SFマガジン2004年3月号
●機本伸司
『メシアの処方箋』(一九〇〇円/角川春樹事務所)
●森見登美彦
『太陽の塔』(一三〇〇円/新潮社)
●渡辺球
『象の棲む街』(一五〇〇円/新潮社)
●浅暮三文
『10センチの空』(一二〇〇円/徳間書店)
今月は、『
神様のパズル』で第三回小松左京賞を受賞した機本伸司の第二作、
『メシアの処方箋』(一九〇〇円/角川春樹事務所)から。ヒマラヤの氷河湖が決壊し、下流のダム湖に古代の「方舟」が浮かび上がる。方舟内部から発見された大量の木簡には、謎の蓮華模様が描かれていた。それは何者かの遺伝情報であり、その遺伝情報を再現すれば、太古の秘められたメッセージが明らかになるはず……というわけで、それぞれに自分勝手な個人主義者である男女が集い、強引な謎の考古学者にひっぱられ、法律も生命倫理も踏み越えて突っ走っていく。果たしてその果てに救いはあるのか……という、エンタテインメントの形をとりながらも、かなりアブナい毒をはらんだ物語である。主人公たちの行動を容認できるかどうかで読後感は変わってくることだろう。ただ、個人主義と対比されるべき「救世主」の描写が弱いため、作者のメッセージが伝わりにくいきらいがあるのと、前作同様、壮大な物語が後半で個人の心の問題へとすりかわる展開はちょっと釈然としないものがある。
続いて、ファンタジーノベル大賞関係の作品を二作。まず、大賞を受賞した森見登美彦
『太陽の塔』(一三〇〇円/新潮社)は、破天荒なまでの(内向きの)エネルギーに満ちた妄想全開青春小説。「我々の日常の九〇パーセントは、頭の中で起こっている」と主人公の友人が高らかに宣言するように、京都大学の五回生(休学中)である主人公が、自分を振った彼女の「研究」(と称するストーカー行為)にいそしんだり、クリスマスイヴを粉砕しようとしたり、強がったり、傷を舐めあったり、幻想の叡山電車に乗って彼女の夢の中にたどりついたり、妄想したり、妄想したり、妄想したりするありさまが、韜晦に韜晦を重ねた文体で描かれる。精神分析でいう「知性化」(ブリンとは無関係)という防衛機制を極端なまでに駆使している主人公が、最後の最後にふと防衛を解いてみせる結末がほろりと心にしみる。しかし、こういう作品が受賞してしまうのだから、ファンタジーノベル大賞はふところが深い。
なお、関東から離れたことのない評者にはとんと土地勘がつかめなかったのだけれど、どうやら現実の叡山電車では太陽の塔には行けないらしい。
続いて優秀賞の渡辺球
『象の棲む街』(一五〇〇円/新潮社)は、経済的繁栄を失い、アメリカと中国の二大国に支配された未来の日本の物語。支配を容易にするため、四千万人の日本人が押し込められた東京は、終戦直後を思わせる、貧しくも猥雑な空気に満ちている。日本に残されたたったひとつの希望は「象」、赤坂御用地の中でただ一頭だけ飼育されているというその幻の動物をめぐって、英治とハル、そして彼らと袖振り合った人々の物語が、短篇を積み重ねるような形式で語られる。
破調の『太陽の塔』に対し、こちらは正統派。地見屋、アカサビ病、木偶女など、細部のリアリティに満ちた幻想的描写が出色なのだけれど、端正すぎるところが欠点でもある。しかし、これも不況の反映なのか、このところ暗く不安に満ちた日本の未来像を描いた小説ばかり目にするような気がする。私たちはいつから明るい未来を思い描けなくなってしまったのだろうか。
浅暮三文
『10センチの空』(一二〇〇円/徳間書店)は、無気力だった青年が、10センチだけ空を飛ぶことができた子供時代を思い出し、その力を分け与えてくれた友だちとの間に起きた、あるできごとを解決することによって未来に向かって歩き出す、という(あんまり使いたくない言葉ではあるが)「自分探し」系ファンタジー。『太陽の塔』の主人公は、過剰な自己をかかえて身動きがとれなくなっていたけれど、こちらの主人公は自分がなくて、何をしたいのかわからない青年。対照的ではあるけれど、両者とも現代の若者像をうまくとらえている(斎藤環の分類でいう「ひきこもり系」と「自分探し系」か)。ただ、『10センチの空』は、原始人と翼竜が同時代に共存している描写など、SF的にツッコミ所が多いのが気になる。
(C)風野春樹