SFマガジン2003年10月号
田中啓文忘却の船に流れは光(一八〇〇円/早川書房)
紺野あきちかフィニイ128のひみつ(一五〇〇円/早川書房)
今日泊亜蘭まぼろし綺譚(一五〇〇円/出版芸術社)
浅暮三文似非エルサレム記(一五〇〇円/集英社)
長山靖生編明治・大正・昭和 日米架空戦記集成(六六七円/中公文庫)
梶尾真治美亜へ贈る真珠―梶尾真治短篇傑作選 ロマンチック篇(五八〇円/ハヤカワ文庫)

忘却の船に流れは光 今月はまず、刊行再開されたJコレクションが二点。
 田中啓文忘却の船に流れは光(一八〇〇円/早川書房)は、黙示録的な世界を舞台にした本格SF。悪魔襲来後、わずかに生き残った者たちのため、〈スサノオ〉は五つの階層からなる閉鎖世界を創造した。世界に住まうのは異形のフリークスたち。厳格な戒律によって世界を統べる〈殿堂〉に属するのは性器を持たない〈聖職者すさのおいや〉。性器のみが発達した〈雌雄者いざなぎ・いざなみ〉は常に交合して子供を作る。子供を育てるのは、三対の乳房を持った〈保育者めのと〉。さらに、鋭い牙と爪を持った〈警防者サクラダモン〉、脳の肥大した〈修学者がりべん〉。何の特徴も持たない〈普遍者ありきたり〉は、最下層の存在として蔑まれている。
 日本神話、キリスト教、密教などさまざまな宗教をごった煮にしたような世界観の中、幼児が嬉々として不潔なものを弄んでいるかのような筆致で、殺戮や汚物の描写がこれでもかと言わんばかりに描かれる。聖俗のないまぜになった世界はまさにこの作者ならでは。しかしその一方で、海外の名作SFを思わせる、閉鎖世界をめぐる壮大な謎を描いた実に堂々たる本格SFでもあるのがうれしい。もちろん駄洒落も健在……なのだけれど、えーと、去年のJコレ刊行記念フォーラムでの話によれば、編集長から駄洒落禁止令が出てたんじゃなかったっけ。

フィニイ128のひみつ Jコレクションの二冊目は、紺野あきちかのデビュー作フィニイ128のひみつ(一五〇〇円/早川書房)。亡くなった叔父の遺した「フィニイ128のひみつ」という言葉の謎を探る「わたし」の前に現れたのは、全世界を舞台に行われている大規模ライヴ・アクションRPG『W&W』の世界。「光の戦士」という称号を与えられた「わたし」は、しだいに虚構の世界にのめりこんでいく。
 現実と並行して人々の観念の中にだけ存在するもうひとつの世界、というアイディアはなかなかおもしろいが、今ひとつ掘り下げが足りないのと、世界規模のライヴRPGという設定にリアリティがない(このあたりはわざとそうしているのかもしれないが)のが難点。ほのめかされている現実との関わりや、結局「フィニイ128のひみつ」が何であるのかについても、あまりにも説明不足で読者に不親切にすぎる。このあたりのさじ加減が今後の課題だろう。

まぼろし綺譚 今日泊亜蘭まぼろし綺譚(一五〇〇円/出版芸術社)は、単行本初収録作品ばかりを集めた、作者の純然たる第三短編集。人間が番号で呼ばれ、女性は子供を産む道具として扱われている階級社会を描いた「東京湾地下街」、人間が一瞬にして溶解される怪事件の謎を追う「死を蒔く男」、江戸情緒漂う和風ファンタジー「新版黄鳥塚」など、ジャンルを超えて「今日泊文学」としかいいようのない、作者独自の世界を存分に味わえる傑作揃いの作品集である。

似非エルサレム記 浅暮三文の推理作家協会賞受賞第一作似非エルサレム記(一五〇〇円/集英社)は、聖地エルサレムの「土」がある日突然覚醒し、一匹の犬だけを載せて移動を開始、各国首脳は大騒ぎをする、という政治風刺的ファンタジー。正直言って、私たち日本人にとってエルサレムが逃げ出そうが別にどうでもいいわけで、「なぜエルサレムなのか?」という疑問が拭えず、今ひとつ作者の意図が読めなかった。

明治・大正・昭和 日米架空戦記集成 長山靖生編明治・大正・昭和 日米架空戦記集成(六六七円/中公文庫)は、明治から第二次大戦中に至るまでの日米架空戦記を集めた異色アンソロジー。新兵器による日本の幻の大勝利を描いた威勢よくも哀しい作品から、横溝正史、大阪圭吉、三橋一夫らの埋もれた佳作まで収録した驚異のラインナップで、これだけの作品が文庫で読めるとは驚き。江戸時代以来の架空未来戦記小説を概観した編者解説も出色の出来だ。

美亜へ贈る真珠―梶尾真治短篇傑作選 ロマンチック篇 三ヶ月連続刊行となる梶尾真治短篇傑作選の第一巻美亜へ贈る真珠―梶尾真治短篇傑作選 ロマンチック篇(五八〇円/ハヤカワ文庫)は、「ロマンチック編」と銘打ち、いままでバラバラだった女性名シリーズを集大成。ほとんどの作品は既刊の短篇集で読めるが、「江里の“時”の時」は単行本未収録なので、ファンなら買いでしょう。


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