SFマガジン2004年5月号
●吉川良太郎
『ギャングスターウォーカーズ』(八一九円/光文社カッパ・ノベルス)
●鈴木いづみ
『鈴木いづみセカンド・コレクション〈2〉 SF集 ぜったい退屈』(文遊社)
●山田正紀
『イノセンス After the Long Goodbye』(一六〇〇円/徳間書店)
●藤木稟
『エターナル・ラヴ』(八三八円/祥伝社)
●中島望
『ハイブリッド・アーマー』(八三八円/ハルキ・ノベルス)
吉川良太郎
『ギャングスターウォーカーズ』(八一九円/光文社カッパ・ノベルス)は、『
ペロー・ザ・キャット全仕事』などと同じ時代の上海を舞台にしたスノビッシュなハードボイルドSF(おなじみのキャラもゲスト出演してます)。
聖ヒラム騎士団、
東方協会、〈
老蛇聯〉という三つのマフィア組織が微妙な勢力のバランスを取っている近未来の上海に、銀髪の怪人ルーク・ギャングスターウォーカーが帰還、魔都上海は争いの只中に。ナイツの見習いナイトである御堂・マクシミリアン・渉もまた、さまざまな陣営が入り乱れる抗争の渦中に巻き込まれていく。
複数の陣営がそれぞれの思惑のままに動き回っているので、指し手が数人いる変則チェスゲームの試合を横から見ているような読み心地。それぞれの指し手が何を目的に手を打っているのかが最後まではっきりせず、物語がわかりにくいきらいがあるのが残念だが、文系的ヴァーチャル・リアリティとでもいうべき〈記憶の宮殿〉、
飛屍化して念動力を発揮する魔薬中毒患者、そして孫文の時代に遡る大上海計画など、盛り込まれたガジェットの豊富さは、これまでの作者の作品の中でも随一。ただし、いずれもさらりと流す程度で、特にガジェットにこだわる様子もないあたりがいかにもこの作者らしい。
続いて、鈴木いづみ
『鈴木いづみセカンド・コレクション〈2〉 SF集 ぜったい退屈』(文遊社)は、一九七六年から一九八四年にかけて、SFマガジン、SFアドベンチャーなどSF専門誌に掲載された作品六篇を集めた短篇集(うち四篇が初単行本化)。さすがに古さを感じさせる作品もあるものの、遺作となった表題作は、現実感が希薄ですべてに退屈しきった若者たちの生態を描いた、今なお新鮮な傑作。他の文学に比べて、論理性と一歩引いた観察者的視点を重視するのがSFの特徴だが、それに反して鈴木いづみの作品はすべてにわたって私的かつ感覚的。ガジェットの「SFらしさ」にもまったくこだわっていない(たとえば宇宙船に「台所」があったりする)。「SFを書く」ことに肩肘はらなくなった若い作家が登場し、高い評価を受けている今こそ、鈴木いづみの作品は読み直されるべきだろう。
山田正紀
『イノセンス After the Long Goodbye』(一六〇〇円/徳間書店)は、押井守監督の映画『イノセンス』の単純なノヴェライズではなく、前日譚にあたるオリジナル・ストーリー。公安第九課のバトーは、全身のほぼすべてを義体(サイボーグ)化した刑事。ある雨の夜、バトーはアンドウという若者と出会い、命を助けられるが、その後アンドウは失踪。バトーのただ一匹だけの家族である飼い犬のガブもまた、行方不明になってしまう。「魂」と「イノセンス」というキーワードがテーマになっているのは映画と同じだが、寡黙な映画とは違い、作者は小説ならではの饒舌な一人称でテーマを掘り下げている。映画を観ていてもいなくても、純粋に山田正紀のSFハードボイルドとして堪能できる逸品である。
藤木稟
『エターナル・ラヴ』(八三八円/祥伝社)は、二〇〇二年に刊行された『
オルタナティヴ・ラヴ』の続編で、前作同様、未来世界の恋愛をテーマにした短篇集。遺伝子操作により感情の起伏を持たない青年と極度に感情的な女性のカップルの物語、不慮の事故でサイボーグ化し、人間が無機質に、機械が人間的に感じられるようになった宇宙飛行士の物語、年老いた富豪の記憶を注入されたクローンの自意識をめぐる物語の三篇が収められている。SF読みからすれば、どの作品もつっこみが浅すぎるように感じられるが、これはレディコミ誌連載という性格上仕方がないか。特に最終話など、描きようによってはイーガンばりのアイデンティティSFになったと思うのだけど……。
中島望
『ハイブリッド・アーマー』(八三八円/ハルキ・ノベルス)は、怪しげな研究所でスズメバチ男に改造されてしまった高校生が、クモ女、ゴキブリ男など学園内に跋扈するミュータント同士の闘いに巻き込まれていく、という学園内仮面ライダーみたいな物語。主人公が無敵すぎるのと、キャラクターの思考があまりに単純で、ミュータントの孤独や悲しみとは無縁なのが物足りないところ。
(C)風野春樹