SFマガジン2004年6月号
●佐藤亜紀
『雲雀』(一六一九円/文藝春秋)
●藤崎慎吾
『ストーンエイジKIDS―2035年の山賊』(九三三円/カッパノベルス)
●神林長平
『麦撃機の飛ぶ空』(一八〇〇円/ヒヨコ舎)
●蘇部健一
『届かぬ想い』(七四〇円/講談社ノベルス)
●西島大介
『凹村戦争』(一三〇〇円/早川書房)
今月は待望の続編が二冊。まず、佐藤亜紀の
『雲雀』(一六一九円/文藝春秋)は、二〇〇三年のベストSFにもランクインした『
天使』の続編。第一次大戦下のオーストリア=ハンガリー二重帝国を舞台に、心を読み、攻撃する特異な能力を持つエージェントたちの暗躍を描いた連作短篇集である。一九一七年の東部戦線で超能力者の王国を築こうとする男の物語「王国」、『天使』の主人公ジェルジュの父親グレゴールの物語「花嫁」など四篇が収められている。超能力エージェントの暗躍とはいっても派手な戦闘は一切なし。どんなに敵対していても決して殲滅戦には至らず、あくまで政治的な駆け引きの「駒」に徹して、必要とあらば馴れ合うこともいとわない諜報員たちの戦いぶりは実に現実的で人間くさい。前作同様、物語の流れを阻害する時代背景説明のたぐいは最小限に抑えられており、極限まで切りつめられた文章は難解ともいえるほどだが、超能力描写と硬質な人間描写がぴったりとかみ合っていてまったく浮き上がっていないのが見事。ただ筋を追うのではなく、語り全体の豊饒さを楽しみたい物語である。
続いて、藤崎慎吾
『ストーンエイジKIDS―2035年の山賊』(九三三円/カッパノベルス)は、『
ストーンエイジCOP―顔を盗まれた少年』の続編。温暖化により亜熱帯と化した近未来日本で、公園を根城に独自の社会生活を営む〈山賊〉と称するストリートチルドレンたち。しかし、突如公園に現れた巨大な人食い鳥が彼らを襲う。時を同じくして公園に出現したのは、プラスチックやペットボトルを食べる〈緑の子〉と呼ばれる奇妙な子供たちだった。一方、元コンビニCOPの滝田治は、自分とそっくりの顔をした警察官が日本各地に存在することを知る……。このシリーズで、作者はエンタテインメントのコツを完全につかんだようだ。娯楽性とSF性を両立させ、しかもボーイ・ミーツ・ガールものの少年小説としても秀逸。まさにエンタテインメントSFのお手本といっていい作品である。
続いて、神林長平
『麦撃機の飛ぶ空』(一八〇〇円/ヒヨコ舎)は、八〇年代に雑誌に発表され、単行本未収録のまま埋もれていた作者の珍しいショートショートを集めた作品集。星新一タイプのキレのある落ちのついた洒落たショートショートではなく、むしろ長編の濃縮エキスといってもいいくらいの広がりのある作品が多いのが神林ショートショートの特徴。最も長い短篇の「射性」は、性的な快楽を感ずると脳が爆発するため、性衝動の代償として囚人たちが延々と殺し合いを続けている惑星を訪れた記者の物語。グロテスクなイメージを借りてエロスとタナトスを追求したいかにも作者らしい一編である。イラストにはちょっと本文のイメージと合わず興を削ぐものもあるけれど、紙箱入りソフトカバーという造本は凝っていてかわいい。神林ファンならば必携の一冊である。
メフィスト賞作家蘇部健一の
『届かぬ想い』(七四〇円/講談社ノベルス)は、意外にもストレートな時間SF。妻と娘に囲まれ幸せな生活を送っていた小早川嗣利を悲劇が襲う。ある日娘が誘拐されそのまま行方不明になり、後を追うようにして妻も自殺してしまったのだ。やがて悲しみを乗り越えて再婚した彼は二人目の娘をもうけるが、その娘は不治の病に冒されていた。愛する娘を救う究極の方法、それはタイムマシンで未来へと旅立つことだった……。時間SFとリリシズムは相性のいい取り合わせで、あまたの名作が書かれているが、そんなSFの甘いお約束をせせら笑うように展開するのがこの作品。悪意に満ちた反リリカル時間SFだ。
最後に、ハヤカワSFシリーズJコレクションの新刊は西島大介の長篇マンガ
『凹村戦争』(一三〇〇円/早川書房)。携帯電話の電波はおろかTVやラジオの電波も届かない凹村を舞台に描かれるのは、H・G・ウェルズにオーソン・ウェルズ、物体XにプリズナーNo.6、そして「セカイ系」と呼ばれる物語群まで、さまざまなテクストをリミックスして織り上げた、熱くて空虚な宇宙戦争と青春の苛立ちの物語。単純化されたラフな描線で描かれた絵は、ときに驚くほどの生々しさにあふれていてドキっとさせられる。
(C)風野春樹