SFマガジン2003年11月号
深堀骨アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記(一七〇〇円/早川書房)
森青花さよなら(一五〇〇円/角川書店)
梶尾真治もう一人のチャーリイ・ゴードン―梶尾真治短篇傑作選 ノスタルジー篇(五八〇円/ハヤカワ文庫JA)
梶尾真治フランケンシュタインの方程式―梶尾真治短篇傑作選 ドタバタ篇(五八〇円/ハヤカワ文庫JA)
梶尾真治黄泉びと知らず(四七六円/新潮文庫)
都筑道夫翔び去りしものの伝説(光文社文庫/七八一円)

アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記 SFというのは言うまでもなくひとつの文学ジャンルであるわけだけれども、世の中には、ジャンル分けは無意味、作風の似た作家を思い浮かべることすら困難、何を書いても「その作家の作品」にしかならない、「一人一ジャンル」とでもいうべき作家がいる。たとえばスタニフワフ・レムはそういう作家であるし、日本では古川日出男がそう。そして、待望の第一作品集アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記(一七〇〇円/早川書房)が刊行された深堀骨も間違いなくその中に名を連ねる作家だろう。
 収録作は食用洗濯鋏の開発に余生を捧げた男が冒された奇病の物語「バフ熱」に、加藤剛を愛する諜報員と三重渦状紋の木材(三重渦状紋といえばもちろん江戸川乱歩『悪魔の紋章』である。いやこの作者なら天知茂『死刑台の美女』かも)との熾烈な戦いを描く「隠密行動」など、ミステリマガジンやSFマガジンに掲載された作品を中心にした八篇……とあらすじを紹介しようとして頭をかかえた。これじゃ何だかさっぱりわからない。だいたい、これほどあらすじが無意味な小説もあるまい。奇天烈なオノマトペを多用した小気味よい文章に、なんとも絶妙なテンポの会話、ヨチヨ、牛於など奇怪な登場人物名をはじめとした特異な言語感覚、それになぜか時代劇趣味をミックスした饒舌な語りの魔術は、まさにワン・アンド・オンリー。落語や講談のような語りを強く意識した文体だけに、できれば「声に出して読みたい」小説である。また、ナンセンスとして語られてはいるものの、生物と無生物の境界をいともたやすく侵犯してみせるストーリーが多いのも、SFとしては見逃せないところだ。

さよなら 続いてさよなら(一五〇〇円/角川書店)は、『BH85』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞した森青花の三年ぶりの第二長篇。『BH85』の吾妻ひでおとはうって変わったおシャレげな表紙ではあるけれど、読んでみればこれは確かに『BH85』の作者の作品。自宅で孤独死した九五歳の独居老人「ひいじい」。肉体がミイラ化したために心だけが現世に生き残ってしまった「ひいじい」を狂言回しに、幼い娘を失った夫婦、病気で妻を亡くした男、衝動的に妻を殺してしまった若い夫など、さまざまな家族の死の風景が描かれていく。彼らはそれぞれに失った大切な人をミイラ化し、そして死者と最後の会話を交わす。前作同様設定自体はありふれたものながらも、そのアレンジの仕方はまさに作者独自のもの。ときにはスラップスティックな、ときにはほろりと泣かせるいくつものエピソードを通して、からりとした明るさの元、静かに死を見つめた佳作である。

もう一人のチャーリイ・ゴードン―梶尾真治短篇傑作選 ノスタルジー篇フランケンシュタインの方程式―梶尾真治短篇傑作選 ドタバタ篇黄泉びと知らず 梶尾真治のテーマ別短編傑作集は、もう一人のチャーリイ・ゴードン―梶尾真治短篇傑作選 ノスタルジー篇フランケンシュタインの方程式―梶尾真治短篇傑作選 ドタバタ篇(各五八〇円/ハヤカワ文庫JA)で全三巻が完結。さらには近作を集めたオリジナル短編集黄泉びと知らず(四七六円/新潮文庫)も刊行されていて、ちょっとした出版ラッシュ状態。『黄泉びと知らず』は、SF大会での著者朗読企画でも好評を博した、『黄泉がえり』のサイドストーリーである表題作をはじめ、ドタバタからシリアスまで著者の多彩なSF世界を楽しめる、いつもながら質の高い作品集である。テーマ別編集もいいけれど、こうしたさまざまな傾向の短篇をごった煮にした作品集でこそ、作者の魅力が際だつと感じるのは私だけだろうか。

翔び去りしものの伝説 最後に、文庫版の個人傑作集をもう一冊。都筑道夫翔び去りしものの伝説(光文社文庫/七八一円)は、刊行中の都筑道夫コレクションのSF篇である。昭和五四年刊行の波瀾万丈の異世界冒険ファンタジーである表題作に、昭和三六年のSFマガジンに掲載された短篇「イメージ冷凍業」、昭和三九年にに発刊された早川書房のSF書き下ろしシリーズで刊行されるはずだった未完長篇「地球強奪計画」の冒頭部を併録。「地球強奪計画」は、物語がまだ動き出してもいない第一章だけなので作品としての評価は難しいが、単行本初収録の貴重なテキストなのでファンなら見逃せない。


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