SFマガジン2004年1月号
山本弘神は沈黙せず(一九〇〇円/角川書店)
山尾悠子ラピスラズリ(二八〇〇円/国書刊行会)
林譲治記憶汚染(七二〇円/ハヤカワ文庫JA)
藤田雅矢星の綿毛(一五〇〇円/早川書房)

神は沈黙せず これはもう「待ってました!」と叫びたくなるのが、山本弘神は沈黙せず(一九〇〇円/角川書店)。最近では作家としてよりも「と学会」会長としての活動の方が目立っていた作者が、満を持して書き下ろした初の本格SF長篇がこの作品である。
 幼い頃に両親を土砂崩れで失い、神を信じなくなったフリーライターの和久優歌は、カルト教団の潜入取材中、空からボルトが降ってくるという超常現象に遭遇。一方、事故を共に生き残り、人工知能研究者となった優歌の兄は、遺伝的プログラミングを研究するうち、神の存在を科学的に裏付ける理論に到達する。おりしも世界的に激増する超常現象。これはいったい何を意味するのか……。物語の中途で明かされる神と世界の真実は意外なものではないが、それは別にこの小説の眼目ではない(作者自身のサイトでも真っ先に明かされているくらい)。物語の主眼は、あくまで懐疑的な立場からUFO、ポルターガイスト、超能力など、膨大な量の超常現象を子細に検討した上で、科学的に存在しうる神の姿を描き出すロジックにある。
 物語の中で繰り返されるのは、「人は信じたいものだけを信じる」という諦念に満ちた言葉。そう、作者がと学会会長として批判してきたのは超常現象それ自体ではない。作者が強く批判するのは、「信じたいものだけを信じる」という恣意的な態度なのである。  本書は、まず圧倒的なリーダビリティを誇るエンタテインメントであり、「神」の存在をめぐる本格SFである。そしてまた、作者自身のこれまでの活動の集大成であり、徹底した懐疑主義の中から生まれる希望を力強くてらいなしに描いた作品でもある(また、瀬名秀明『BRAIN VALLEY〈上〉〈下〉』に対する一つの返歌ともいえるかもしれない)。

ラピスラズリ もうひとつ、「待ってました!」と言いたくなるのが、山尾悠子ラピスラズリ(二八〇〇円/国書刊行会)。長らく筆を断っていた伝説的な幻想文学作家による、なんと二十三年ぶりとなる書き下ろし連作長篇である。舞台は何処ともしれぬ時代、場所に存在する広大な館。館の主である貴族たちは冬の間長い眠りにつく「冬眠者」で、一年を通して目覚めている従者が彼らの世話をしている。ときならぬ雨、地震、そして痘瘡の蔓延。濃厚な滅びの香りの中で、冬眠者、従者、そして館に棲むゴーストたちの物語が語られてゆく。緊密な構成、豊かでかつ無駄のない文章によって紡がれる物語は、二十数年の時を経てもなお健在。さりげない伏線や暗示に満ちた文章は、容易に読み進められるものではないが、時間をかけるだけの価値は充分にある。晩秋から冬にかけて、じっくりと味読したい物語だ。

記憶汚染 林譲治記憶汚染(七二〇円/ハヤカワ文庫JA)は、二〇四〇年、ウェアラブル・コンピュータが日常に浸透し、地球規模の情報インフラが整備された世界を舞台に、厳密な認証社会の到来、歴史認識をめぐる対立、テロリズム、時間の観念のない異質な知性を持った人工知能などなど、社会とテクノロジーをめぐる現代的かつ刺激的なテーマをぜいたくに盛り込んだ作品。設定や用語をひとつひとつ丁寧に説明してから物語を進める語り口は野暮ったさも感じさせるのだけれども、現代社会を鋭くえぐると同時に、バカバカしいほど壮大な嘘をついてみせるあたりの稚気はいかにもSFらしいところ。もっとも、このあたりのバランスが悪いと感じる読者もいるかもしれないが。

星の綿毛 最後に、藤田雅矢星の綿毛(一五〇〇円/早川書房)は、『地球の長い午後』などを思わせる詩情あふれるSFファンタジー。広大な砂漠の中、巨大な銀色の機械が作り出すオアシスで細々と生活するムラ人たち。ムラの少年ニジダマは、どこかに存在するというトシに憧れている。ある日、ムラに交易人ツキカゲが現われ、ニジダマをトシへと誘う。物語にしても、異世界や人物の描写にしても比較的あっさりしていて、最近の物量に頼った海外SF長篇に慣れているといささか物足りなく感じられるが、そこがまさに植物的。クロモジ、ノノフシなどの無国籍的な固有名詞や不思議な植物の描写ともあいまって、異世界感覚を際だたせてくれる。星と人と植物とが溶け合うような静かな滅びのヴィジョンは美しく、そして優しい。


[書評目次に戻る][トップに戻る]