材にしたバイオサスペンス。科学的な謎解きは最後の方で駆け足でされるだけだし、進化というテーマを描きながらもあくまで個人の物語に終始しているのでSFファンには少々物足りないだろう。
(C)風野春樹